表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

ごくありふれたファミレスのレジ係(1)


 僕は週末の仕事を終え、ひとりでファミレスに入り、ハンバーグセットBを食べていた。どこにでもありそうな最近出来たばかりの店だが、ディオーネという美容室のようなエレガントな名前は初めて聞く。


 オープン時の大切な時期に、受験勉強の高校生達がテーブルを陣取り、他のお客さんの迷惑になっていた。僕は食べ終わると、早々に引き上げることにし、レジの前に立った。


 キズキ・ヨーコという名札をつけた、ボブヘアで童顔の女の子に千円札を二枚渡した。名前がカタカナなのは会社の方針なのだろうが、外国人みたいでおかしな気がする。


 ここは製造業が盛んな人口十万の地方都市だ。僕は、この近くにある会社の寮に住んでいる。食堂も談話室もない寝起きするだけのぼろアパートだ。


 店を出ると、そのまま寮のほうに歩きかけたのだが、後ろから呼び止められた。


「お客さん、おつり忘れてますよ」


 僕はおつりを受け取ったつもりでいた。だから、「え? もらったけど」と言って振り返ったのだが、声の主を見て驚いた。


 間違いなくさきほどのレジ係の女の子だったが、いつの間にか私服のワンピースに着替えていた。



「え、どういうこと?」


 僕があっけにとられていると、女の子はにこにこしながら、


「おつり忘れたなんて嘘。実はお客さんと一緒に行きたい場所があって……」


 と切り出した。


 いきなり見ず知らずの女の子にそんなこと言われれば、怪しむか喜ぶか照れるかするはずだけど、僕はそれどころではなく、彼女の言うことを途中までしか聞いていなかった。


 僕が店を出てから一分も経っていないのに、どうやって服を着替えたのか、種明かしをしてもらわないと困る。


 それよりも、そこにあったはずのファミレスが消えて、空き地になっていることをどう説明すればいいのだろう。


 だから、「どういうことか教えてくれ」


 と、彼女を責めるように尋ねた。


 彼女は、「まだわからないの」といって、今度はにやにやしだした。たいして年の差はないけど、これでも大人なんだから、馬鹿にされるのは悔しい。



 そうか。これは夢なんだ。たいした謎じゃなかったと思いつき、僕は納得した。夢なら夢で徹底的につき合おう。


「わかったよ。これはすべて夢。君は夢のなかの登場人物。僕の脳みそが想像しただの映像と音声」


「残念。この世界はあなたの夢ではありません。私は、私が想像した映像と音声。あなたも、あなたが想像した映像と音声」


「何言ってるかわからないよ」


 僕は少し感情的になって、夢の中の人物に文句を言った。


「ねえ、それより早くプラネタリウムに行こうよ」




 僕と一緒に行きたい場所は、プラネタリウムだったようだ。現実では近所にプラネタリウムはないけど、夢なら何でもありだ。夢の中でどうプラネタリウムが再現されるのか興味があったけど、相手のペースにはまるのが厭なので、


「プラネタリウムなんかこの近くにないよ」と冷たく言った。


 すると彼女は落ち着いた感じで、


「この宇宙がプラネタリウムなんだけど、今まで生きてきて気付かなかった?」


 彼女の口調は、敬語だったり、ため口だったり、統一性がない。


「たしかに、僕が作り出した夢だから、プラネタリウムのようなものだな」


「そうじゃなくて、私たちはみんなで宇宙を投影しているの。私たちの周りを宇宙が周っているから天動説は本物だったの」



 天動説とは、地球は宇宙の中心に静止していて、その周りを太陽や星などの他の天体が回っているとする説だ。視覚的には正しく見えるので、三百年くらい前までは常識だった。しかし、宇宙全体を回転させるのは力学的に不可能だ。


 いまでは天動説を信じる人間などいない。少なくとも僕の知り合いにはいない。しかし、宇宙がプラネタリウムのように人間の投影した映像なら、地球の周りを回っているといえないこともないかもしれない。



 だけど、あまりに非常識な発言に、僕は腹がたってきた。


「ひょっとして僕のことからかってる?」


 僕が怒りの表情で彼女に近づくと、彼女は


「あ、やばい」と言って空を見上げた。


 僕も釣られて上を見た。


 普通夜空には星や月が出て、黒雲が見えたりする。


 しかし、それは最高級テレビが追求したような完全な黒色の背景に、



 要求されたデバイスにアクセスできないため、ブートの選択でエラーが発生しました。

 システム管理者もしくはコンピュータの製造元にお問い合わせください。 



 という巨大な白いゴシック体文字が、ドームの内側に張られたように浮かんでいた。




 宇宙がエラーを起こした。宇宙がデバイスにアクセスできない。宇宙がシステム管理者に助けを求めている。


 何がなんだかわからず、僕はすぐに彼女を見た。


「あ、助かった」


 彼女がそう言ったので、再び空を見ると元の星空に戻っていた。


「今のは何だ?」


 僕が聞くと、


「今のは私が投影したイメージ。いくら宇宙が作り物でも、日本語であんなメッセージが出るわけないでしょ。だけど、現実の宇宙もデータが読めなくなれば、たぶんあんな感じに空が空でなくなるの」


「データって何だ。データって……」


 僕は、会社で品質管理担当だから、データの扱いには強い。それに、少しはコンピュータの知識もある。


 宇宙がデータ処理の結果だとすると……。


 何となく彼女の言いたいことがわかって、空を見るのが怖くなってきた。


 それでできるだけ上を見ないように心がけた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ