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妖怪娘と古の都  作者: すしん
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3、お使い

ソシは山を出ると、街の上空を飛び始めた。

屋敷は蒼北門と蒼西門、通称黒門と朱門のちょうど合間に位置する。つまり、北西の山から飛び立ったのだ。山下に広がる街は、甲町と呼ばれる、商家の多く集まる街だった。その上をソシは優雅に超えていく。

しばらくするとセンカは、ソシに屋根の上を走らせ、街の様子を眺めた。ただでさえ狭い街は、祭りの飾りでさらに窮屈な景観になっていた。人々の好みと趣味で好き勝手に飾られたそれらは、青を基調としているのだが、それでもまとまりがなく、ごちゃごちゃと騒がしい。唯一広かった街道も、両脇にずらりと屋台が並んだため、いつもの半分程の幅になっていた。

「年重ねる毎に派手になってくなぁ」

そうは言いつつ、センカの口元には笑みがあった。祭は騒々しく、華やかで、豪華な方が楽しい。十三年間この都で過ごしたセンカは、その事をよく知っていた。

ここ最近は、外から入ってきた技術か多く見られる。例えば、屋台や家々の屋根に掲げられている看板が、電飾で囲われているをよく見かけるす。ピカピカと七色に光るそれは、夜、街の明かりを鮮やかにするので、センカのお気に入りだった。また、電光掲示板もつい最近に知ったものだ。

「どこだっけ…。確か、下駄屋のセキさんとこにあった気がする」

ソシを促し、左側へ走らせる。背の高い家々の中で、一際大きく目立った形をした建物を見つけて側へ寄った。壁の正面が電光掲示板となっており、『やたげ』ときう大きな字が、字体を変えながら横に流れ続けていた。

「あったあった。目立つな、ほんと」

先のとんがった可笑しな形をしたこの建物は、たしか、ビルという名の建造物だった。この町では、唯一この家だけである。都にある大体の建物は三から四階建てである中、このビルは階数が十もあるため部屋が多く、羨ましがる住民もいる。

「でもこんなにいっぱいの部屋、どうやってら使うんだろ」

呟きながらビルの周りを一周すると、元の軌道に戻す。

「さて、仕事仕事」

封筒の束を取り出し、前もって距離の近い順に重ねておいたそれを確認する。一番上の宛名を見て頷くと、装飾を避けさせながらソシを地上へと降下させた。


降りた街道は物やらなんやらで溢れかえっている。人や物の怪が忙しなく行き来する道を、ソシをゆっくりと歩かせる。大きいモノから小さいモノまで、たくさんの種族が混じって通行するため、足元にも前にも注意しなければいけない。ここの通りは食べ物屋が多いので、湯気や煙が漏れ出て視界も悪かった。

「…お腹空いた。あぁ、たしかスミレさんとこってお団子売ってたような」

スミレはこれから封筒を届けに行く轆轤首という妖怪である。白桃園という遊郭で遊女をしており、また花魁でもある美しい女性だった。普段センカには全く関わりのないような人物だが、何度か妖月屋にも訪れて来た事があったため、顔なじみである。

「うん、届けるついでにおやつにしよ」

少しソシを急かして、足を早める。家々の間に途切れた部分を見つけると、足元の小妖怪を踏んづけそうになりながらも、なんとか曲がった。そして建物によって影った小道を、点々と蔓されている赤提灯の明かりを頼りに進んでいく。

しばらく歩いていると、ふいに頭上から声がした。

「おぉい、そこのあんたぁ!」

一瞬驚き何事かと上を見上げると、家の窓から、一つ目の男がこちらに手を振っているのが見えた。顔に覚えがない。

「誰だ、おまえ!」

声を張ると、向こうはガハハと裂けた口で笑った。

「おぅ、俺ぁソウザの友人だぁ。妖月屋の小娘、お前さんの家で彼奴を預かっとるじゃろう」

確かに、ソウザという妖怪は妖月屋に住み着いている。いつの日だか、仕事を無くしたあの化け猫が妖酒を盗みに商家に忍び込んだことがあり、それをキスケがとっ捕まえ家主に突き出すと、罰として下働きを命じた。庭掃除の下人として未だ妖月屋に置かれている。

「ソウザぁ?いるけど、あのへっぽこ猫の友達がなんの用さ」

「いつだったか、彼奴に借りておった物があってなぁ。いやぁすっかり忘れてた!祭日前に大掃除しとったら、出てきたんじゃがよ」

そう言うと男は一度頭を引っ込め、そしてすぐに窓から四角い小さな箱が落ちてきた。片手で受け取ると、中からコロコロと鈴の音がした。

「それを奴に渡してくれぇ。何、礼は今度、妖月屋を利用する時にでも払うとするわぃ」

「それじゃあ、私に利益がないじゃんか!」

一つ目は再び大声で笑うと、ではな、と言って窓を閉めてしまった。少しの間睨みつけるが、まぁ荷物は小さいので良しとする。

「もう…勝手な奴ばっか」

こうして見知らぬ輩に声をかけられる事は度々あった。幼い頃、都中で派手に遊びまわっていたセンカの顔を知る者は多い。

ソシが焦れたように唸るので、ごめんと謝ってから、胴を軽く叩いて手綱を引いた。白桃園はこの先の角を曲がれば、右手に見えるはず。腹の虫も鳴き始めたので、自然と足早になった。


白桃園前の通りは、白く低い壁に囲まれている。桃の木や桃色の花が所々にあり、お香と一緒になって、ツンとセンカの鼻に香りが入ってきた。鼻の良い少女は顔をしかめる。横ではソシが大きなクシャミをしていた。

入り口まで来ると、置かれていた人間の背丈ほどもある巨大な提灯が、赤い舌を出して口を開く。

「いらっしゃいお嬢さん。本日は何のご用でしょう」

「お使い頼まれたから来た。スミレさんに会わせて」

「スミレでございますか。少々お待ちを…」

そう言うと、化提灯は口を閉じる。暫く待つと、正面の紅い戸が開いて、中から一つの火の玉がふよふよと出て来た。不思議に思って見つめていると、ふいに艶のある女性の声がした。

「あらあらぁ、ゲンの所の娘さんじゃないの。相変わらずクリクリの目で…ふふ、あどけない顔ね」

スミレの声だ、と認識したが姿が見当たらない。キョロキョロのしていると、またしてもスミレの声が響く。

「目の前よ、火の玉。ごめんなさいね、仕事の後だからちょっと…これで我慢してちょうだい。それで、お使いですって?」

「あぁ、これか!あ、うん、えっと、これ」

懐から封筒を取り出し差し出すと、火の玉から細長い手が伸びる。燃えてしまわないか一瞬心配したが、どうやら大丈夫なようだった。

「封筒…気になるわね。後でゆっくり見るわ、ありがとう」

そう言って、もう一本生えて来た長い手がセンカの頭を撫でる。

「へへ…どういたしまして」

恥ずかしげに笑うと、センカは頷いた。

「あの、お団子買いたいんだけど…」

そう言うと、スミレはコロコロと笑う。

「お腹すいたの?ふふ、良いわよ。今持って行かせるから、そこで待っていて」

私は忙しいから失礼するわ、と言い残して、火の玉が戸の向こうに消えていく。

それを見届けると、センカは一息ついた。

「はぁ…スミレさんと話すと緊張する…」

大人の女性相手には、何故か強く出ることができない。なんとも、会話する時はいつも遊ばれている感覚がある。



しばらく待たされて暇になったので、ソシの鬣を梳いていると、不意にソシが唸り始めた。

「どしたの」

びっくりして飛獣の視線の先を見やると、空に何か、歪な色が混じっている。

青空に、一筋の金色が走っていた。そしてその周りを、キラキラ光る何かが取り巻いている。

「なに、あれ」

目を凝らさなければ見えないくらい、小さいものだ。いや、目の良い彼女でなければ恐らく見えないものだろう。それは蛇のようにうねり、ゆっくりと降って来ているように思えた。

「…あれって」

その不思議な魅せ方に、覚えがある。ちょうど一年前の。

思い出しかけたその時、背後から声がした。

「センカちゃん、久しぶり」

驚いて振り向くと、そこにいるのは遊郭の女中、ハナであった。人の背丈ほどある狐の妖怪で、赤い着物を着て、お盆をもって二本足で立っていた。センカとは、小さい時何度か街で遊んだことのある仲だ。

「おハナ!わぁい久しぶりだ!」

抱きつこうとしたセンカを、ハナはひょいと避ける。

「あ、お団子落ちちゃうよ。これ置いてから」

そう言って一旦お盆を側に置くと、センカの手を取る。

「最近忙しくて会えなかったの…ごめんね。お琴の稽古があって」

「ううん、大丈夫!でも、この前来た時会えなかったから、今日も会えないと思ってた」

センカが言うと、ハナは寂しそうに微笑んだ。

ハナは両親をこの街で亡くしてから、白桃園に預けられた。遊女の仕事ををするのが嫌だと言ったハナは、雅楽や舞の仕事だけを教わり、女中として雇われた。

「何回か来てくれてたのは知ってたの、ありがとね。あ、お団子どうぞ。お代は良いよって、スミレ様が言ってた」

お使いのお礼だって、とハナが笑うと、センカは喜んできな粉のまぶされた団子を手に取った。

「いぇい、儲け儲け!いやぁ、いい事すると幸が来るもんだね」

口に目一杯詰め込んで、その甘さに口元が緩む。隣に居たソシが、ちょうだいとでも言うように顔を近づけたので、一つ串から取って与えた。

そういえば、さっきの金色は。

「ん、どうしたの?」

突然空を仰いだセンカに釣られて、ハナも空を見上げる。金の線は無くなっていた。

「あれ、消えちゃった…」

思い出しかけていたのに、と眉を下げると、ハナが心配そうに声をかける。

「何かあった?」

「…ううん、気のせいだったかも。あ、お団子すごく美味しいよ!」

口に着いたきな粉を拭おうと、懐から手ぬぐいを取り出すと、ばさりと、封筒も落ちてしまった。

「あ、まだ仕事あったんだった!ううん、もちっと話したかったけど…」

申し訳なさそうに見ると、うん、と笑う。

「私、お暇をもらえたら、妖月屋まで会いに行くから。そしたらもっとお話しようね」

そう言って微笑んだハナに、大きく頷くと、残りの団子をほおばりソシに跨る。

「まふぁえ、ふぁな!」

もごもごと声を掛けて手を振ると、ハナはぺこりとお辞儀をする。

ソシの脇腹を軽く叩くと、一吠えして白桃の通りを駆け出した。みるみる小さくなる白桃園を後ろ目に、センカは次の目的地へと向かうのだった。




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