御茶ノ水駅
「まもなく、4番線からー、....危ないですのでー黄色いブロックの内側までー...」
騒がしいアナウンスが夜の御茶ノ水駅に鳴り響く。
私はいじっていたスマホをポケットに放り込み、眼前の景色に息を吐いた。日はとうに沈み、ビルの隙間から見える空は、青黒く染まっていた。
「今日も疲れたな」
左耳から近付く轟音が、一気に目の前を駆け抜ける。高速で動く鉄の壁は、徐々に速度を落とし、壁に取り付けられたドアのひとつが、私の前にゆっくりと止まった。
プシューーー
ドアは軽やかな音ともに独りでに開き、黒い服を着た人達が、押し出されるように鉄の部屋から出ていく。
それが終わると今度は、ドアの脇で待っていた人達が次々と部屋へ入っていく。私もその波に乗るかのように車内へと入っていった。
車内では、黒い服の人達が血眼になって椅子取りゲームをしている。私も負けじとそのゲームに参加し、運良くひとつの席を確保した。
飛び込むように席に座り、私は再びポケットからスマホを取り出した。LNIEも何も来ていない。私はTwiterをスクロールして、静かにスマホをポケットへと戻した。
「暇だ」
私を運ぶ箱部屋は、着々と次の駅へと進んでいる。
ふと、私は周りを見渡した。正面のサラリーマンは疲れきった様子で眠っている。その隣の中学生っぽい男子は、スマホゲームに夢中のようだ。私の隣の若いサラリーマンは、熱心にパソコンをいじっている。難しい文字列が並んでいて、何をやっているかさっぱりだ。
車内というのは、奇妙な空間だ。年齢も性別も職業もバラバラな人々が、ひとつの空間に身を寄せあい、同じ方向を目指す。
向かいの人は今何を考えてるんだろう、隣の人の職業はなんだろう。
そんなことをぼーっと考えていたその時、右側に立っていた長身の外国人男性と目が合った。その人はにっこりと笑って、私に話しかけた。
「Hey! ワタシ、オリル、イチカワ!アナタハ?」
やたらフレンドリーだなと思いながら、私は小声で答えた。
「私は本八幡。Where are you from?(どこからきたの?)」
「サンフランシスコ!」
「WOW!」
それから、その陽気な外人さんとは色々な話をした。彼は格闘ゲームが好きな事、デザインの仕事をしてること、妻と1歳の子供がいて、全然泣き止まなくて正直めんどくさい、みたいな話もしてたな。
「See you later」
そう言って、私と彼は笑顔で別れた。ああ、こういう出会いも悪くない。
彼がいなくなった車内を、私はもう一度見渡した。正面で眠ってしまったサラリーマンも、その隣で本を読んでるおじさんも、話してみればきっと楽しい。
年齢も性別も、職業もバラバラな人達が、身を寄せあって同じ方向を目指す。
そんな不思議な空間で、少し私は。
『ポカポカした』