門外不出
夜になって、アオイさんと私は同室で寝ることになりました。
久しぶりに会えたファンと一緒の部屋とは言い出せるわけもなく、自分の家に戻るまでの我慢です。(←何が?と聞かないで下さい)
ファンとゼットさんにはそれぞれ個室が当たりました。
慣れない者同士同室だと疲れますからねぇ。
「あなた達を送ったら、私はゼットを連れて色々まわってくるわ。」
部屋にうっすらと月のように光る"ライト"が漂っている中、アオイさんが目を閉じたままそう言いました。
帰りも飛行機だとファンが空港で喜ぶかもしれないと思いましたが、人間楽な方に流されやすいですから"移動"で帰宅予定です。
「・・・アオイさん。娘さんのことですが・・・。」
「シオンが何か?」
アオイさんの身じろぎの音が聞こえます。
「アオイさんがタイムスリップのようなことができるなら、一年前に戻って様子を見て来たらどうでしょう・・・。」
少し間があって、アオイさんはため息をつきました。
「・・・それはできないのよ。私も"時間移動"についてきちんと教わった訳じゃないから。」
「え、でも。」
起きあがって横を見てみると、アオイさんは依然として目を閉じたままです。
「時間移動はその世界を改変する可能性があって危険だからって詳しく教えてもらえなかったの。教えてくれた人にとって"私たちにとっての未知の技術"を持ち込みたくなかったんでしょうね。一度だけ自分たちの召喚のエネルギーを逆の方向性にして世界に戻ること、向こうから自分の世界に渡った時限定で時間を遡る少しの部分しか教わってないのよ。」
アオイさんの言っていることはよくわかりません。
「例えば、魔法で人に攻撃するという場合に何を使えばいいと思う?」
「ひっ、人ですか?」
急に何を言い出すんでしょう。
「自分に命の危険があって相手を殺すしかない想定だとして、あなたならどうする?」
私はしばらく考えて「雷とか火で攻撃・・・?」と恐る恐る口にした。
「まぁ雷なら一撃でしょうね。」
アオイさんは淡々と続きを口にする。
「でも、そんな派手なことをしなくても人間なんて簡単に殺せるのよ。」
固唾をのんでアオイさんを見つめていると、アオイさんがゆっくり目を開きこちらを向きました。
「呼吸困難・窒息させる、脊髄を損傷させる、心臓・脳の一部を破壊する。最小限の力で最大ダメージを与えるなら魔法でも可能だと思わない?」
「・・・・」
「ティルディグの人には思いつかない方法でしょうね。でも私たちなら理解できる。いつか誰かが考えつくかもしれないけど、危険な・・・かなりの確率で悪用されるかもしれない事をわざわざ教えたいと思わないでしょう?レージ・・・いえ、夫がそう言ってたわ。」
アオイさんが闇のような目でじっとこちらを探るように見ているのを感じて冷や汗が流れました。
「私も時代に合わない過剰な知識を教えたくなかった彼の気持ちがわかる。だから、ティルディグには持ち込みたくないものが沢山あるの。"時間移動"や光の屈折を利用した"姿消し"も誰にも教えないつもりだし、私が死んだら"収納"の中の物ととともに墓場に持っていくわ。・・・地球のことも関わる人間は最小限にしておきたいと思って今回無理矢理決行したのよ。ファン君とゼット以外でわざわざこちらに人を連れて行くつもりはないわ。私が館から脱走した日にティルディグに戻ったら、もうこちらには来ないつもりよ。」
*
次の日から私が自分の家に戻るまで、私は魔力を体の内部に行き渡らせる練習をし、いよいよ一人でできる段階にまでなりました。
アオイさんの教えてくれるコツは同じ日本人だけあってわかりやすいです。
・・・ファンは、もっと先に進みました。
生活魔法に毛の生えた程度の魔法しか使えないと言っていた彼は、乾いた砂が水を吸い込むようにたった数日で"空間魔法"である"移動"と"収納"(アオイさんによると"状態保存"はある意味時間の魔法なので"収納"は時空魔法のくくりになると言っていました)までマスターしていました。
これにはアオイさんも習得のスピードに驚いていました。
アオイさんは"移動"に3ヶ月、"収納"には半年かかったそうです。
ゼットさんは祖父の零児さんから日本と同等の教育を受けていたそうで、習得は早かったものの、それでも両方とも一ヶ月ほど要したと聞きました。
そしてファンは毎日午後からゼットさんと剣(アオイさんの"収納"から一本いただいた)を交え、魔法も使って模擬戦闘のようなことをしていました。
ゼットさんもなんだかんだ言っても面倒見がいいのでしょう・・・。
家に戻ってくる頃には二人とも汗だくで疲れのせいか言葉も少なくなっています。
けっこう派手な音がしていましたが、道路はあるものの人家のない山の中(もともと人家が少ない)で、念を入れてアオイさんが広範囲に結界を作って音が漏れない・人が入れないようにしてあるそうです。
私は危ないのでもっぱらアオイさんと一緒に安全な結界のある家の中で魔法の練習、そしてティルディグの言葉も習っています。
ティルディグの文法は英語と同じと言われ、なんとかなるような気がしました。
問題は話言葉は自動翻訳(異世界移動特典?)されてしまうため、文字と単語は記憶力勝負と言うことです。
幸い男性名詞や女性名詞・中性のものもないためひとつ覚えればなんとか・・・と言いたいですが、その数は膨大なものです。
"収納"から約50年前にしたためたと言うアオイさん手作りの辞書を出してもらい、それを借りて勉強しています。
大事な物だと思うので、私は書き写しながら使用です。
辞書の素材の最初の方は何かの皮でした。
一番初めは地面や木の板に書いていたそうで、粘土板(携帯できる上、書き直して繰り返し練習ができる)を経て皮から自作の紙になったそうです。
アオイさんの歴史を感じる一冊でした。
あるとき一生懸命自分の名前を書いていたらファンが複雑そうな面持ちで見つめていたので、まだまだ要練習のようです。
だったらとファンに『日本語で"ファンリエッテ"と書いてみて』とカタカナでノートに見本を書いたら、初めてとは思えぬきれいな文字で書いてくれました。
漢字を美文字で書くゼットさんに続いてファンにも負けた・・・
せめて"ひらがな"にすれば良かった?
アオイさんは苦笑しつつ「上位の冒険者である"彼ら"は些細な形を見分けたりする能力も高く記憶力もいいし、手の動きや力の入れ方もちょっと見ただけでコピーできるから気にしないほうがいいわよ。」と慰められました。
私にはムリだから、それ・・・。




