金曜日はさよならの日
今まで金曜日は外したことがないので、きっと"おやっさんの店"に行けるはずです。
「一週間長かったようであっという間だったね。」
日本最後の日?となるファンのために昨夜は二人で外食しました。
・・・と言ってもがっつり焼き肉!でしたが。
ファンは箸の使い方をなんとかそれなりにできるようになりました。スゴイ!
スタミナをつけてこの週末を乗り切る予定です。
「リサ。やっぱり離れたくない。一緒に行こう。」
この前からベッドの中で何回も説得という名の・・・・ゴニョゴニョ・・・をされていますが、気持は行きたくても私も仕事もあるし・・・すべてを投げうってまでついていく勇気もないし・・・やっぱり急には行けません。
冷静に考えれば、いくらなんでもよその世界に来たとしても5日でプロポーズはないでしょうよ。
「ちゃんと会いに行くから。浮気しないで待っててね。」
まさか一週間でこんな展開になるとは思いませんでした。
離れるから却って盛り上がっているのかもしれません。
「リサも男を口説くなよ。そんなことをしたら相手に何をするかわからないからな。」
「口説いてないからー。そんなのファンだけだって。」
うう。若い男にどっぽりはまっている女。それが私です。
お陰様で肌がピカピカになりました!ってオイ。
「もし、今日すごく遅くなったらファンだけでも挑戦してみて。道はだいたい覚えてるでしょ?剣は布にくるんでね?」
「一人で行けなかった場合は戻ってくる。行けた場合はこの家の鍵を預かっておくから取りに来いよ。」
「・・・やっぱり・・・。」
「ああっ、もうだめだめ!これ以上はムリ!」
「一緒に行こう?」
ファンのこの空色の瞳もしばらく見れなくなるのか・・・。
「行きたいけど、すぐはだめだって。」
しばらくは遠距離?恋愛になるでしょう。
*
ファンの好きな食べ物。
一位、肉(種類問わず)でした。
魚は食べるけど、生で食べる習慣はないそうです。
野菜<魚<肉かな。まぁ若いから肉・肉なのはこちらでも変わらないか。
苦手なものは、たぶんエアコンのかかった室内。
ファンと一緒にくっつきたかったので寝る時もエアコンかけてました。
家に帰ってくるとどんなに暑くても必ずエアコンは切られています。
今日は金曜日でそれなりに混んだけど、定時も近づいて早く終われそうな予感です。
早く終わればファンとの時間もできるし、今日もまたお肉かな。
余裕もあるし、今のうちにトイレでも行ってこようっと。
そして席を外して戻ってくると、またもや面倒臭そうな数字が発表されたのでありました。
月曜日に始まり金曜日もまたか・・・!
今日は絶対早く(20時には)帰ってやるんだー!!
*
・・・早く帰れませんでした。
途中でこっそりファンに電話して22時(時計の文字盤に目印のシールを貼っておきました)を超すようなら先に出てみてとお願いしました。
お肉(今日は鶏の予定だった)を食べさせてあげられなくてごめんね。
なんとか原因が見つかって、各々が後処理をして、職場から制服のままタクシーに飛び乗って家に帰りましたが、すでに22時はとっくにすぎててファンは家を出た後・・・。
玄関には大きな包み(たぶん鎧?)と、置手紙(そっちの文字は読めないから!)と、お金らしきもの(音がそんな感じ)が入った小さな皮袋が残されてました。
どうせ手紙には預かってて欲しいとか書かれているのでしょう。
手紙と皮袋を制服のポケットにねじこみ、包みを両手で持って(重い!!)そのまま家を出てファンの後を追いかけました。
本当に必死になると火事場の馬鹿力ってあるんですね・・・。
重い包みを持って、必死で走りました!
どこをどう走ったのか覚えていませんが、気がつけば"おやっさんの店"の前まで来ていました。
道行く人が私を見てギョッとしています。
そりゃそうですよね・・・大きな荷物を持って汗だくで必死にゼイゼイ夜道を走ってくる女って怖いかも。
「おやっさーん!!」
入口をバーン!と開けると、店内にいた人たちが一斉にこちらを向きました。
「な、なんだファリサちゃんか。一瞬何かの出入りかと思ったよ。」
おやっさんの目の前のカウンターに鎧をドンと置いて「ファン来ませんでしたか?」と呼吸も荒く尋ねます。
「ファン?・・・ああ、この前のぼうずか?来てないよ。」
来てない・・・直接宿に帰ったのかも!
「えっと・・・じゃあ、青いガンバッテ?って宿はどこですか?!」
「青いガンバッテ?『青い悍馬亭』ならここを出て右をまっすぐ行ったら馬の看板がある・・・」
そこまで聞いて「おやっさん、それ預かってて下さい!」と踵を返して店を飛び出しました。
後ろで「お、おい、ファリサちゃん!」と声が聞こえましたが、まずはファンです!
右をまっすぐ・・・!
しばらく道を走ると目立つ馬の看板の建物がありました。
建物や馬の色は青くないですがこれが『青いガンバッテ』なのでしょう。
建物に飛び込むと、そこは酒場のような場所でした。
あれ?ここ宿屋じゃなかったっけ?
奥にカウンターがあるので「すみません!ここに泊っていたファンて人帰ってきてますか?」と尋ねました。
カウンターにいた身なりはきれいそうですが、顔つきが凶悪なおじさん(顔で判断しちゃダメ!)は「ファン?誰だそれ?」と胡乱な眼つきでこちらを見ています。
「えっとー、先週宿に帰ってこなくてお連れさんが騒ぎになった人とかいませんか?」
「知らねぇなぁ。ねーちゃん客引きならよそでやってくれないか?うちはまっとうな宿屋なんだよ。」
は?
何言ってんの、この人?
「あの・・・私が聞きたいのは!」
店内でピュイーと指笛のようなものが聞こえました。
「おやじ、いいじゃねぇか。ねーちゃん、こっち空いてるぜ!」
「いやいや、こっち来いよ。」
あちこちから下卑た声が飛び交いました。
え?何が起こってるの?
私がおろおろしていると、近くにいた男の人(やっぱりファンと同じような服を着てました)が立ち上がって腕をつかみました。
「酌でもしてくれや。」
あきらかに酔ってるようです。
「いえっ、私は人を探して。」
やんわり押し返そうとすると、すごい力で引きずられそうになります。
「おおかた客に逃げられたんだろ?」
客って?
「ちょっと、何するんですか!はなして!」
今度はふんばりも効かず酔っ払いに奥の方に向かって引きずられていきます。
テーブルもなさそうだし、酌だけでは済まない気配がヒシヒシとしました。
「離してってば!」
店の誰も知らんぷりです。
「待て、その女を離せ。」
入口で"おやっさんの店"の常連のゼットさんが仁王立ちしています。
大声をあげた訳でもないのに妙に店内に声が響き渡りました。
「ゼットさん!」
一瞬店内がザワッとしてから今までの喧騒が嘘のように静かになります。
ゼットさんが近づいてくると、まわりからゼットだ・・・ゼットだ・・・とヒソヒソ声が聞こえました。
「ファリサ、こっちに来い。」
なぜか命令形でそう言われて、呆然としている男の人から離れてゼットさんの所まで行きました。
なんだかわからないけど、いつものおちゃらけた感じとは違います。
たぶん助けてくれてるんですよね?
「ゼットさん。」
ゼットさんの前まで来ると、黒くて重いマントのようなものをかけられ、何故か肩を抱かれて"青いガンバッテ?"を後にしました。
「どうしてそんな格好をしている?」
肩を抱かれたまま、来た道を一緒に戻ります。
「どうしてって・・・。お店の服ですけど。」
いつもは着替えてから飲みにでてますが、今日は余裕がなかったのでそのまま来ただけですが、何か悪かったでしょうか。
さすがに制服で飲みになんて行けませんから。
ゼットさんは深ーい溜息をついて「いつかやらかすと思ってた。」と独り言を呟きました。
ピタッと止まるとこちらを向いて「で、どこの店に売られた?買い戻してやるから教えてくれ。」と真剣な顔で訊ねてきました。
「ゼットさんて真剣な顔もできるんですね。」
・・・空気を読まなかった私が悪うございました。
痛ったーいゲンコツをいただいて反省です。
「ごめんなさい。どこにも売られてないですから大丈夫です。」
「遠慮しなくてもいい。一人くらい水揚げできる蓄えは余裕である。」
何か話は変な方向に逸れてるような気がします。
「遠慮も何も本当に変な店には売られてませんから。きちんと仕事してお給料もらって暮らしてますよ。」
にっこり笑ってから、まだ何か言いたげなゼットさんを置いて"おやっさんの店"の方に歩きはじめました。
色かデザインかわかりませんが、制服の"何か"がここでは隠されるほど都合悪いのですね?
「ゼットさん、助けてくださってありがとうございます。マントありがとうございました。」
"おやっさんの店"の前でマントを取り払ってゼットさんに渡そうとしました。
「お、おい待て。そのまま貸してやるから次会う時に返してくれ。」
ゼットさんは私の姿を一瞬見てから、バッと視線を逸らしてこちらを向きません。
一体何がダメなのかよくわかりませんが、「じゃあ、お借りします。すぐには来れないですけどいいですか?」と借りることにしました。
「今日は店に入っていかないのか?」
ゼットさんに誘われましたが「ごめんなさい、ちょっと急ぐので。」と頭を下げて自分の家と思う方向に進みます。
見覚えのある道・・・いつもこっちから来てたような気がしますので、こっちでいいでしょう。
先にこちらについていればいいですが、行き違いになったのなら大変とファンを探しに来た道を走り出しました。