追手
「どう、越えられそう?」
神山の山頂へと向かわせた怪鳥が戻り、黒ずくめの青年の腕に止まる。しばらくして、彼は首を振った。
「無理だったようですね。神気が濃すぎて近づけない、と」
「…そ。じゃあ馬鹿正直にこの通路通らなきゃいけないのね。いざってときは面倒だわ」
少女は大岩の上から、列になって進む人々とその先の石門を見下ろして、ため息を吐いた。蒼都を囲む神山の外側では、起伏の激しい岩場が多い。山頂まで続くそれに対して、登頂不可能という話があるのだと思っていたが、どうやら理由は実にこの都らしいもののようだ。
「守られてるのね。魑魅魍魎の巣窟のくせに」
妖怪だのなんだのと、異国の文化は実に気味が悪い。この国に来て数日の彼らにとっては、なんとも言い難い居心地の悪さがあった。
離れた場所で倒れた丸太に腰をかけ、リスと戯れていたフードを目深に被る男が口を開く。
「神気ってなに?魔力みたいなものかい。それともキリマ、君が使う呪術のようなもの?」
怪鳥を呪本に戻しつつ、キリマと呼ばれた目元の隈が目立つ陰気な青年が答える。
「名の通り、神の気ですよ。目に見えるほどに強く在るこの地の神は、万能とはいかないでしょうが、それに近い力があるようで。いったいどれほど強い信仰心があれば、神の顕現など叶うのでしょうか。恐ろしい土地ですねまったく」
「ふーん…」
リスが走り去ると、立ち上がる。
「でも、確かに彼はここに入ったんだよね」
覗くような姿勢で少女の横に立ち、下を眺める。
「キリマが言うには。また退治の仕事らしいわよ。若いのによく働くわね」
「カナも言うほど年取ってないでしょ」
カナと言われた少女は、この国の者とは明らかに異なる外形をしていた。鶯色の髪を二つに纏め、毛先は緩く巻いている。大人びた顔や背丈は、少女というより、女性というに近い雰囲気があった。
「お二人共、そろそろ中に。もう日が落ちて来た」
キリマの声に二人が顔を上げると、なるほど太陽は彼方の山の先へと沈んでいく様が見えた。こちらは西側の山、つまり朱門へと続く回路が抜けている山である。東側は山の影になって、もう随分早くに暗闇が訪れているはずだ。
男はため息を吐く。
「気乗りしないねぇ。まさか、こんな辺境まで追跡を命じられるとは。彼女も人使いが荒い」
「…あのねぇ、私たちはあんたたちの都合に付き合ってんのよ。当人が面倒がってどうするの」
カナは男を睨みつけ、岩から飛び降りると、そのまま、人の列に混じって石門へと進みだした。すぐにキリマも飛び降りる。
「…あぁ」
彼女たちはあくまで駒。それなのに主体である己があまり気乗りしないというのは矛盾していると、遥か昔から理解していた。事実今回の計画で、何とも言えない虚無感と孤独は、常に付き纏うものだった。
人混みから目をそらし、山を見上げて息を吐く。
まるで自分は、彼女の、傀儡のような。