水の咆哮 第3章-6
4分割の4つ目です。
「さあ、もう逃げられませんよ」
神奈との距離が近づく。二人の間にはもはや、数センチの隙間しかない。
「神奈」
皆葉は逸らしていた目線を神奈に合わせ、
「何があった?」
心の奥底を覗き込むような、真っすぐな瞳で見据えて問うた。
「ッ!?」
言われて、神奈の動きが止まる。
「な、なにを……言ってるんですか?」
「今の君は、明らかにおかしい。さっき君が言ったことは、本心だとは思う。
でも、君はただ、僕にすがりついて嫌なことを忘れたいだけのように見える」
「わ、私は……」
皆葉の頬に添えていた手を放し、神奈は皆葉から距離をとる。
「私は?」
皆葉は逃げる神奈の手を取る。
「私……は……」
神奈の表情に翳りが出る。俯き、かすかな声が零れだす。
「く……ふ……」
瞳を潤ませ、ぼたぼたと涙が零れ落ちていく。
(何で、私は泣いてるの?)
皆葉に問われて、今日起きた出来事が想起される。
麗とのやりとり。
突如突き付けられた、自分という存在の疑問。
そして——皆葉と麗との関係。
それぞれの出来事が神奈の感情を激しく揺さぶり、遂には心が悲鳴を上げだした。
(何で、私はあの女を認めてしまったの?
何で、私は他の人と違うの?
何で……あの女にはキスができて、私にはできないの?)
何で、何で、何で……嫉妬なのか、憎悪なのか、愛情なのか……神奈は無理やり抑え込むんでいた感情の波を、もはや止めておくことはできなかった。
(ああ……涙が止まらない。こんな姿、兄さんに見られたくないのに)
顔を両手で覆い、神奈は崩れ落ちていく。そして、
「うわあああああん!」
声を上げて泣き始めた。
* *
泣き声が駅員室の中に響き続けている。
溢れんばかりの涙を流し、神奈は幼子のように泣き続けている。
「……」
神奈の豹変ぶりに驚き、皆葉はどうしたものかと考える。
(間違いなく、今日、神奈に何かがあった。だが)
今の調子だと、まともに話ができそうにない。ならば、どうするか。
(…………)
迷った末に、皆葉は、
「大丈夫。僕が傍にいる」
神奈を抱きしめ、優しく頭を撫でる。
「う……く……」
「我慢しなくて良い。思う存分、泣けばいい」
優しく、優しく、囁くように皆葉は語りかける。そして、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
これまで以上に声を張り上げ、神奈は泣きだした。
神奈は皆葉に抱きしめられたまま、しばらくの間泣き続けていた。
泣き声はやがて消え、神奈はすすり泣いている。
「ひっく……」
「……」
皆葉は黙って神奈に胸を貸し、傍に居続けた。だが、
(残り……2時間……か)
神奈の頭を撫でながら、半ば所在投げに目線を動かしていると、視界に時計が入ってきた。
それが示すのは……午後10時00分。ちょうど、メイとの対決までの猶予が残り2時間であることを示している。
(神奈に何があったのかは気になる。だけど、このままでいては……)
NINJAとの闘いで、皆葉自身に負傷はないものの、手持ちのカードや魔力を相当消耗させられた。時間があるならば、少しでも回復に充てたいというのが皆葉の本音ではあったが、そうも言ってられない状況が続いている。
(今の神奈を放置しておけば、何をするか分からない。麗さんはまだ眠っている必要があるし……ああ、嫌になるな)
大切な人を案じながら、冷静に他の状況を考えている自身に嫌気がさしながら、それでも皆葉は、行動を迫られていた。
(神奈と話をしている余裕はない。今必要なのは、彼女を奮起させることだけど……)
高速で頭を巡らせるが、肝心な事情が把握できていないため、打開策が思い浮かばなかった。しかし、
「……ごめんなさい、兄さん」
逡巡している皆葉に向け、顔を上げないまま神奈が声をかけた。
「ごめんなさい。こんなことをしている場合じゃないってのは、分かってるんです。
でも、兄さんとあの女がキスしているのを見て、もう心が張り裂けそうなんです。我慢できないんです。だから……」
神奈は顔を上げる。
落ち着いてきてはいるのだろう。でも、瞳からは未だに涙が零れ落ちていた。
「嘘でも、気持ちがなくてもいいんです。ほんの少しでいいんです。バカなことを考えてしまう私を、慰めてくれませんか?」
瞳を閉じて、神奈は皆葉に顔を近づける。
「そうしてくれたら、今日は何とか動けるようになります。いえ、してみせます。だからお願いです、兄さん……お兄ちゃん」
神奈は切なげな表情を浮かべ、皆葉に懇願する。
「……」
皆葉は深呼吸をする。気持ちを落ち着かせるために。
「ごめんよ……神奈」
一度は戸惑い、拒絶しかけた行為。だが、神奈の懐かしい呼び方に心打たれたのか、皆葉は決意する。
「…………」
そっと、震える唇を奪った。
物語上の”今日のところは”……2人の話は落ち着くはずです。
続きは、もう1人の話を予定してます。




