2話「幼女とお風呂」
「ところでさ千代」
「どうしたの樹貴」
「いや、別に大したことじゃないんだけどさ。 いや大したことあるんだけどさ」
「何なの。 男ならはっきり言ってよね」
「……あのさ、もしかして毎回俺はお前とお風呂に入らなきゃいけないのか?」
そう、何を隠そう今は我が家の風呂の中。
狭いバスルームに成人男性と幼女が二人きりという絵面。
通報されたら一瞬で俺の人生は終わりだ。
「何その全然大したことない話。 そうに決まってるじゃん」
決まってるのかよ。
「どこの世界に赤の他人の幼女とお風呂に入る常識があるんだよ」
「私の世界」
「意味分かんねえよ」
「まあまあ、細かいことは気にしない。 だからモテないんだよ樹貴は」
と、まあこんな感じでこのクソ幼女は出会って2日目だが俺に対して失礼なことを平気で言うようになった。
「うっせえ、それに俺は案外モテるぞ」
「……え」
「なんだその唖然とした顔は」
「こ、今年一のショックだよ。 樹貴がモテるわけない。 嘘だ。 嘘だと言ってよ」
「……お前殴っていいか?」
「やーめーてー樹貴の幼女虐待ー」
千代が笑いながら大きな声でそう叫ぶ。
「おい、やめてくれ。 ただでさえうちのアパートは壁が薄いんだからな」
「なら大人しくしなさい樹貴」
「……くそう」
「よしよし樹貴。 いい子いい子」
幼女に頭を撫でられる23歳の姿がそこにあった。
何故だろう。 千代と話しているといつの間にか彼女のペースに飲まれてしまう。
「お前にとっちゃ聞くまでもないのかもしらないけどさ、お前の髪も毎回俺が乾かさなきゃいけないのか?」
「当たり前でしょ。 結婚してるんだから」
「いや、してないから。 一ミリもしてなからな」
そう言いながらも俺は千代の仰せのままにドライヤーで千代の髪を乾かす。
それにしても綺麗な髪だ。
俺なんか癖毛で今まで何回もストパーをかけようとしたことか。
一本一本がサラサラとしていて触り心地も良い。
……なんて何考えてんだ俺は。
ドライヤーを切ると部屋にチャイムの音が鳴り響いた。
そういえば母さんが仕送りを送ったとか言ってたな。
まだ仕事を辞めたことを伝えてないことに罪悪感を覚えながら玄関のドアを開ける。
「よ、ニートさんこんばんは〜」
ドアを開けると見覚えのある顔が目の前に現れた。
「おい、なんで仕事やめたこと知ってんだよ」
「あー、三雄から聞いたんだよ。 この前3人で飲んだ時、辞めたい辞めたいって言ってたけど本当にやめちゃったんだねいっくん」
「そう、晴れて俺はニートになったのだ。 俺は自由だ!」
「あ、今のボイスメモ録っといたからおばさんに送るね」
「やめて下さいあかり様」
「あはは、冗談だよ」
そう言って笑う目の前にいる女の子は俺の幼馴染である矢野あかりだ。
同い年でご近所さんで親同士も仲が良い。
そして腐れ縁というやつなのだろう。
幼稚園から大学まで同じだったのだ。
お互い大学の時に上京し寮生活を送っていたがこの春から寮から離れ社会人生活をスタートさせたのだ。
あかりはおそらく仕事帰りなのだろう、仕事着のままだ。
「樹貴ー? 何してるの?」
あかりとの会話に夢中で千代のことをすっかり忘れていた。
チャイムが鳴ってからやけに時間が経っているから気になったのだろう、千代が玄関にやってきた。
「あれ、いっくんお客さん?」
「あ、ああ。 遠い親戚の子でな。 東京見物したいっていうからうちに泊めてるんだよ」
よし、これでいい。 これなら辻褄があうし問題ないはずだ」
「こんばんは私は矢野あかり。 いっくんの幼馴染やってます」
あかりは持ち前のコミュ力で笑顔で千代に挨拶をした。
できれば千代を誰にも会わせたくなかったけど、まあ挨拶する程度なら問題ないだろう。
「私の名前は松城ちよです。 樹貴のお嫁さんやってます。 ね、ダーリン」
まったくもって問題ありだった。