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中世の世界観は正しかった(2)

「説明できないから逃げたな」

 僕は叫んだ。彼女がいなくなって、ちょっとさびしかった。

 所詮はただの幻想だったんだなと思い、寮に帰ろうと思った矢先、コロッセオのような円形の壁に囲まれた。壁をよく見ると、サイズの異なる細かい立方体が積み重なっている。


「自分達で新しい宇宙を作り出そうと、有志が集まりました。協力して初期の宇宙をこしらえました」

 という説明口調の彼女の声がした。

 壁のそれぞれのブロックから中央に向けて光線が出て、光線の集まったところに何かが出現しようとしていた。

 彼女が主張していることは、宇宙は複数のSOC的な知性によって計算されて運営されている三次元の映像で、そのSOCひとつひとつが、僕たち人間やより下等な動物という、宇宙内で活動するキャラクターを作り出し、操作しているということだ。


 宇宙の誕生時においては、キャラクターは必要ないので、僕はビッグバンを期待した。が、意外なことに、四角いビスケットのようなものが浮き上がった。よく見ると平地や山、海や川などがあった。


「これが最初の宇宙」

「馬鹿を言わないでくれ。どう見ても地球の表面の一断片じゃないか」

「そうこれは地球。最初の地球は球ではなく平面でした。そしてこれが最初の宇宙でした」

 言っていることが無茶苦茶だ。見た目が少しかわいいと思って大目に見てやったが、こうなると相手をやりこめないと気がすまなかった。

「重力はどう説明するんだ」

「その当時はモノは下に落ちるというルールしかありませんでした」

 平らな大地に日が昇り、反対方向に沈んでいく。


「君の言う天動説とは、中世ヨーロッパ以下の古代人レベルの理屈だったのか」

 彼女は僕の嫌みに答えず、大地の一部がズームされた。リアルな映像ではなくわかりやすいアニメだったが、サバンナのようなところで原始人と野生動物が暮らしている光景が現れた。

「他にも突っ込みたいところいくらでもあるけど、宇宙の初期にいきなり人が登場するのはまずいだろう。進化論はどうなった?」

「人が猿から進化したり、生物は細菌から進化したというのは、後付(あとづけ)の事実です」


 後付の事実? その時点では事実でないけど、後から事実ということにした?

「後付と事実じゃ矛盾してるぞ!」

「宇宙には最初から人がいました。壁のブロックで一番大きな箱が人間です。小さくなるにつれ生き物の頭が弱くなってきます」

「質問に答えろ」

 僕は命令口調で言った。


 サバンナの映像は青く丸い地球に変わった。

「後付の事実と言うのは、物事の事象を説明するのに優れた理論や仮説が現れたとき、それを事実とするため、実験結果や過去の歴史がそれに合わせて作り出されたり修正されることを言います。

 質問者様のおっしゃる地球が平らだった件も、全体の計算能力の低い原始時代では、地球を球体として表現できず、計算力が高まった大航海時代になってやっと球にできたのです。

 それだけでなく、コロンブス以前にも大西洋を越えてアメリカ大陸に渡った原始人がいたという証拠になる遺跡を新たに創作しました」

 随分ややこしいが、大航海時代になってそれまで平面で表現していた世界を球に進化させ、それだけでは訴求力が弱いので、古代に大西洋を筏で渡った人間がいたという証拠を大航海時代に作ったということらしい。


「じゃあ、恐竜はいなかったんだな?」

「近代になり、学者達の集合意識を分析した結果、大昔に大型は虫類がいたほうがいいという結論に達し、化石をねつ造し、存在したことにしました」

「うわー、何だそりゃ」 

 進化論は事実ではなく、最初から各種の生物がいたわけだが、ダーウィンが唱えた進化論が優れていたので、それを事実として採用し、進化論が正しいという前提で化石などの証拠をねつ造した。時代が進み、宇宙全体の計算能力が高まり、遺伝子レベルで辻褄を合わせ、バクテリアからほ乳類にいたる進化体系が完成した。なるほど。


 彼女によると、そのバクテリアの歴史も浅いようだ。

「今では生物は細胞から出来ていることにしていますが、そうなったのは16世紀からです。最近では細菌の存在が当たり前になっていますが、実は細菌の歴史は顕微鏡より短くて、それ以前は病気は悪霊の仕業でした」

「中世の世界観はその当時には正しかった。それが、16世紀や17世紀に、微生物や細胞が存在できるだけのパフォーマンスをSOC集合体が持てたことで、現代の世界観が事実に変わった」

 と僕は真面目な顔で言った。

 信じていなかったが、面白いので相手に話を合わせたのだ。

「その頃から急激にあなたがたの性能が上がりました。個々の性能アップにくわえ、参加者が増えたからです。最近では、恐竜も毛が生えたほうがいいことになり、生物学者が発掘している現場近くに、証拠となるティラノザウルスの羽毛付き化石を置いておきました」

「じゃあ聞くけど、人類というか宇宙の歴史は本当は何年なの?」

「最初の人類はホモサピエンスです。というより人類は一種類しかいません。旧人類は最近になって、いたことにしました」

 と、彼女は間接的に答えた。


 いつの間にかコロッセオの壁は、最初の頃の数倍の高さになっていた。円形闘技場というよりも、円柱の中に僕らはいた。これは宇宙の参加者が増えて、さらに参加者個々の能力も高まり、全体の計算量が向上したということなのだろう。


 僕は言葉を失い、聞き手に専念した。

「夜空の星達は今でもプラネタリウムです。太陽や月を含めて本当は存在しません。但し、昔はただの小さな光にすぎなかったのに、望遠鏡の発達で拡大した映像が必要となり、最近作りました」

 じゃあ、アポロが月に降りたのはどう説明づけるんだ、という質問すらする気力になれなかった。それでも彼女は、僕の心を読みとったように(本当に読みとっている可能性あり)、

「月に人類が降りたとき、その周囲だけを作りました」と言った。「地球から見た月がいつも同じ側なのは、それそも月が球ではなく円だったからです。人類が観測したときだけ、仕方なく裏をこしらえるのです」

 月には表と裏がある。地球から見た姿がいつも同じなのは、自転と公転の同期といって、月が地球の周りを回る公転と月が自ら回る自転の周期が同じという理由だ。それもまた心を読みとったのか、

「後付の事実として、地球と月との間に働く潮汐力の影響で、地球から観た月はいつも同じ向きということになりました」

 と彼女は説明した。


 黙ってばかりじゃいけない。

「もしかして普遍の物理法則もTPOに応じて変わったりする?」

「より優れた理論があれば、そちらが事実になります。相対性理論が登場したとき、実験中に光のルートを曲げて、アインシュタインに協力しました。

 素粒子学もそうです。学者達が極小の世界を探求するので、分子や原子で世界が成り立っていることにしましたが、全ての物体が素粒子から出来ていることにするだけの計算力がないので、観察した場合だけ分子、原子、クォーク等が存在しています。

 地球も表面だけで、内部は省略されています。もちろん、観察されれば適当にこしらえます」

「君の言ってることをまとめると、宇宙にはいまだに地球しか存在せず、他はリアルなプラネタリウムだったわけだ。唯一存在する地球すら、中身のない表面だけの存在とはな」


 宇宙には地球しか存在しない? 凄い性能の宇宙望遠鏡があるのに、地球以外の文明の痕跡が見つかっていないのは、そういうことだったのか?

 僕は彼女の言うことを信じたわけではなかったが、宇宙が意外にしょぼいのかもしれず、がっかりした。


「すると宇宙人やUFOは存在しないことになるな」

 所詮はSFの世界と僕は思ったが、

「いいえ、これも後付の事実として今は存在しています。人類の一部が宇宙人やUFOがいると本気で思いこみ始めた結果、UFO信者の計算資源を使い、UFOを作り、空に出現させました。昔は妖怪や妖精が本当にいましたが、科学の発展で信憑性が低くなり、宇宙人やUFOにとってかわられました。

 最近では計算力が高まり、中の宇宙人までいます。歴史の浅いというよりほとんどない地球生まれの宇宙人ですが、ちゃんと彼らの母星もあったことにし、能力の高いSOCボックスが宇宙人を操作、つまり宇宙人として誕生しています」

 壁の中にある一つの大きなブロックが青い光を浮かべ、そこから出る光線の先に宇宙人が出現した。

「それなら僕が死んだら、宇宙人に生まれ変わる可能性があるのか?」

「今存在する宇宙人は高度な科学文明を持っていますので、あなたでは無理です」

「悪かったな」

「実は私がこの宇宙に来た理由も、宇宙人と関係があります」

 自らを宇宙人ではないと言っておきながら、宇宙人と関係があるという。

 ということは、

「宇宙人が地球を侵略するので、止めに来たのか?」

 と僕は聞いた。

「むしろ、その逆で、宇宙人と同じ側に立っています。ただ、今はこれ以上は言えません。暗くなったので今日はここで終わりです。お疲れさまでした」

 ここに来たときから暗かったが、その点は突っ込まずにおいた。が、

「今日はって、まだ続きがあるの?」

 と重要な点を聞いた。


 その質問に答えることもなく、イルージョンは消えてしまった。

 僕は、夜の公園に馬鹿みたいにひとりで突っ立っていた。変質者に思われるのは厭だから、とっとと帰った。

 まだ寝るには早かったけど、何もする気がおきず、床に着いた。当然のようになかなか寝付けない。あれは一体なんだったんだろうとあれこれ考えて、結局、妄想ということにしておいた。

 ところが次の日の朝、とんでもないことが起こった。


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