生命のはじまり、火の襲来 第1章ー4
放課後。大半の者は、クラスメイト同士で歓談に興じるが、皆葉は早々に、教室から出て行く。
「ちょっと。待ってよ、シン君」
足早に立ち去ろうとする皆葉を、麗が呼び止めた。
「何か?」
「何って。貴方、どうしてああいうこというわけ?」
「別に、事実を伝えただけだが」
意に介さず、皆葉は歩を進める。その速度は健常者のものに引けを取ってはいない。
「僕は、これから約束があるんだ。失礼するよ」
さらに、速度を早める。皆葉は、走ってはいないが、麗の歩行速度では対抗できなくなってきた。
「くう!」
負けじと、麗も早足で対抗する。廊下を歩く一般生徒らは、麗の形相と皆葉の無表情に驚き、自ずと道を譲ってしまう。
「待ちなさい!」
「嫌だ」
「この頑固者!」
「どっちが」
この奇妙な競り合いは、下駄箱で靴を履き替え、校外に出てからも続いた。途中にある学生をターゲットとした商店街を抜け、公園を横切り、学生寮の前まで来て、ようやく皆葉の歩みが止まった。
「ふー……やるね、円さん。まさか、同じ早足でここまで対抗されるとは、思ってもみなかったよ」
これまでの無表情から一転、微妙に笑みを浮かべながら、皆葉は麗を褒めた。
「はあ、はあ……え?」
今まで淡々としていた皆葉の意外な表情を見て、麗は驚いた。
「シン君。今、笑った?」
「笑ってない」
「笑ったでしょ」
「いいや、笑ってない」
「嘘だー。貴方、ひょっとして照れてるの? かわいいー!」
「……好きに言えばいい」
そっぽを向いて、皆葉は学生寮に入っていく。
しかし、麗は理解しかけていた。神皆葉という人物について。早速、思いついた方法を試してみる。
「待ってよー」
「何だ、まだ何かあるのか?」
「まだあるのよ。シン君。貴方、私の友達になりなさい」
「……はい?」
「はい。YESってことね。それじゃあ、早速貴方の部屋に入れてちょうだい」
「いやいや。今のは、PARDONって意味の『はい?』だから。それに、僕の部屋に入れろって? どういう図々しい性格してるんだ、君は」
「私が図々しい? 褒めてくれてありがとう。さっき自己紹介したでしょ。私はお嬢様なの。こういう女なの。だから、諦めて私を部屋に入れなさい」
「いや、褒めてないから。それに、僕は用事があるって言ったよね」
「なら、私も一緒に連れて行きなさい」
「……」
皆葉はしばし黙り込む。片目を閉じて頭をひねり、
「……分かった」
嘆息して、寮に入っていった。
* *
寮は、高級マンションのような造りになっていた。玄関ホールで暗証番号を入力して扉を開き、中へ入っていくという仕組みだ。
二人はエレベーターに乗り込み、二階にある皆葉の部屋へと入っていく。
「へー。ここが、シン君の部屋かー」
部屋の中はワンルームマンションの様になっていて、皆葉の部屋は男子生徒の部屋らしくなく、妙に整理整頓がなされている。
「何もないんだね」
麗が部屋中を見渡しても、特別に目を突くような物は見あたらない。勉強机に参考書が数冊、小さな洋服ダンス、後は鉄アレイぐらいだ。
「うーん、良く分からないねー」
「……何が?」
皆葉は、タンスから私服を取り出し、てきぱきと着替えている。
「いやね、貴方という人が。学校での言動を見ると、孤独になりたがってる中二病っぽいけど、いざ話してみると、意外に面白い人だし。それに、私が見てるのに、貴方、何も気にならないの?」
「好き放題言ってくれるが、僕はただ、皆のためを思ってそうしているだけだ。後、別段僕は、他人にどう見られようが、構わない。見たくなければ、見なければ良いだけのこと」
制服のブレザーにスプレーしてハンガーにかけ、皆葉は着替え終える。
「それを言うなら、君の方こそ理解できない。君は、夕陽丘中学の出身だろう? 大学までエスカレーターで進学できて、将来も安泰と言えるあの学校から、わざわざ倍率が高い新緑高校に来るなんて、不思議でならないが」
「別に、そのまま進学しても良かったけど、つまらないのよ。あそこにいる人は、みんな同じような人ばっかり。自慢じゃないけど、私の家は権力の中枢にも絡んでいるお金持ちなの。それ目当てにおべっかを使ってくる人がほとんどで、面白味のかけらもない。だから、全国から色々な人が来る新緑高校に進学したのよ。まさか、入学初日から、こんなに面白い人に出会えるとは思ってもみなかったけど」
麗は、満足げに皆葉を見ている。一方皆葉は、特に表情を変えることなく、
「それはどーも」
愛想もない返事をして、玄関から出て行く。