ファリサとは・・・。
*ゼットさん視点です
「おい、誰か!」
久々に馴染みの店にやってくると、店主が慌てていた。
「おお、ゼット!いいところに来た!"青い悍馬亭"に行って来てくれ!」
何か焦っているようだ。
「店主。依頼ならギルドを通してくれ。」
いつもの席に腰を下ろすと、店主は「依頼じゃない、"お願い"だ。」と頭を下げた。
「珍しいな。どういう風のふきまわしで?」
久々の休みに依頼など受ける気はさらさらないが、店主の話くらいは聞いてやってもバチは当たらないだろう。
「・・・ファリサちゃんを連れ戻して欲しい。」
思いがけない名前が出てくる。
「なぜ?」
「ゼットは先週この街にいなかったから知らなかっただろうが、ファリサちゃんに男ができた。」
・・・男?
内心穏やかではないが「それで?」と話を促す。
「今日息せききって現れたと思ったら、"青い悍馬亭"に駆けて行ったんだが・・・あれは多分男に騙されて花街あたりに売られたんじゃないかと思う。あられもない姿をしてた。」
「は?!」
『"家名もち"で世間知らずのファリサちゃん』というのがこの店での共通の認識だ。
初めて店に来た時も金を持っておらず、身につけていた高価な装飾品を惜しげもなく置いて行った。
それからも店にくる度に高価なものを置いていってたので、店主が買い取ったことにして飲み代と相殺している。
その後両親を事故で亡くし、家は傾いてしまったらしいが・・・。
「ゼット、行ってくれるのか?」
思わず立ち上がった自分に店主が期待のまなざしを向けている。
"青い悍馬亭"は名の通り荒くれ者が集まる酒場として有名だ。
ただし本業は宿屋で、主人の矜持なのか商売女もいない店だ。
そんな所に"あられもない姿"で飛びこんだらどういうことになるか火を見るよりあきらかだった。
「・・・外の空気を吸いにいくだけだ。」
「ファリサちゃんを頼んだぞー!」
自分の背に店主の声がかかるが、店主のために行くのではない。
・・・自分もヤキがまわったものだ。
年下すぎる小娘は範疇外・・・いつも心の隅に追いやっていたはずだが、騙されて売り飛ばされたとなると話は別だ。
急ぎ足で"青い悍馬亭"に向かうと、道を歩いていた冒険者たちが自分を見て「ひっ」と道を開ける。
*
"青い悍馬亭"に入ると、まさにファリサが奥(部屋)に連れ込まれそうになっていた。
見ると相手はこの辺の三下だろう。
自分の敵ではない。
「待て、その女を離せ。」と威圧すると、店内ですぐに自分と認識されたのだろうファリサはすぐに解放される。
確かにひどい格好だった。
腕は仕方ないとしても、足が膝どころかその上まで見えているではないか。
しかも足には透ける薄物をまとっていて足首までさらして足元には爪の見える靴をはいている。
かなり厄介(高級)な店に売られたのだろう。
都にあるような仕立てのいい体のラインに沿った服を身につけている。
「ファリサ、こっちに来い。」と彼女を呼び、自分も近づいて身につけていたマントをかけてやった。
これ以上彼女の姿を他人の目に晒していたくない。
肩を抱いて"青い悍馬亭"を後にする。
*
いつもは"ファリサちゃん"と軽口を叩いていた仲だが、小娘だからと遠くに置くのはやめてこのまま彼女を身請けして身を固めてもいいと思った。
最初は成人したてと言っていたが、それから5年も経つ。
自分との年の差は埋まらないが、ファリサはもう小娘とも言えない年にさしかかっている。
この数年間、いつか彼女の身にいつかこんな事が起きるのではないかと思っていた。
命をチップにして生きるその日暮らしの冒険者ではあるが、今ではそこそこ名も通っていて引退しても一生暮らしていける財もある。
厄介な店だとしても彼女一人身請けしたくらいでは懐も痛まない。
彼女が望むなら「貸し」という形でもいいと思った。
しかし彼女は「自分は売られていない」と言い張り、あまつさえ仕事をして給金をもらっているとも言った。
"客"として、その"店"に通うのはやぶさかではないが、できれば他の客の相手はさせたくない。
馴染みの店まで戻ってくると彼女は礼を述べてマントを脱いだ。
思わずその姿に魅入ってしまったが、なるべく見ないようにしていると彼女は再度マントを身につけてくれた。
店に誘うが、急ぐらしい。
走り出した彼女の後を追ったが、また撒かれてしまった。
彼女は一体何者なのだろう。
数年前・・・ただの顔見知りだった頃、彼女が夜の街の外れで魔物を手なずけているのを見たことがある。
動物に似たその魔物は魔物と言って、体の大きさや瞳を変幻させる生き物で、鋭い爪と牙を持ち夜の闇を音もなく駆け抜ける危険な生き物だ。
彼女は魔物に何かを唱えると手を差し伸べ、恐れもせずに喉を撫でまわした。
自分より何倍も大きくなる魔物が怖くないのだろうか。
"シャーッ"と声を聞いた時にはたいていの命が刈り取られる魔物だ。
すぐそばの物陰で、剣に手をかけていた自分が想像するような惨劇は起こらなかった。
彼女は鞄から何かを取り出して与えていたようだ。
それからその魔物が時折夜の闇に姿を垣間見せることが多くなったような気がする。
その時に興味を持ったのが、初めて"ファリサ"を認識した瞬間だった。
それまで店で見かけても景色程度にしか思っておらず、会話に入らず一人静かに飲んでいたものだが、それからは彼女と少しづつ会話するようになっていった。
彼女が怯えないように性格を偽って話やすい人間を演じている。
知り合いには揶揄されるが、今ではタムと同じくらいにはファリサと会話をしている。
それにしても俺を撒くとは・・・。
普段は隙だらけで世間知らずにしか見えないのに、ファリサという女は不思議だ。
*
馴染みの店に戻ると店主が「どうなった?」と声をかけてきた。
「何か急ぎの用があるらしい。また駆けて行った。」
それだけ告げて自分の定位置に座る。
「ありがとよ。これは奢りだ。」
店主はいつもの酒を寄こしてくる。
「ファリサちゃんに『ゼットさんありがとうございます~。このご恩は一生忘れません。お嫁さんにしてください!』とか言われなかったのか?」
近くに座っていたタムがニヤニヤして酒をあおっている。
ファリサの声色と口調を真似た所がまた憎たらしい。
このじじいが!
「身請けは断られた。本人は売られてないと言い張っている。」
「ゼットの身請けを断ったのか?!」
店主は驚いていた。
「ファリサちゃんのことだから、遠慮したのか、それともゼットがあのゼットだと知らないんじゃないのか?」
タムはまだニヤニヤしている。
「・・・そういう話をしたことはないからな。わざわざ言うことでもない。」
今日はファリサもいないので素のままで話す。
「あの若造。あれから姿を見せてないそうだ。」
タムの言葉に「どんな奴だ?」と聞いておく。
「刃傷沙汰はおこすなよ?どこにでもいる普通の若造だった。少しくすんだ金髪の冒険者で・・・青い悍馬亭に仲間といて仕事の待ち合わせでここに来ていたみたいだな。」
タムはちらりとこちらを見ている。
大丈夫だ。証拠の残るようなぬるいやり方はしない。
「そういえば、ファリサちゃんが何か・・・たぶん軽鎧を預けて行った。そいつのじゃないか?」
店主が足元から白い布に包まれた包みを取り出す。
「ちょっと見せてくれ。」
布をほどくと何の変哲もない皮鎧だった。
・・・
一瞬壊してやろうかと思ったが、ファリサが預かって欲しいというなら取りに来るまでは猶予をやろう。
「おいおい。何笑ってんだよ・・・。」
自分の顔を見てタムが顔色を変えたが、その夜は鎧をつまみに酒をあおったのだった。
リサがかまった魔物は猫系でした。