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矛盾アフター

作者: 砂虎

古代中国。

大袈裟なセールストークで武具を売る商人がいた。

曰く自分の売る矛はいかなる盾をも貫く名品である。

曰く自分の売る盾はいかなる矛をも弾く名品である。


それを聞いた意地の悪い客がこう問いかけた。


「じゃあアンタの矛でアンタの盾を突いたらどうなるんだい?」


商人は答えられず物笑いの種になったという話。

世に有名な「矛盾」の由来である。


キレイにオチがついたところでこの話は終わるが現実はその後も続く。

物笑いにされた商人は明日も武具を売らねば生きていけないのである。


しかし先日の「矛盾」はよく出来た笑い話として既に国中に広まってしまった。

商人が市に来れば口を開く前から

「じゃあアンタの矛でアンタの盾を突いたらどうなるんだい?」と揶揄され

周囲の人間がゲラゲラと笑い転げる始末である。

商人は顔を真っ赤にしてトボトボと家に逃げ帰るしかなかった。


そんな日々が3ヶ月も続いた。

蓄えもつき酒を買う金すら困るようになった商人の下をいつかの客が訪れた。


「一体何の用ですお客さん」


「そう尖らないでくれよ。私はあなたに謝りに来たんだ。

 あの日俺は口が上手いと有名な商人をやりこめた機転の良さを褒められ有頂天だった。

 だが聞けばそのせいであなたは市の笑いものになり

 自慢の矛と盾は1つも売れなくなってしまったというじゃないか。

 まったく大衆というヤツは加減というものを知らない」


「今さら謝られてもどうにもなりません。

 韓非とかいう男がこの一件を本に書いたせいで私の噂は今や国外にまで広がっています。

 もはやどこの国へ行っても私は天下の笑いものだ。

 かといって幼い頃から脇目もふらず商売一筋で生きてきたのだ。

 今さら別の仕事なんて出来る訳がない。私はもう終わりです」


「そう結論を急がないで。

 今日まで私が謝罪に訪れなかったのは手土産を用意するためです。

 私の言う通りにすればあなたは以前と同じか、それ以上の商売が出来るようになりますよ」


ピクリと商人の耳が動く。

男はスラスラと考えた仕掛けについて説明していく。

最初は半信半疑だった商人の目は徐々に鋭さを増しその晩二人は眠ることも忘れて夢中に新しい商売について話し合った。



1ヶ月後。

久しぶりに市場の現れた商人を見て街の人たちはおやっと顔を見合わせた。

事件以来、不安と屈辱に震えながら店先に立っていた商人が今日はどういう訳かニコニコと満面の笑みだ。

もう一つ不思議なことに商人の後ろには遊牧民たちが使う大型の天幕が立てられている。

このところ新しい刺激に飢えていた人々は一体何が始まるのかと興味津々だ。


そこへ打ち合わせ通りにあの客が訪れた。


「おやいつかの商人さん。恥ずかしくて別の国へ逃げたという噂は嘘だったようですね」


「はい、それは悪質なデマというものですよいつかのお客さん。

 私は先日あなたの問いかけに答えられませんでした。

 最強の矛と最強の盾がぶつかったら一体どうなるのか。

 自分が売っている商品のことなのに分からないというのは未熟の極み。

 みなさんから馬鹿にされるのも当然のことです。

 そこで私は深山の奥に住まわれる賢仙の下を訪れこの答えを聞き出そうと冒険の旅に出たのです」


元よりこの商人、大袈裟なキャッチフレーズを武器にしていただけに口は上手い。

彼の語る山あり谷ありの大冒険は物珍しさも手伝い買い物客を大いに惹きつけた。


「なるほど。それで結局、矛盾の答えは分かったのですか商人さん」


「もちろんです。そうでなければこうして市場に顔を出し天幕を作ったりしませんよ」


「そう天幕。それが気になっていたのです。

 一体それは何に使うのですか。単なる倉庫という訳ではないのでしょう?」


「私が仙人から聞いた答えはこうです。

 最強の矛と最強の盾がぶつかった時どちらが勝つのか。

 それは使い手の運命力の強さによって変わるのだそうです」


「運命力。聞き慣れない言葉ですね」


「占いの一種だと思えばよろしい。

 実際に試してみてはどうですか?あなたはこの新しい商売のアイディアをくれた方だ。

 特別に無料で占って差し上げます」


「面白い。物は試しだやりましょう」


「占いは二種類あります。矛占いと盾占い。

 願いが叶うかどうかを知りたい人は矛占い。危難を退けられるか知りたい人は盾占いです」


「私は明日、前々から好きだった女性に求婚をするつもりです。

 それが上手くいくか占っていただきましょう」


「では矛占いですね。天幕にお入り下さい。

 私の盾をあなたの矛が貫くことが出来れば求婚の成功は間違いなしです」


そう促されると客は天幕の中に入っていく。

観衆は固唾を呑んで見守るが天幕の中がどうなっているのかは分からない。

それがかえってこの占いの神秘性を高めていた。

しばらくするとガキンと鈍い金属の衝突音が響き続いて腹の底から沸き上がるような喜びの歓声が天幕の外まで広がった。


「おめでとうございます。見事に念願成就をされた方には使った武具をサービスする決まりです。記念にどうぞ」


「ありがとう。無料でと言ってくれたが占ってもらった上に矛まで受け取って無料では心苦しい。

 これは礼だ、遠慮なく取っておいてくれ」


そういって客は代金を商人に渡すと意気揚々とその場を去っていった。



さて、ここから先は語らずともよいでしょう。

舞台は古代中国。占いは現代を生きる我々よりもよほど身近で大切なものでした。

その占いを楽しんだ上に吉兆が出れば記念の武具までもらえるというのだから人気の出ない訳がない。

商人は自分の権威を失墜させた客のアイディアで始めた新商売「矛盾占い」によって

中国でも五本の指に入る大商人になりましたとさ。めでたしめでたし

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