延長入りました~
家の方に必死で走って行くと、今度はマントがなびいてなんだか・・・という状態になりました。
重いのでそろそろ脱ごうか・・・と思っていると、前からこちらに来た時の格好(皮鎧なし)のファンが走ってきます。
「ファン!」
マントを靡かせファンに向かって走って行くと「その格好で出歩いてたのか!」とファンにもお小言をいただきました。
「この制服の何が悪いかわからないんだけど・・・。」
首をかしげると「足だ!」と言われました。
「足って?」
ファンがマントで体を隠すように包んでくれました。
「膝が丸見えじゃないか・・・。足首も出して・・・。」
まさかの"膝"がアウトでしたか?!足首はパンストをはいてるから仕方ないといえばそうだと思います。
いつもマキシ丈愛用だから気がつきませんでした。
「でも、こっちの人はこれが当たり前よ?」と言うと、「こっちはこっちだ。慎みのない格好をしていてもこちらの人間と割り切れるが、リサは別だ。その格好で向こうには行くな!」としかめっ面で叱られます。
「もう行っちゃいました。」
更に怒られる前に白状しておきました。
「それよりも、ファン、早く行こう!今日を逃したらまた一週間待たなきゃならないから!」
ファンの手を引いて今来た道を戻ります。
また"おやっさんの店"へ!
さっきは酔ってなくても行けたので『お酒』は条件ではないはずです。
"おやっさんの店"、"おやっさんの店"と頭の中で考えながらファンの手をとって歩きましたが、日をまたいでしまったせいか、また今回も辿りつくことはできませんでした。
*
「・・・ファン、ごめん。ギリギリまで待っててもらえば良かったね。」
「いや、いい。今は仕事も請け負ってないし、今度リサと一緒に行けばいいだけだ。」
少し歩きまわってから、二人で自宅に向かって戻りました。
「来週はできたら休みとるよ。今度こそきちんと帰すからね。」
ファンは「リサとの時間ができたから気にしなくてもいい。」と剣の包みを持っていない方の手で頭を撫でてくれました。
ファンが一人で行けないとすると条件その二(その一は金曜日)は"私"なのかもしれません。
どうして自分があちらに行けるのかわかりませんが、今はとにかく行って帰ってくることができるのが重要で理由はどうでもいいです。
玄関に入って電気をつけると、ファンが「鎧は?」と尋ねてきました。
「鎧・・・"おやっさんの店"に預けてきちゃった。あ、お金?返すね。」
玄関でマントを脱いでポケットから皮袋を出します。
ファンに渡そうとすると「それはリサにあげたものだから受け取って。」と固辞されました。
「気にしなくてもいいのに。」と言ってもファンは受け取りません。
じゃあ、今度向こうに行った時にファンのために使いましょう。
脱衣所で制服のベストを脱ごうとしていると「その服で"おやっさんの店"に行ったの?"」と目を細めたファンに質問されます。
「う・・・知らなくてゴメン。いっちゃいました。しかも"青いガンバッテ?"にも・・・。」
「で?」
で?って?
「"青いガンバッテ?"で」「青い"悍馬"。青毛で荒々しい馬のこと。」
ファンが言葉を言葉の上からかぶせます。
ガンバッテじゃないんだ・・・青毛って・・・青色じゃないよね?
それとも異世界だから青い馬がいるのかな?おお、ファンタスティック!
「で、その悍馬亭に入ったら、酒場みたいになってて酔っ払いに絡まれちゃって。」
「どういう風に?」
依然目を細めたままのファンに「・・・う。」と言葉に詰まります。
「客に逃げられたのか。酌をしろって。手を引っ張られて・・・。」
「で?」
腕を組んだまま先を促すファン。
「奥に連れ込まれそうになった時に、"おやっさんの店"の常連のゼットさんが追いかけてきてくれて助けてくれました。」
"奥に連れ込まれそう・・・"で視線が険しくなったファンですが、"助けて"でまたもとに戻りました、ほっ。
「ゼット・・・?」
「酒場ではなんか有名なのかな?皆ゼットだゼットだって言ってたから。年は私より上っぽい。ファンくらいの身長で、ちょっと細身の黒髪、グレーの目でいつも全身黒ずくめで明るくて面白い人。」
ファンとは違って東洋系に近い感じなので、ファンのように年齢を読み間違えなさそう・・・普段の話の様子からも年上のような気がします。
「・・・俺の知ってるゼットと似てるような気がするが、ちょっと違うようだな。別人か。」
ファンはそしてまた「それで?」と話を戻しました。
「え?もうないよ。そのままマントを貸してくれて"おやっさんの店"まで届けてくれたし。うーん・・・しいて言うなら、"どこの店に売られた?"とか、"売られたのなら買い戻してやる"とかこの服を見て何か勘違いしてたみたいだけどね。」
「ほう。」
「ねぇ、ファン。"水揚げ"って何?」
「へぇ・・・。それもゼットが言ったのか?」
私は何か地雷を踏んだでしょうか・・・。
ファンの声が若干冷気を孕んでいるような気がします。
「あのマントはゼットがくれたのか?」
あのマント・・・黒くて重いやつですね。
「次に会う時に返してくれればいいって。」
「ずいぶん豪気だな。飛竜の翼の被膜だぞ、あれは。」
「えっ、竜の皮なの?!スゴイ!」
竜の皮とやらは、後でじっくり拝見させていただきましょう。
マントになっちゃうんだ(笑)
「やっぱり俺の知ってるゼットか・・・?」
ファンが独り言を呟いています。
「ゼットさん、"おやっさんの店"の常連で5年くらい店で一緒だったから、馴染みのよしみで助けてくれたんだね♪」
ファンが一瞬呆れたようにこちらを見ましたが、すぐに表情を引き締めました。
何か変なこと言った?
「ねぇ、ファン。今まで家の中で膝のこと言われなかったけど、これってハシタナイの?隠した方がいい?」
ちょっと暑苦しくなりますが、膝下の服はたくさんあります。
「こちらではいい。向こうの外はダメだ。」
「よくわからないけど、向こうの人って純情なのね。ゼットさんも視線そらしたままだったし。」
またファンが苦々しい顔をしています。
私は向こうで露出狂的な行為をしてしまったのかも。
はしたないとか言ってたし、どれくらいまずいのかわかりません。
「膝下でだめって言ったら、水着なんて着たらどうなるのよ。」
「"みずぎ"?」
こういう時はたいてい"ファンの知らない言葉"の時が多いです。
「水に入って遊ぶ習慣はないのかな。海とか川とか湖で泳いだりしないの?その時に着る濡れてもいい衣装よ。」
「服なんて着て水に入ったら訓練してないと溺れるんじゃないのか?男なら外で水浴はするが服は脱ぐぞ?」
ファンは想像したのか首をかしげています。
「えっとね。それ専用の濡れても大丈夫な衣装があるのよ。ただ・・・見える場所は膝どころじゃなくて、場合によってはファンの言うところの"胸当て"(ブラ)と"下ばき"(ショーツ)くらいの布しかないの。」
「は?!本気か?そんな格好で外に出るのか?!」
本気で驚いているファンに私も驚きます。
「テレビで下着とか、水着の場面とかなかった?」
ファンは少し考えて「見たことがない・・・。」と言いました。
ファンが見ていたテレビはCSの格闘技とか、N*Kのドキュメンタリーとか、囲碁(向こうに似たゲームがあるらしい)とか、競馬(馬が走るのを見ている)とか偏りがあったから目に入ってなかったのかな・・・。
サッカーとか野球などの団体競技はイマイチわからなかったみたいです。
「ちょっと待ってて。」
自分の部屋に行って、クローゼットから水着を出して戻ってきました。
「これだけど。」
去年買ったオレンジ系のタンキニを手に持ってきて床にピラ~と広げます。
ファンは絶句しています。
街中でこれに似たような露出の人に会わなかったのかな。
ファンは水着と私を見比べて「リサはこれを着たで水で遊んだのか?」と苦々しい顔で尋ねました。
「着たよ。でも、こちらでは泳いだり遊んだりする時に着るものだから、恥ずかしいとかはないの。さすがに下着や裸で外にでると恥ずかしいよ。」
ここで上半身裸で暮らすような部族やヌーディストビーチなど説明するとややこしくなるので、それは黙っておきました。
ファンは3秒ほど黙って「・・・やっぱり心配だ。」と水着を見つめています。
「今週は時間があったらお互いの世界について教えっこしよう?ファンの魔法のことも興味があるし。」
帰還する機会を逃したファンには申し訳ないけど、一週間延長した分を有意義に過ごそうと心に決めたのでした。
・・・先週はちょっと生活が乱れてて話どころではなかったから・・・とは言えません。