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彼女がこの宇宙に来た目的(1)

 翌朝起きると、お腹が空いている。体が二時間前ではなく、それ以前の通常の状態に戻ったようだ。


 この調子なら食べ残した古代料理もいけそうだ。そう思ったが、あれほどたくさんあった料理は消えていた。


 結局、全部長い夢だったようだ。


 今から振り返って見ると、金曜日は会社で普通に働いていて、その後からおかしくなった。おそらく会社帰りに、同僚と酒でも飲んで、寮に戻って記憶を無くし、すぐ寝てしまったのだろう。そう思ってスマホを取り出すと、今日が日曜日だということがわかった。



 ということは、まだ夢から覚めていない、僕の頭がおかしくなった、昨日の記憶は事実だった、の三つのパターンが考えられる。


 あの空き地がどうなっているかが気になる。僕は着替えて外に出た。



 また新しい店がオープンしていた。




 と言う表現が不適切な、古い木造二階建てのよろず相談所があった。


 何を相談しろというのだ。とりあえず、納得のいく説明が欲しい。




 僕は迷わず、曇りガラスに「万風堂」という屋号の入った引き戸を開けた。建物の立て付けが悪いので、かなり軋む。後付の事実で、何十年も前からあった店ということになっているのだろう。



 キズキ・ヨーコは、易者のような男性用和服姿だった。店の奥のほうで机の上に新聞紙を広げ、黒縁の丸眼鏡をしているくせに、近眼のように顔を近づけて、なにやらぶつぶつと唱えている。



「トイレットペーパーが売り切れで、全国の主婦が大パニック……」


 一体、いつの新聞を読んでいるんだ。


「ごめんください」


 必要があるとは思えないが、その場の雰囲気に飲まれて、挨拶をしてしまった。


 彼女は顔を上げると、


「お客さんかな。いらっしゃい。さあ、そこへどうぞ」


 といって、僕を目の前の椅子に案内した。


 僕が会釈をして、椅子に座ると、


「それでご相談というのは?」


 形式的な流れを変えようとしない。それならこっちも、調子を合わせてやる。



「その前にあの~相談料の件ですが、おいくらほどでしょうか」


 もちろんビタ一文払うつもりはない。


「初回無料なので、なんなりとお話ください」


「実は最近どうも調子がおかしくて、目が覚めると古代ローマ料理が部屋に並んでいたり、純金でできた世界に行ったりして。おかしいですよね」


「それは大変ですな」


「原因はわかっているんです」


「原因とは?」


「以前この場所に立っていたファミレスのレジ係がいけないんです。キズキヨーコっていう名前なんですけど、魔法使いみたいなことができて、僕を困らせるんです。どうしてその女は僕につきまとうんでしょうか」


「そのキズキさんにも事情がおありで、仕方なくそうしているのだと思います」


「その事情というのは?」


「わかりやすくご説明しましょう」




 よろず相談所は、突然、クリーム色の近未来的な空間に変わった。壁の前には航空機の操縦席のような装置がずらっと並んでいて、天井まで十メートルの高さがある。


 キズキ・ヨーコは、最初に会ったファミレスの制服姿で、僕の前に立っていた。


「どこだ、ここは?」僕は聞いた。誰だって聞くはずだ。


「宇宙船の中だよ」


「君が作ったのか」


「そう。今は試作段階」


「試作ということは、本格的な生産はこれからか?」


 この場のために一時的に作ったものではないようだ。


「そう。この百倍くらい大きいものが必要になってくる」


「どうしてこんなものを作る必要があるんだ?」


「宇宙人を運ぶためだよ」


「宇宙人なんかいないって言ったよな?」


「これから増える予定」


「人間が死んで宇宙人に生まれ変わるのか?」


「違うよ。高レベルの生命をこの宇宙に参加させるんだよ」


「君のような感じか?」


「私より随分レベルは低いけど、人間の百倍くらいの処理能力がある」


「何のために?」


「この宇宙を守るため」


「何から守るんだ?」


「あなたたち人間から」


「どういうことだ?」



「まだわかんないかな。今、環境破壊で毎日生物が絶滅していて、後百年もすると、人間もいなくなるのに、よくそんなに落ち着いていられるね」


 一説によると、一年間に四万種が姿を消しているという。それも加速度をつけて増えている。そんな状況で、人間だけが、いつまでも大丈夫なわけがない。第一、環境破壊の原因は人間なんだから、人間だけが滅びればいいのに、非力な生物から消えている。でも、クマムシやゴキブリより早く滅びるだろう。



 彼女にしてはしごくまともな理由だったけど、僕の日常とは直接関係ないことだし、後百年も生きていないから、真剣に考えるつもりはない。関心を持ってどうにかなる問題じゃない。


 それに過去に何度も生物の大半が死滅している。


「これまでに何回も種の大量絶滅が起きていて、その都度、また新しい種が誕生してるから、地球や宇宙を守るという表現はおかしくないか。今の生物を守るのならわかるけど」


 と、僕は突っ込んだ。


「あれは後付の事実。生物が大量に絶滅したら、宇宙の参加者が激減して、今の宇宙が維持できなくなります」


 そうだった。オンラインゲームだって参加者が激減したら、運用がストップする。


「具体的にはどうなる?」


「こんな感じ」


 宇宙船は真っ暗な空間に変わった。そこにあるものは、僕と彼女と、



 お使いのコンピュータの性能では、このアプリケーションを動かせません。


 という文字だけだった。



「これは君のいたずらだろう?」


「文字はないけど、実際こんな感じ」


「百万個のCPUが必須の高性能シュミレーションゲームを、十個のCPUで動かすのは無理だからな」

 といって僕は納得した。「宇宙人の正体が時間をかけて科学文明を発達させた存在ではなく、実は突然宇宙に参加した新参者という舞台裏はどうあれ、彼らが優れた科学で地球を救う。素晴らしいじゃないか」


 僕がそう言うと、舞台はよろず相談所に戻った。



「素晴らしい? よくわかっていないみたいだね。もしかしてフレンドリーな宇宙人が、無報酬で環境を元通りにして、人間は彼らの科学で今以上の良い暮らしがでいるとでも思ってる?」


 彼女が僕に金やごちそうをふるまってくれたので、僕はそんなふうにとらえていた。


「違うのか?」


「地球人は、今持っている資産や文明を全部とりあげられ、宇宙人の監視下におかれ、二度と環境を破壊できないように、動物園の動物のように暮らす。


 はっきりいうと、家畜として働き、報酬として住処と餌を与えられる。


 もうすこし具体的にいうと、手枷という液晶ディスプレー付きのハイテクな腕輪を両腕にはめられて、そこに出る指示通り行動しないといけなくなる。違反すると手枷が締まり、手首の血流が悪くなり、腕が痛くてたまらなくなる」



「何だそりゃ」僕は怒った。「こっちから頼んだわけでもないのに、勝手にやってきて、人類を支配するのか。地球侵略じゃないか」


「地球侵略じゃなくて、地球を救うために人類を侵略するの」


「そんなのまっぴらごめんだ。もう部外者は、地球、いや宇宙に関わらないでくれ」


「環境破壊で生物が絶滅するよ」


「ああ、それでかまわないさ。どうせ百年以上先の話だろう? 僕はとっくに死んでるから知ったことじゃない」


「そうだけど、あなたの輪廻転生先がなくなるけどいいの?」


「生まれ変わらないとどうなる?」


「他の宇宙に引き取ってもらえれば問題ないけど、調整は難しい」


「会社の倒産みたいだな」


「そう。優秀な社員は転職が容易だけど、全員が再就職できるとは限らない」


「他の宇宙に行けないとどうなる?」


「こうなるの」



 突然、辺りは暗闇に包まれた。


 中途半端な闇ではない。


 完全に音も光もない。体の感覚もない。これではまるで感覚遮断実験だ。三日もすると精神に異常をきたすと言われている。



「暗いから戻してくれ」


 そう言っても、彼女の反応がない。いや、正確には僕の声が出ていない。



 ………。


 …………。


 ……………。



 どれだけ時間が経ったのかわからない。もう限界だ。


「おーい、キズキヨーコ。もうわかったから元に戻してくれ」


 僕はそう叫んだつもりだが、声が出ない。


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