彼の部屋
彼の部屋は下町にあった。
アオイさんの館のあるのはいわゆる貴族街と呼ばれる城に近い門よりは一般市民の住む方に近い。
そして街を守る最後の砦の外門のすぐ内側の下町部分にファンの部屋はあった。
王城のある首都は守りの結界が厚いらしい。
そのため首都を囲む壁の間近・・・外縁に沿った僅かな安全そうな部分にも人が住んでいる。
その人たちは自由民や流民であったり、部屋を持たない冒険者であったりとさまざまだ。
比較的安全と言われているが、壁の外側は絶対に安全とは言い切れない。
初めて首都を囲む高い壁のたもとに住む人々を見たときにくすんではいるが色とりどりのテントを見て「お祭りの屋台でも並んでるの?」と尋ねてファンの苦笑を誘ってしまった。
その壁がファンの部屋の窓(もちろんガラスのはまっていない木戸だ)からよく見える。
ここではガラスは高級品で、ガラス自体は存在するものの歪んでいたり少し色がついていたり厚さが一定ではない。
アオイさんの館には比較的普通のガラスを見たような気がするが、あれは超高級品のようだった。
「何もないだろ?」
眼下と言っても二階だが、建物の一階の壁から向かいの平屋の粗末な建物へと紐が張ってあり色とりどりの洗濯物が干してある。
子供が駆け回っているイメージがあった下町は、実際には小さな子供でも年齢に応じて仕事や家の手伝いをしていて思いのほか静かなものであった。
「ううん。すごく新鮮だよ?ファンてこんな所で暮らしてるんだ。」
「リサの国でいうところの"あぱーと"というやつだな。"壁"のせいで日当たりは悪いが眠りに帰るだけの部屋だから問題ない。」
ファンが"収納"から一人掛けの布張りソファを出してくれると、もうそれだけで部屋は狭くなる。
ソファを下ろすと板そのままの床がきしんだような気がして座ってもいいものか悩む。
「・・・これ、アオイさんの館で見た。」
「・・・貸出しの許可はとってある。」
ファンは自分のベッドらしき(何かの台にぺったんこの寝具と毛皮や厚地の布がかかっている)場所に靴を履いたまま腰掛ける。
「次に来る時には広い部屋を借りておく。"移動"のおかげで首都にこだわらなくても良くなったからドリューズでもいいし、もっと安全でのどかな場所でもいい。」
少し目の下にクマの残るファンは穏やかに笑った。
「もっと時間ができたらリサと一緒に家具や布を選ぼう。"収納"があるから"向こう"で揃えてもいい。」
「うれしいけど、無理はしないでね。」
いまだ疲れた様子のファンは「無謀なことだけはしない。」と笑った。
"移動"を覚える前はウマを駆って首都からドリューズに通っていたらしいファン。
今は冒険者ギルドでのランクを上げるためにアオイさんの指示で依頼をこなしているという。
アオイさんの研究の手伝いのためにはもう少し上位の冒険者になってほしいと頼まれたそうだ。
「・・・リサ。」
急にファンが真剣な面持ちで口を開いた。
「何?」
妙な緊張感が二人の間を走る。
ファンの言葉の続きを待っていると「・・・いや、なんでもない。」とファンは立ちあがった。
「は?何でもなくなさそうだけど・・・。」
慌ててファンの服の裾をつかむとファンは困ったように「あ、いや、今度にする。」と視線を彷徨わせた。
「何か大事な話だったんじゃ・・・?」
「・・・もう少し頭の中で纏まったら・・・絶対に話すから。それより、俺が不在の時にちょっかいをかけられてないか?」
ちょっかい?
するとファンは先ほどよりもっと真剣な面持ちで私を見下ろしている。
「ゼット=サガラに。」
「ああー、ゼットさんねぇ・・・。もちろん全部お断りしてるわよ?」
それで納得してくれるかと思いきや、ファンは渋面になった。
「ああ見えても高ランカーだから・・・いや、・・・いい。」
ますますファンの言いたいことがわからなくなった。
「・・・ファンが何を言いたいのかわからないんだけど。」
「リサが俺しか見ていないことはわかっている。」
私が首をかしげると「俺はあまり口がまわる方ではないから、もう少し待ってくれ。」と頭をワシワシと撫でられた。
誤魔化された感が半端ないが、今度言うというなら問い詰めても仕方ないだろう。
中途半端な物言いにモヤモヤは残るものの、ファンといられる時間は限られているのでここで嫌な雰囲気にはなりたくない。
「今日はリサをドリューズに送る前に、会わせたい人が何人かいる。」
ティルディグに来てファンの知り合いに会うのは初めてになる。
「えっ、あっ、服これしか持ってないけど!」
オアイさんの館に滞在する時は用意された簡易ドレスやマキシワンピースを着用しているが、今は帰宅を残すだけなので市場で着ていた庶民風の服(現在着用)しかない。
日本の服ならお土産と共にファンの"収納"に若干入っている。
「下町の連中に少し顔を見せるだけだ。ドリューズの"おやっさんの店"に一人で入り浸ってたリサなら大丈夫だから。」
変な太鼓判を押された私は、ここは怒るべき場面なのか喜ぶ場面なのか少し迷ったのでした。




