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妖怪娘と古の都  作者: すしん
5/6

5.一緒に

封筒配りを数件回り、やっと残りの数が少なくなった。

「ふぅ、疲れた。みんな渡し際にお喋りし出すから、時間かかってしょうがないや」

日が傾き始め、辺りに青がかった暗さが増す。山に覆われたこの都に夜が訪れるのは早い。

灯の点きはじめた街の上空を飛ぶ。眼下の街道には、人に変わって物の怪の数が圧倒的に増えて来ていた。この時間は飛行するモノも多い。

羽の生えた妖怪と、既に何度かすれ違っている。

「もう、信号ほしいくらい。ぶつかりそうでぶつかりそうで…」

周りをキョロキョロと見渡しながらソシを進めていると、不意に目の前を黒いものが高速で横切る。

「わっ」

ソシが唸り、前足を上げ上体が傾いた。慌てて手綱を引くが、体勢が崩れ宙に投げ出される。驚きと身体が落下する感覚の中、センカは咄嗟に"便利な棒"を出現させた。

目の端に捉え、"便利な棒"を多節棍へと変化させる。建物の手すりを目の端で捉え、投げ出すように放ち、それを巻きつかせると、落下が止まると同時にガクン腕に衝撃が走った。

息を吐いて顔を下げると、真下の雑踏が見える。なんとか人混みに落ちずに済んだようだった。

「あ、あぶね」

指笛を吹くと、すぐにソシが駆けてきた。棒から手を離すと同時に、ソシに跨り宙に上がる。

「もう、さっきのなんだよ!」

怒って横切った物を探すと、向こうも驚いたように止まっていた。距離は離れているが、逃げる様子はない。

「ちょっと、危ないじゃんか!安全飛行ぐらい心がけてよ!」

怒鳴りながらソシを向かわせると、向こうもハッとしたように言い返す。

「仕方ねぇだろ!急いでんだから、よくある事だっつの!」

返ってきた少年の声を聞いて、センカは驚いた顔をする。よく見ると、姿にも覚えがあった。

黒い羽に、黒い羽衣。瓦版の配達の天狗だ。

ということは、知人は一人。

「…あれ、ヒサン?暗がりで気づかなかった」

あちらも近くセンカを認識し、素っ頓狂な声を出した。

「なんだ、センカか!久しぶりだなぁ!何してんだこんなとこで」

羽を動かして、すっとセンカに寄る。明るい茶髪に三白眼の少年らしい顔は、幼い頃から相変わらずで、しばらく会っていなくても変わっていなかった。センカとはハナ同様、幼い頃の遊び友達で大人からの怒られ仲間でもある。こちらもまた、数年前から瓦版の仕事を受けているため会える機会が少なくなってしまった。

「ゲンに頼まれて、お使いしてんの」

「お使い?なぁんだ、また遊び呆けてんのかと思った。この忙しい時期も、お前はいつも暇そうだもんな」

店の仕事は使用人や店主である兄達、主人のゲンが粗方やってしまうので、センカはいつもすることがない。祭りの日を待ちながら、都の様子を見て回るのが常であった。

「遊んでないもん。毎年、みんなどんな感じかなって、観察して報告するのが仕事だよ」

「はいはい。箱入り娘さんには丁度いい仕事だな」

肩をすくめて言うヒサンにムッとし、べっと舌を出してソシを進めようとする。

「あ、ちょっと待て!」

前に回って引き止められ、センカは大げさに息を吐いてみせる。

「なに、仕事あるから忙しいんだけど?」

「俺だって忙しいっつの!」

そう言うと、あのさぁ、とヒサンは少し気まずそうに頰をかく。

「明日、誰かと回る予定あるか?」

「まわる?」

少し考えて、あぁ祭りのことかと理解する。

「別に。いつも通り気ままに巡ろうかなって思ってる」

「そうか、えっと」

宙で器用にも足を組んでみせると、ヒサンはもぞもぞと喋る。

「一人よりさ、誰かと歩いた方が楽しくねぇか?」

「そりゃそうだけど、みんな忙しそうだし」

「俺、明日仕事ないんだよなー」

え、とセンカが声を上げると、ヒサンは口を尖らせる。

「だから、誰かさんと回ってやらなくもない」

そっぽを向きつつも、チラチラとこちらを見るヒサンにため息を吐き、脇を通って先へ進む。

「あ、おい」

「…開祭式の後、大櫓んとこ集合ね」

背中越しに言葉を投げ、ソシを急がせる。そんな様子を見て、ヒサンは呆気にとられた顔をした。

「…え、え!?まじか!?やった!じゃなくて……わ、わかった!」

一喜しつつも、追わずに叫び返す。

その後、しばらくぼーっとしていた彼を、通りかかった上司の天狗が叩いたのだった。




「…動きにくいな」

舌打ちをしつつ、外套を羽織った少年は人混みの間を抜けて行く。祭りへの熱気と、どこからか多重に聞こえる人妖の歌声に、頭痛が鳴り始めていた。

「とっとと見つけたださねぇと」

視界の悪い建物に囲まれていては、探す物も見落とす可能性が大きい。背の高い妖怪も増えて来たため、小さい彼にとっては都合が悪いことこの上ない。大通りを抜けて小道に入ると、両側の壁を交互に蹴って上へと上がる。

暗くなり始めた空を見上げ、そしてごてごてと装飾されている建物たちを見回す。所々にある一際背の高い建物も、おかしなネオンを発し、その周りに虫のような妖怪が集まっているのが見えた。山に目をやると、どす黒くとてつもなく大きな人影がゆらゆらと揺れている。

「…頭の痛い街だ」

忌々しげに呟くと、刀を握りしめる。

国の中で特に異彩を放つこの都は、噂以上に人外たちへの行動の許容が大きい。本来、妖怪は人の影に隠れ、潜み、恐れられるもの。我が物顔で地上を歩き回る彼らに、外の者である彼は嫌気が刺していた。

不意に、首に掛けられた水晶が低く鳴る。

仲間の連絡だ、と理解すると、手にとって目の前へと掲げた。赤紫色の水晶はパキリと花のように開き、その中から女の幻影が現れる。

『今、ガイと共に石門の前に到着した。状況は』

「連れ去った蛇を見失った。今はしらみ潰しに捜索している」

『そうか。しかし、もはやあれは探し出すには小さすぎる。いっそファントムの出現を待ってから、それを目安に行動した方がいい』

「…なんだと」

少年は眉を寄せ、まるでロボットのような顔をした赤毛の女を睨みつける。

「被害が出てからでは遅いだろうが。それに、あれはこちらへの滞在期間が長い。その分ファントムは討伐が困難になっているはずだ。印にするにはデメリットがでかすぎるっつの」

苛立って口調の荒れる少年を、冷えた目で見透かす女の返答は単調だった。

『ならば、颯爽に根本を潰すがいい。見失った不始末は己で付けろ、アザナ』

ノイズのように揺れ、水晶が閉じる。

「…クソッ」

大きく舌打ち、勢いをつけて飛び上がる。瓦を踏みつけ、跳躍しながら駆け出した。

それは風と呼ばれる天狗をも容易に超える速さ。

目元には小さな炎が宿り、髪に不思議な七色が反射する。

人外じみたその姿を目の端で捉えた、どこかの妖怪はふと既視感を覚えた。

はて、どこかで見たような。

しかし、思考が追いつく前に、その姿は夕闇の中へと消えてしまった。



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