生命のはじまり、火の襲来 第1章ー6
それから三人は、所定の買い物を終え、学生寮へと戻ってきた。
「さて、そろそろ夕飯を食べようと思うけど、君はどうする、円さん」
「どうするって?」
「ここまで来たのだから、どうせなら食事も一緒にどうか、と思ったのだが」
「ふむ」
心境が変わったのか、皆葉は食事の誘いをしてきている。無論、皆葉だけなら、断る理由はない。彼が心を許してくれてきている、何よりの証だからだ。しかし、
「ダメですよ、兄さん。もう遅いのですから、麗さんを解放しなくちゃ。ねえ、麗さん?」
微笑む神奈だが、麗には当然、彼女の思惑が見て取れる。『さっさと帰れ』と、皆葉には見えないように手で追い払うジェスチャーをしている。
「……せっかくだから、お言葉に甘えようかしら。連絡しておけば、多少遅くなっても問題ないし」
「そうか。なら、さっさと連絡すると良い。僕は、先に上がって、料理してるから」
皆葉は踵を返して、建物へと入っていく。だが、神奈はその場から動かない。
「……」
表情は変えないが、人を射殺さんかのような視線を、麗に向けている。
「神奈?」
「ああ、すみません。今行きます」
こうして、麗一人だけがその場に残された。
麗はスマートフォンを取り出し、自宅へと電話をかける。
「もしもし。ええ、私。友達の家でご飯を食べるから、夕飯はいらないわ。――迎え? そうね、来たことがないところだし、後でお願いするわ。それじゃ」
携帯電話をしまい、麗は呟く。
「面白くなってきたじゃない。無愛想な兄と、ブラコンかつヤンデレな妹か。少なくとも、退屈せずに済みそうだわ」
陽気にスキップしながら、麗は皆葉の部屋へと向かって行った。
* *
電話を終えて麗が皆葉の部屋に入ると、食事ができるようにテーブルと椅子が置かれており、台所では兄弟が仲良く料理をしていた。
「神奈。今日はどうする? 一応、お前が来ても良いように食材は豊富だが」
「心遣いありがとうございます。そうですね。今日はお腹が空いているので、いつも通りでお願いします」
「了解」
そう言うと、皆葉は戸棚から土鍋を取り出し、そこに加工された野菜や肉、魚を入れていく。さらにカレールーと水、出汁が注ぎ込まれ、カレー鍋が作られていく。
「いい匂いね」
「ああ、円さん。もう少し時間がかかるから、ゆっくりしていてくれ」
「ありがとう」
麗は椅子に掛ける。そこへ、神奈がお茶の入ったコップを持ってきた。
「……」
「どうかした? 神奈ちゃん」
麗の問いかけに、神奈は彼女にだけ聞こえるような、小さい声で返した。
「……別に、どうもしませんけどぉ。いい度胸してますね」
「どうもありがとう。貴女が不愉快に思っても、お兄さんの前じゃ、何もできないわよね?」
「…………それを見越して、兄さんの誘いに乗ったんですか?」
「それもあるけど、今のところわたしは、彼に何もしてない。だから、貴女の逆鱗に触れてどうこうされるというのは、ないと思ってるだけなんだけど。間違ってる?」
その答弁に、神奈は少し考え込んで、
「…………麗さん。貴女がそこそこに頭の回る人だということは理解しました。ですが、なぜ、兄さんのような面倒くさい人と関わろうと思ったのですか? さらに輪をかけて面倒な、私までくっついてくる兄さんに」
純粋な疑問を投げかけた。
「面倒って……自分で言わなくてもいいでしょ。貴女の問いに答えるなら、そうね――――彼に、親近感を持ったから、かな」
「親近感?」
「わたしも、彼と似たようなところがあるから。だから、彼と一緒にいるのが楽しい。彼と一緒にいると落ち着く、のかもね」
「貴女が兄さんと似ているというのは」
「お二人さん。仲良く話をしているところ申し訳ないが、飯ができたぞ」
神奈が続きを聞こうとしたところで、テーブルに鍋が置かれた。ぐつぐつと音をたてて、中の具が美味しそうに煮立っている。
「どうかしたか、神奈。お前の好きなカレー鍋だが」
「い、いえ。ありがとうございます、兄さん。いただきます」
あわてて箸をとり、皆葉によそわれた茶碗を受け取って、神奈は食べ始める。
「うん? 円さん。何かあったのか?」
「いいえ、何も。さて、わたしもいただきますか」
「……まあ、親睦が深まったようで何よりだが」
怪訝な顔をしながらも、美味しそうに食べる二人を見て笑みを浮かべる皆葉。彼もまた、鍋をつついていく。
そうして、穏やかな時が流れていった。