『分析士』にして『ものまね士』の男、追放につき——
「ケイオス、君はクビだ」
俺は耳を疑った。
聞き間違いではないか、と思う。
「何の話だ」
「君は『アカツキ』を今日限りでクビだね」
パーティーのリーダーであるジャスティンが無表情で言う。
王都の女性たちがもてはやす美貌は、笑顔の欠片もない。
「なぜそうなる」
俺は『アカツキ』の創設メンバー。これまでずっと一緒にやってきた。
十三で冒険者に登録し、すぐにこのジャスティンと、たき火の前でリンゴを齧るライトの三人で『アカツキ』を立ち上げ、その後、木に体を預けている男——ルールスが加わり、四人で様々なクエストに挑戦したのだ。
「おいおい、ケイオス。おれたちは今やAランクパーティーなんだぜ?」
ライトがわかりきったことを言う。
つい最近、俺たち『アカツキ』はAランクに上がったばかりだ。
「これからは高額な依頼が多く舞い込むんだ。ウチに必要なのはアタッカーなんだよ。おまえもそれ言ってたろ」
そうだ。攻撃役の強化を俺は訴えていた。
「それがなぜ俺のクビにつながる」
「なぜって、おまえ……」
見るからに屈強な体格をしたルールスが笑う。
「≪天職≫が『分析士』と『ものまね士』じゃないか。地味で目立たないし、アカツキにはもういらないだろう」
そう、俺は世にも珍しい天職二つ持ち。
この国では、十三歳になると『天職授与』が行われ、適性が決まる。どこかの神が始めた気まぐれの産物——それが天職だ。
リーダーのジャスティンは『聖戦士』。攻守に優れ、不死者を浄化するスキルを持つ。
果物が好物のライトは『大炎魔法士』。炎魔法に高い適性のある魔法士の上級職。
背の高い大柄なルールスは『聖騎士』。極めて高い防御力を持ち、回復もこなす。
三人ともが高位天職持ち。つまり、生まれながらにして冒険者のエリート。
そして俺は、先も話した通り、通常は一つしかない天職が二つあるという稀なケースだ。
だが、その内容は『分析士』と『ものまね士』。戦闘にはまるで向いていない。
「なあ、ケイオス。君は今までよくやったよ。でももう限界だろう?」
「勝手に限界を決めてもらってはな」
「君の『分析士』はそもそも鑑定士向きの天職だし、『ものまね士』なんて役に立ったことないだろ」
宴会では役に立つんだがな。
「そういう訳で、すでに新しいメンバーが加わることになってる」
「なんだと?」
「ああ、ちょうど来たようだ」
依頼を受けて王都から離れた場所に、俺たちはいる。
ここは目的地近くのキャンプ場だった。
振り向くと、そこに四人の冒険者がいる。
男が一人と女が三人。
「やあ、来たみたいだね」
「おつかれ~ やっと追いついたわ」
確かこの四人組は、最近めきめきと頭角を現しているパーティー。
名は『シジュノキバ』といったはずだ。
「ケイオス、これは君のためなんだ。これからは危険な任務が多くなる。戦闘力のない天職はもういらないんだ」
「足手まとい、ということか」
「ああ、だから君の冒険者登録も抹消申請しておいた」
「なんだと? 本人の同意なしではできないはずだ」
「できるさ。僕を誰だと思っているんだい?」
俺は二の句が継げなかった。
今まで互いに命を預けていた仲間が、別の『なにか』に見えてしまう。
そこまでやるかよ。なにを考えている。
「なーに? 揉め事?」
「ヴァイオレット、違うよ。ただの通告だね」
ただの通告、か。
素直に飲める話ではないけどな。
「というわけで、だ。ケイオス。今回の仕事で君は終わりだ。これからは安全なところで……鑑定士でもやったらいい」
ジャスティンが笑い、ライトやルールスが続く。
俺はため息をついて、たき火の前に座った。
これまで、パーティーには貢献してきたという自負がある。
依頼にあたって準備をし、分析も欠かさなかった。
魔物との戦闘については、確かに俺以外の三人が強すぎて出番はなく、サポートに回ることがほとんどだ。
「おい、ケイオス、んな暗い顔すんじゃねーよ。ほれ、メシだ」
「ああ」
今日の食事係はライト。
肉を煮込んだシチューが身に染みる。
「わりーがな、おまえのクビは全員で決めたことだ。俺もルールスも承諾した。おまえは戦いに向いてねーんだ」
言われなくてもわかっている。
おれは無言のまま、食事をして、テントに戻った。
王都に戻り次第、無茶なやり方について話し合う必要がある。
勝手に登録を抹消などできるはずもない。はったりだ。
気を取り直し、今回の依頼に持ってきた道具を取り出して一つ一つをチェックする。
最後の仕事だろうがなんだろうが、手を抜くつもりはない。
俺は、魔物を殲滅する。
日々進化する魔物は、人の天敵だ。
あるいは俺が『聖戦士』であれば。
それとも『魔法士』であったならば、と意味のないことを考えてしまう。
いつか魔物がいない世界を夢見ることはいけないことだろうか。
そう、俺は……魔物を、この世から消したいと……思っている……Zzz
……
…………
………………
太陽の明かり。
鳥のさえずり。
そして、肌寒さ。
「っくしゅっ!?」
寒いな。変なくしゃみが出た。
「なんだ?」
目を覚ますと、すぐに異常に気づく。
人の気配がしない。
起き上がった俺が見たものは、無人のキャンプ地だった。俺以外誰もいない。
「どうなっている」
思わず独り言が出た。その程度にはおかしい。
落ち着け、ケイオス。まずは確認だ。
テントはなく、俺は地面に直接寝ていた。おかげで背中がかゆい。
かゆいと言えば、俺は服を着ていない。
下着すらもなく、すっぱだか、だった。
「下着まで剥ぎ取った……のか?」
犯人は言うまでもない。
俺を除いたアカツキのメンバーたち。
思えば、食事をしてすぐに猛烈な眠気が襲ってきた。
眠り薬、と考えるのが自然だろう。
「まさか下着まで奪うとは。あいつら、正気か?」
呆れたものだ。おかげで寒い。
他の荷物もなかった。滋養強壮剤をはじめとした薬品類。罠に使うための毒もだ。
鉈や手斧といった野山に必須なアイテムもねこそぎない。ていうかリュックサックごとない。
「……あるのはこれだけか」
俺の手元に唯一残されたのは、手帳だけだ。
これまで遭遇した魔物に関する分析資料。
なにもかもを盗まれたわけだが、手帳があるのは安心した。俺にとってこれは何よりも大切なものだからだ。
「さて、このままここにいるのは危険だ」
このキャンプ地は人と魔物の住処を分ける境界線。
遭遇した場合、フル裸では対処のしようがない。
「せめて股間くらいは隠さないと落ち着かないな」
辺りを見回すと、木に巻き付いているツタを発見した。運のいいことに葉もついている。
ツタをちぎり、腰に巻き付ければあら不思議。草の下着が出来上がる。
服についてはこれでいいだろう。
とにかく一度、王都に戻る。装備を調達しなくては何もできない。
ジャスティン、ライト、ルールス。
彼らはいつからか変わってしまった。有名になりちやほやされるにつれて、魔物退治などのクエストにはさほど興味を示さなくなった。
楽団パーティーであれば、音楽性の違い、といえばいいだろうか。
俺は魔物の殲滅を望んでいる。
しかし彼らが欲するのは、富と名声。
それが悪い事とは思わないが。
「一度帰ろう。今の俺では魔物の餌食だ」
俺は手帳を掴んで、王都へと戻る———
おまけ・人物紹介
なまえ ケイオス
ねんれい 十八
せいべつ 男
ジョブ 分析士 ものまね士
スキル 眼力≪レベル8≫/眼識≪レベル7≫/瞬間模倣術
ランク Aランクパーティー(クビ) 個人ランク 五級(登録抹消)
しょぞく 王都アーヴェス・冒険者
かぞく なし
こいびと なし
ちょきん なし
みため 黒髪・黒瞳
いかがでしたでしょうか。
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