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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『動物』園

作者: 稲嶺雷華

 動物園。巡回動物園。数少ない珍しい動物や、何処かおかしな人間たちを見世物にして、そのおまけのような、良くある動物たちも乗せて各国を回る大きな船。どうしたって普通の人間は柵に向こう側だ。


  今日も新しい街に着いて始めての興行の日である。赤青黄色に緑色、曇った空のした、空砲を二発。デッキの上に並んだたくさんの檻の中には、トラやオオカミ、猿に人間。中央の物見台の上から透き通る美しい声で歓迎の歌を奏でるのは、この動物園の見世物の中でも特に注目される、醜悪な身体を持つ娘だ。だからこそ、彼女を客が近くで見ないように、高い高いマストの一番上で開園から閉園まで幾百もの曲を毎日、客に聞かせる。

  猿の檻の中には、猿の様に森で育ったという少年がいれられている。

  狼や虎の檻に並んで、ライオンと呼ばれる、黄の髪をタテガミのように振り乱した双頭の青年がいる。他の動物たち以上にむなしい顔つきは、夢を見ることも諦めて、生気のない瞳に客の視線を反射するばかり。

「パパ、この人頭が二つあるよ」

「そうだな、気色が悪いな」

 興味津々と言った様子で見つめる子どもと、眉をひそめて顔をそむけるその父親。檻の中に住んで以来数え切れないほどに沢山見たありふれた親子の姿に、檻の中の彼らが今更何を思うこともない。


  夕方、太陽の色が赤を一番主張する時間。船の上の動物園は、動物園という名前のサーカスに姿を変える。

  「さあ、サーカスの時間だ。柵から離れてくれないかな?」

  ピエロのように着飾った五体満足の『人間』が言うと、子供が親に叱られ引きずられるようにして、あるいは子供が親を引っ張っていそいそと、係員のおいた柵から少しだけ距離をとって、柵の向こうに何が出てくるかと期待で目を輝かせる。

  いく百の視線にさらされて昼には檻の中にいた動物や足りない人間たちがステージに次々と姿を見せ、そのたびに観客は悲鳴とも歓声ともつかない声を上げるのだ。

  蛇のように体をくねらせる娘が、体に蛇を這わせ、手足の足りない青年たちが甲板の上を飛び跳ね、空中ブランコで空を舞う。彼らの衣装に飾られ揺れる極彩色の羽が客の目に鮮やかに映る。背の長いピエロがおどけて転んで見せれば、普通のピエロが転ぶより滑稽に見えるらしい。猿の檻の少年は猿を操って見せ、ライオン、双頭の青年はその名の通りに鞭に撃たれて火の輪をくぐった。

  そして、そのバックミュージックは、動物園の従業員で構成された楽団と。そう、もちろんマストの上の歌姫。この一日に一回のショーの時にはいつもの場所を離れ、その醜い体を豪奢なドレスに隠し、顔にベールをかけて人の目に晒される。

  そして、演目がすべて終わると、不健康なまでに丸い体の園長が明日もまた見にくるようにと、満面の笑顔で腰を深々とおるのだ。当然ながら彼の体が丸いのは異形ではなく、ただの肥満であるが。



「ライオン、またきたの?」

「うんディーバ」「君の綺麗な声が聞きたいの」

 真夜中、灯りの消えた波に揺れる動物園の船底で、 双頭の少年が檻の中の醜い娘を見下ろして笑った。体が二つだったなら。それとも頭が一つなら、生まれてすぐにこの動物園に入れられることも無かったのに。

「静かな声で歌おうたって、私の声じゃ皆が起き出してしまうわ。無理な願いね」

「無理じゃないよ、いつも言ってるじゃないか」「僕らが聞きたいのは歌じゃない」「綺麗な声が聞きたいんだ」「ただ声が聞きたいんだ」

「それならば、喜んで話し相手になりましょう」

  ライオンは木の床に座って、うれしそうに頬をゆるめた。一つずつの顔は目鼻立ちも揃っていただろうに、そっくりな顔が二つならんでいるだけで随分と奇妙になるものだ。

  話していると、だんだんとあちらからこちらから、檻を寝床とする者たちが寄ってくる。一人で歩けもしない歌姫一人を除いて、皆掃除炊事様々に雑用のために飼育員たちに使役される。みな扱いは動物だ。

 蛇娘が気だるげに足を延ばした。

「いい加減、待遇悪いのよね。あたしはとにかく、蛇たちの機嫌が悪くて大変」

「自分のことも考えれ? 姐だって人間様だろ曲がりなりにも」

「でも文句言える立場じゃないわよ。あたしたちは家畜だもの」

 猿少年が歌姫の檻の天井から蛇娘を見下ろして言った。

「待遇の改善なんて無理よ。だって彼らあたしたちで稼ぎたいだけでしょう? あたしたちに金なんて掛けてくれるはずがないわ」

「そうよ。ただでさえ欠員の補充も怪しいのに」

「もうこんなつらい生活いやよ。死にたいわ」

「死んだって意味が無いわよ。何も変わらないもの」

 体のあちらこちらのパーツが欠けた、軽業の少女たちが口々にいう。

 あちらこちらの国を回っていれば、五体の満足でない人間などいくらでもいる。それを見世物にして生きている人を少しスカウトすれば、彼らは喜んで船に乗るだろう。ここに居る娘たちだって、見てくれだけは良いこの見世物小屋にひかれてここに居るのだ。

「そうね。でもどうにもしようがないわ。私たちはすぐにでも代わりのきく存在だもの。逆らって海にでも落とされてもやつらの損にはならないんだわ。一人くらい道づれにできるなら、死んでもいいのに」

 思い出したように娘たちがざわめき震える。航海の間に病気で弱ったり、ひどいけがをしたり。そうでなくても、飼育員の人間に逆らったものは大抵檻の中から消える。見せしめに動物園の全員の前で海に落とされるのだ。

 そんな私刑が許されるのは、『動物』達に戸籍が無いから。人格も認められない家畜のような存在として扱われる。

 黙って聞いていた歌姫がなだめるように口を開いた。

「明日も早いわ。もう休んだらどうかしら」

「そうさな。そう言やあ、ディーバはどうしてここにきたん?」

 猿少年が無邪気に聞いた。

 ぎょっとして他の『動物』達が彼を見た。

「誰だった?」「あいつの教育係は」

 ライオンが言うと、蛇娘が不満げに答えた。

「あたしよ。でも教えるって、教えようがないでしょう。そんぐらい察せってこと」

「察すって、」「むりだろう」

「知らないわよ。あたしに言えるわけないでしょ! ディーバの過去はタブーだって!? んなん言ったらますます興味を示すわよ」

「どちらも。やめてください。別に私は隠す気もありません」

「なになに?生まれつきとかじゃ無いわけ?」

 興味深げに檻の中を覗きこむ猿少年に歌姫は笑顔で言った。

「私は生まれついてではない、後天性の異形です。遥か昔私は音楽学校で歌を学ぶ女学生でした。けれど、ある日のこと、不幸にも硫酸を被ってしまったのです。一命は取り留めたものの、二度と舞台に立てなくなってしまいました。するとここの園長がスカウトしてくださったのです」

「スカウトっていうか、むしろ硫酸かけたのが園長だったんでしょ? あんたが百年に一度の美しい声の持ち主だったから」

「おい、そこは言わなくてもいいだろ」「わざわざディーバがぼかしたのに」

 ざわざわと騒ぐ娘たちを背後に、言い合うライオンと蛇娘を見下ろして、猿少年が言った。

「で、そのどこが秘密だったわけ?」

 二人の三つの口が言い合うのをピタリと止め、そちらを見上げる。

「それぐらい理解しなさいアホが」

 蛇娘の言った言葉に、反論するものはいなかった。




 朝日とともに『動物』たちは目を覚まして動き始める。甲板の掃除をし、あるいは動物に餌を与え、それぞれの檻に収まるのだ。ほんの塵一つで人間に文句を言われても、鞭を鳴らされても、『動物』たちが口答えをすることはない

 そして一日が始まる。


 そんな中、一人だけがいつも元気に動いて見せるのに、時折考え込むように檻の中動きを止めたりもする。

 昼を過ぎて夕方も近くなった頃、彼はふいにポンと一つ手を打って、隣に居た動物たちに笑いかけた。

「良いことを思いついたよ」


 閉園の時間も閉演の時間もすんだ夜のこと。いつもライオンが最初に来るのに、今日は猿少年が一番に歌姫の前に現れたので、歌姫は少し不思議そうな顔をした。

「どうしたの?あなたが最初に来るなんて珍しいじゃない。それに今日はいつもの場所、屋根の上じゃないのね」

「うん。でも良いこと考えたんだ。ディーバに聞いてほしくて」

「何かしら」

「皆で死んじゃおうよ!船に火をつけてさ」

 ピクニックに行こうだとか、まるでそんなことを言うくらいの気軽さで、彼はそう言った。

「だって、こんな動物園、皆嫌がっているんでしょ? 逃げ出す先もないし、きっと逃げ出した後、ここに入れられる人たちの心も考えたから、皆逃げ出さないでここに居るんでしょ?じゃあ皆消えちゃえばいい。園長も飼育員も従業員も動物も僕たちもみーんな!」

「そんな。そんなのって……ないわ。死んだら何もかも終わりなのよ?」

「何もかもって。何が?」

「馬鹿!お前またなんか変なこといってるわね!」

 突然に背後から声をかけた蛇娘に驚くことも無く猿少年はくるりと振り向いて言った。

「でも、姐もそう思わない? 死んだ方がましって、昨日軽業の子たちもいってたやん」

「思わないわよ」

「でもだって、出航した後にみんなで火をつけて回れば、きっと海の上だもん。助けも来ないで皆で死ねるよ。海のど真ん中ならだれも助からない」

 簡単そうに言う猿少年に、ライオンも顔をしかめた。

「言っていいことといけないこととあるんだ」「それは言ってはいけないことだぞ」

「でもでも。ライオンなんでそんなあわてんの? そっか。もしかして認めたくないん?」

 猿少年は一歩二歩、彼に近づくと、ライオンは押されたように同じだけ後ろに下がった。

「そうだ! きっとそうだ。 だってだってそんなに髪逆立っててさ。 実はいい案だとか思ってるっしょ?」

「っ……。そ、そんなことない!」「あってたまるか!」

 しかしその動揺があやしく見えるのは誰の目にも確かであって、それをあえて自分で抑えようとも思えなかった。認めたくないが、実際それは悪い案ではないとも思えてしまう自分が憎たらしい。

「あんた、正気? 本気でそれいってるの?」

 蛇娘がきくと、彼はにこりとうなずいた。

「僕はやるよ。嫌だったらここに滞在してる間に逃げるといい。でもぼくは園長許せないもん。ディーバをこんなんにしたんでしょ。僕だって、僕の友達たちだって、本当は森で過ごしていたかったんだもん。無理やり連れてきて、見世物にして、僕の友達傷つけて。僕はもう嫌だね! 」

 そう言った彼の顔はもう笑ってなどいなっかった。

「僕を殺す?僕だけを殺せば皆ずっとこの船に乗っていられるよ! それとも船を降りる? 僕の友達たちは皆残るって言った。昼間きいたもん。僕と一緒に行くって言ってくれた。

 他の動物たちは知らないけど、ほかの『動物』たちも知らないけど、僕はやるからね!」

 強い口調で彼がいうと、遠巻きに見つめていた軽業の娘たちに衝撃が走った。それまで言葉の断片でしか聞こえなかった猿少年の主張がはっきりと理解されたためだ。

「どうするの? このみなとヘの滞在はあさってまでだっけ? じゃあ、皆その間に覚悟決めるか船を降りるかしてよね。僕はやるからね! 」

 誰一人もう彼を止める人が居なかった。彼を止めるほど、生きたいと思っている人なんてほぼいなかったし。思っているものだって生きようとしている人の少ないことを知っていた。



 船を降りた人はほんの数人だった。軽業をしていた娘たちの中の数人が、別の働き口を探すと言って、真夜中にこっそりと、係留ロープを伝って逃げた。

「出航準備が面倒になるな。俺が代わりに石炭庫からの運び出しやるよ」「力はあるからな」

「じゃああたしはさしずめ動物たちを宥めるってところかな」

 降りた人の代わりに入る場所を検討しながら、しかしそこに居る『動物』達の顔は一つも悲観的でなかった。楽観的でもなかった。何も、何も未来を信じないことに慣れてしまった、それだけの表情だった。ただ一人、猿少年だけがやる気に満ちた顔をしていた。

 警笛を鳴らして、係留ロープを巻き上げながら出航する船を見送る街の人たちに手を振って、飼育員たちは笑顔を見せながら、その後ろでは『動物』たちが必死に働いていた。

 計画の成功のためには、何も変わらないことが大事だと。猿少年が言ったから。


 無事に予定の航路にのった船の上、公演の成功を祝って『人間』達が酒盛りを始めたころ。猿少年を先頭にあちらこちらに発火装置が仕掛けられた。といっても布に油をまいて、紐をのばしその先に火をつけただけの簡単なものだが。

 しばらくは煙が昇るばかりで、人間たちは誰も気がつかない様子だったが、やがて一人がそれに気が付くと、すぐさま船内は大騒ぎとなった。

 火を消そうと水を汲みに行くもの。水と間違えて酒を掛けて、勢いを増した火にまかれて焼け死ぬもの。

 船の縁から飛び降りようとする者の前には『動物』が立ちふさがった。

 檻から放たれた動物たちも狂ったように泣き叫び、区別なく邪魔になるものをなぎ倒して走り回った。

「ディーバ。ここに居ていいのか?それともどこか別の場所に行くか?」

「ライオン? いいえ私は良いわ。……いえ、やっぱり、上に連れて行ってくれないかしら。」

「上に? ここよりも火の回りが早いぞ?」

「構わないの。私はこの船の最後が見てみたいだけだから」

 ライオンは檻のかんぬきをはずし、抱き上げて階段を上った。

 広がる炎の中、何というわけでもなく歌を歌い始めたディーバを抱いて、ライオンは景色を見つめるばかりだった。


「いやー、よくもえるわねえ。焼け死ぬのと窒息して死ぬのとおぼれ死ぬのと、どれがいいかしら!」

 ディーバの口ずさむ歌を背景に、蛇娘が炎に赤く照らされていうと、猿少年が楽しげに返した。

「どれでもいいよ。僕は取敢えず友達と一緒に死ねればそれで」


 阿鼻叫喚絵図に不釣り合いなほど『動物』たちは笑い顔で、歌は美しくて。火に撒かれ空気を奪われ、人間も動物も区別なく命を失っていった。


 白み始めた空の下、木切れのくすぶる海の上に、波のほか動くものは何一つなかった。


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