グルメ地獄に黄金地獄(1)
朝、目を覚ますと、布団の周りをご馳走が取り囲んでいた。囲むというくらいだから、少なくとも二十品はあった。
寝ぼけて夢の続きでも見ているかと思いながら、布団から出ずに、畳の上に並んだ珍しい料理を見ていた。いつまで経っても消える様子はない。
枕元に紙切れと鳥の羽が一枚置いてあるのに気づいた。手書き文字だ。
昨日はお忙しいところ貴重なお時間を割いて頂き、申し訳ございませんでした。お詫びとして、ほんのささやかな朝食をご用意しました。
古代ローマの饗宴は、寝台に寝そべって飲み食いしますので、テーブルは用意しません。お腹が一杯になったら、鳥の羽で喉を刺激して食べたものを吐いて、また食べなおしてください。手づかみが正しいマナーですので、フォークなどは用意していません。
キズキ・ヨーコ
確かに何度も怒ったけど、謝罪されるような覚えはない。まして、朝食に古代ローマ料理を勝手に振る舞われても、機嫌が悪くなるだけだ。
料理の内容も凄かった。ベラの肝臓、キジと孔雀の脳みそ、フラミンゴの舌、やつめうなぎの白子、ラクダのかかとなど、ゲテモノにしか思えないものばかりだ。
到底、一人で食べきれる量ではない。
それ以前に、ここにこんなモノがあること自体がおかしく、口にする気になれない。
どう処分すればいいのだろう。
すでに、人類について膨大な情報を取得している彼女だが、やはり地球に来て日が浅い。おそらく贅沢な食事ということで、古代ローマを選んだのだろう。彼女にすれば僕が喜ぶと思ったのだろうが、残念ながらたぶん口に合わない。
人に知られるのはまずい。捨てるのは勿体ない。
時間をかけて自分で食べよう。そう決意し、料理を部屋の片隅に集めた。そのとき気付いたけど、料理がまだ温かい。いつ作ったものなのだろうか。いや、本当に作ったのだろうか。
とりあえず箸を使って一皿だけ食してみた。初めて食べる料理だけど、味はきっと本物なのだろう。悪くはなかったが、珍味感覚でしか食べられない。吐いてまで食べたいとは思えない。
それで、昼は外で食べようと外出した。
ファミレスのあったところには、ギリシャ・ローマ料理「タベルナ」という怪しい店がオープンしていた。
数時間前に突然発生した店なのに客がいる。今朝の古代料理のように手づかみ推奨かと思ったら、皆フォークを使っているので一安心。彼女がいるかもしれず、僕は店に入った。
「いらっしゃいませ」
ウェイトレスは、めがねをかけた中年のおばさんだった。
テーブル席は客で埋まっていたので、僕はカウンターに座った。
キズキ・ヨーコは、厨房で腕をふるっていた。高い帽子を被ったコック姿は、料理学校の新入生を思わせた。
彼女は僕に気付いていないようだ。真剣な表情なので、声をかける気にならない。
おばさんからメニューを渡されたけど、外国語ばかりで何の料理かわからない。そのくせ値段は¥980などとわかりやすい。一番上の1200円の料理を指で指して、「これ」とだけ伝えた。
料理を待つ間、他の客達を観察した。家族連れやカップル、会社の同僚といったところだ。よそから観光客が押し寄せるような場所ではないから、地元の人間だろう。昨日まで空き地だった場所に突然外国料理店が出来て、よく平気で入る気になれたとものだと感心した。
「お待たせしました」
当然、後ろからおばさんに言われて、仰天した。
「よいしょっと」
おばさんはメガサイズの、たぶん肉料理(これで1200円はどう考えても赤字)を重そうにカウンターの上に載せた。
僕が驚いたのは、料理のサイズではない。
シェフは一人しかいない。
客は大勢いる。
僕はカウンターにいる。
注文してから三分しか経っていない。
重量級の料理なのでカウンターに直接置けばいいのに、おばさんが運んだ。
おかしいことばかりだ。
それでも1200円なら超お得なので、喜ぶべきだ。まさか食べきれない場合は、別料金発生だったりして。
ヨーコに言いたいことは山ほどあったが、他に人がいるので、先に食事を済ますことにした。何の肉か知らないが(知りたくもない)味は悪くない。しかし、朝からくどい料理を食べたところなので、ペースが遅れる。
三分の一ほど食べたところで、先に進まなくなった。
午後一時を大分過ぎると、他の客は帰っていった。
なのに、シェフは調理に夢中だ。
おばさんは奥に引っ込んだ。たぶん休憩中なので、
「今、練習中?」と、僕はヨーコに声をかけた。
「ちがうよ、まかない作ってるの」
彼女は、目を上げずに答えた。
「朝の料理ありがとう。昼と同じでまだ食べきれてないけど」
「まかない一緒にどう? 作りすぎたみたい」
目の前に大量の料理を残しているのに、まだ食べろというのか。
「おばさんと食べたら?」
「あの人、もう首にした」
「首って、一日で?」
「だってもうここ閉店するの」
「流行ってるのにもったいない」
「明日から中華始めようと思ってるんだけどどう思う?」
「いいんじゃない」
僕は適当に答えた。
「昼から暇?」
彼女は聞いた。
「コインランドリーに行く予定」
「行かなくていいよ。私が新品にしてあげる」
「新しいの買ってくれるの?」
「買ったときの状態に戻してあげる」
「そんなことできるんだ」
そのとき彼女といると、いろいろ都合がいいことに気付いた。
「過去のデータを再現するの」
「もしかしてあの古代料理は、古代に作ったものの情報を読みとって、コピーしたとか?」
「そう。あなたは二千年前の豚を食べたのです」