生命のはじまり、火の襲来 第1章ー1
円麗は、慌てていた。
(ああ、もう! どうしてこうなるのよ!)
高校に進学して心機一転、今までとは違った人間関係を構築するべく、執事の送迎を断ったは良いが、通学時間がここまでかかるとは思わなかった。車なら十分程度で着くのに、歩きだと倍以上かかるとは、想定外だった。時間に余裕を持って、自慢の艶やかな金髪を整えて出てきたというのに、途中から走っているので、髪が乱れてしまっている。
息を切らせて走っていると、校門が見えてきた。時計もどうにか、遅刻しないで済みそうな時間を指し示している。
しかし、安堵する余裕はない。勢いを止めることなく、曲がって坂を駆け上がろうとしたところで、麗は何かとぶつかってしまう。
「きゃっ! いたた……」
起きあがると、目の前には一人の少年が同じように、衝突の痛みに苦しんでいた。
「ごめんなさい」
麗は、倒れた少年を起き上がらせようとするが、
「あ……つぅ!」
足に痛みが走る。どうやら、挫いてしまったようだ。
「……」
麗の様子を見ると、少年は立ち上がり、麗を抱き抱えた。俗に言う、お姫様抱っこの様な形で、少年は麗と共に校内へ入っていく。
「え? ちょ、ちょっと!」
「何だ?」
少年は、麗の抗議に鬱陶しそうに応える。
「何って、貴方、何で私を抱っこしてるのよ!」
「君が、足を痛めたからだ。そして、僕は歩けるし、幸いにも僕が抱えられるギリギリの重さだから、こうしているだけだが?」
「ギリギリの重さって……私はそんなに重くないわよ! それより、貴方が私を抱える必要なんて、ないでしょう!?」
そう。麗が足を痛めたのは、彼女が不用心に走ってきたからだ。だから、少年には彼女の世話をする理由はない。その問いに少年は、
「別に、僕はできるからやるだけで、君が拒むなら置いていっても構わないよ。でも、君は入学式に出るのだろう?」
「それが?」
「なら、時間には間に合った方が良いと、僕は思うよ。人数の都合上、入試の成績上位者しか入学式には出席できないのだから、出ないのは勿体ないよ」
「それは、そうだけど」
入学式に出席できる成績上位者には、学費免除どころか、国から奨学金をもらえる。裕福な家柄である麗には別段必要ないものだが、今後家の力に頼らず自分の力で行動しようと思うと、惜しい気がしてくる。
「で、でも、連絡しておけば、問題ないんじゃないの?」
「甘いな。入学式の案内を見ていなかったのか?」
「入学式の案内? ……はっ!」
麗は思い出す。『理由を問わず、入学式に出席できなかった者、遅刻した者には、学費及び奨学金の特典は失われるものとする』と、確かに入学式の案内にはあった。
「だから、君がその特典を捨てても良いというのでなければ、僕の両手に揺られていくしかないわけだ。それに」
少年の足が止まる。二人の目の前には、入学式の会場である、体育館がそびえ立っている。
「もう、着いた」
麗を片手に抱え直し、少年は扉を開く。
「ま、待って!」
「何だ? 後一分で始まるぞ?」
「は、恥ずかしいから、降ろしてー!」
「……」
心の底からの願いを、少年は無視して、体育館へと入っていく。