2、空飛ぶ獣
飛獣は空を飛ぶ獣のことで、その調教の難しさから、所有する者は少なかった。古都では物好きや屈強な者が多いため、上空を仰ぎ見ると度々見かけることがある。センカの商家もまた、飛獣を持つ家の一つだった。
センカは廊下を駆けながら鼻歌を歌う。
「へへ、ソシに乗るの久しぶりだなー」
表の本店を通り抜けて、外へ出る。獣小屋は少し離れているため、林の中を通らなければいけない。切り株や筍を飛び越えながら木々をくぐり抜けて走ると、屋敷周辺と同じような開けた広場に出た。左に目当ての建物があり、中央付近には、小さながらもしっかりとした畑が、広範囲に耕してある。今日の番である使用人たちが、草を刈ったり種をまいたりしていた。
「おはよう!ソシを出すから、ちょっと気をつけてね」
声をかけると、使用人たちは慌てて立ち上がり、頭を下げた。それを見て頷くと、センカは小屋の中へと入っていく。すぐに少しの獣臭さを感じ、そして獣の鳴き声が耳に入る。
外から手前には竜種のサンカが繋がれていた。するすると長い蛇のような胴は白銀。六つの羽を待ち、それらは角度を変えてみると七色に光って見えた。瞳は真紅のルビーのようで、それがセンカが来たのを捉えると、エラのついた頭をもたげてシィシィと鳴く。サンカは比較的大人しく、そして遠距離の飛行が可能な飛獣である。都の外へ使用人を使いに出すときにも、安心して使われており、商家の足となる飛獣であった。
「やっほ、サンカ。ごめんね、今日は急がなきゃだからソシを連れてくよ」
額を撫でると、鋭い歯を見せて高く鳴いた。まるで威嚇行為のようだが、れっきとした甘えなのだとセンカは理解している。ぽんぽんと叩いてから、さらに小屋の奥へと足を進めた。
「ソシや、起きてるか?」
格子状の扉を覗くと、大きな獅子が寝そべっているのが見えた。紫がかった鋼色の毛並みに、先になるに連れ白くなる尾。厳つい顔は、犬のような長い顔で、口からは太く大きな牙が飛び出ていた。目は閉じており、どうやら眠っているようだ。
「あ、やっぱり。ちょっと起きてよぅ」
中にズカズカとはいり、鬣を引っ張る。するとソシは即座に目を開け、唸り声と共に牙を剥く。
「でかけるぞー」
しかし、壁に掛けられた鞍を外すセンカを見てすぐに大人しくなる。そればかりか、外した鞍をソシに乗せると、嬉しげに尾を揺らした。
ソシは雷犬という、獰猛で戦闘を好む飛獣として知られている。速いが、持久力に欠けるという特徴から、古都内の移動に連れられることが多かった。加えてソシは、商家主人のゲン、センカ、スザクやリガクなど特定の者しか乗せない。騎乗者となるには、相応の時間と手間をかけて慣らさなければならなかった。
「今日はたぶん一日中飛ぶことになるから、ソシには負担かけちゃうかも。あぁ、大丈夫、休憩はちゃんと入れるからね」
出口まで手綱で引き連れ、外に出たところで鞍に上がる。ソシは一声吠えると、軽く跳ねるように駆け出した。十分に助走をつけてから、ふわりと浮かび上がる。そうして宙へ上がったセンカと獣を、下界から使用人たちが不安げに見送ったのだった。