お館さまと私
「お館様。お言いつけどおりにいたしました。」
薄く白いベールで顔の半ばまで覆われた女性が、その言葉に紅を刷かれた唇で弧を描く。
紺色のお仕着せを着た女性は、直立して次の言葉を待つ。
「それでは、サリエルに気づかれないうちに彼女と面会させていただくわ。」
「仰せのままに。」
ベールをかぶった女性の頭二つ分ほど背の高いお仕着せを着た女性は、機敏な動作で一礼をすると部屋から辞した。
紺色のお仕着せを着た女性が部屋からいなくなると、別の部屋で控えていた若草色のお仕着せを来た女性が二人入ってくる。
「サリエルはまだ私に報告を上げてこないのかしら。」
若草色のお仕着せを着た二人に声をかけると、そのうちの一人が「その気配はございません。人を使って現在も女性の正体を探っているようです。」と頭を下げたまま報告した。
もう一人が「サリエル様は安全が確認されるまで、お館様には事を伏せておくよう申しつけられたそうです。」と報告するとベールの女性はクスッと笑う。
「この館に連れて来ておいて秘密も何もないのにね。しかも護衛騎士を7人も動かしておいて隠し通せると思っているのかしら。」
「左様でございます。」
若草色のお仕着せを着た二人が同調する。
「先触れは不要。参ります。」
音もなくベールの女性が歩き出すと、若草色のお仕着せの二人も後につき従った。
*
コンコン。
部屋でぼんやりと外を眺めていると、ノックの音に侍女さんの一人が応対しているので私もそちらに視線を向けていた。
私にはおなじみとなった紺色のドレス軍団の一人・・・栗色の髪で少しグリーンぽい瞳の声がアニメ声の彼女がドアを引く。
ドアからはここで初めて見る人が入ってきた。
まず背が低い。
私より10センチは低い小柄な人だ。
深い緑色一色のドレスに身を包み、頭に白いベールをかぶっている。
口元の赤い口紅が印象的だった。
異世界の人が皆大柄なのかと思っていたら、その背の低い人と若草色の服を着た侍女さんたちは紺色のドレス軍団の人よりも小さかった。
思わず座っていた椅子から立ち上がると、「いいのよ楽にしていて?」と小柄な女性がクスリと笑った。
アニメ声の紺色ドレスの侍女さんが私に向かって「このお方は・・・」と言いかけると、小柄な女性が手で制して「私はアオイ=サガラ、この館の女主人でございます。」と頭を下げた。
「私はファリサ=カーラと申します。」と訳もわからず挨拶を返すと、小柄な女性は「おかけになって。」と椅子を勧めてくれました。
小柄な女性も椅子にかけると、若草色のドレスの侍女さんがお茶の乗ったワゴンを押してきてどうやらお茶会?の始まりのようです。
本当にどうしてこうなったのか訳がわからずにいると、アオイ=サガラと名乗った小柄な女性が自分のベールをスルッと取り去りました。
ベールを脱ぐと真っ白な長い髪を結い上げ、茶色の瞳をした40~50代くらいの女性が姿をあらわします。
「「お館さまっ。」」
女性の後ろの紺色のドレスの女性達がなぜか動揺していましたが、小柄な女性は気にせずにベールを若草色のドレスの侍女さんに渡しています。
「アリサさんですよね?前に電話で話しましたゼットの祖母です。」
小柄な女性がそう告げると、頭の中で『ゼットの祖母のアオイと申します。』と電話の先で言った"上品そうな女性の声"と目の前の女性の声が結びついた。
「えっ、あっ、あー!」
立ち上がって思わず女性を指差しそうになり、「あっ、すみません。」と椅子に腰を下ろして頭を下げる。
ゼットさんのおばあさん・・・40~50歳くらいにしか見えないけど、異世界人の年齢は読みにくいということ?
「でもどうして?あの男の人は?えっと、あの、すみません、何か混乱してしまって。」
質問したいことや色々な疑問が入り混じってなかなか自分の言いたいことを伝えられません。
目の前のゼットさんのおばあさんを名乗る女性は「いいのよ。私こそ、あなたに色々説明しないとけないから。」と鷹揚に微笑みました。
*
「まず、あなたをここへ連れて来たのはサリエルという者です。私がゼットから『電話』を受け取る者を確認して、できれば接触するように申しつけていました。」
ゼットさんのおばあさん・・・アオイさんは、"電話"が気に入ったと言っていたので、私と交渉して電話を手に入れるつもりだったのでしょうか・・・。
私が街の入り口でゼットさんから電話を受け取ったのをどこかで見ていたのかな?
アオイさんがこちらをじっと見ているので、そこまでの話を理解したという印でコクンと頷きました。
「いきなりここへ連れて来いとは命じておりませんでしたが、なぜか血まみれのあなたをここへ連れて来たので何か不測の事態が起こったのでしょう。」
「ゼットさんと別れた後に、私が攫われちゃったみたいで・・・サリエル?さんは・・・私を助けてくれたのかもしれません。」
なるべくあの部屋の様子を思い浮かべないようにしてアオイさんにそう伝えました。
アオイさんは侍女さんの淹れてくれた紅茶を口にしています。
「たまたまだけど、ゼットの後をつけさせて良かったわ。あなたがお土産を持たせてくれなかったら、あなたの存在にも気がつかなかったかも・・・。」
「いえ、こちらこそ助けていただいたようで、ありがとうございます。」
あのサリエルさん?にも感謝しないと。
「そのお茶は紅茶と同じ味がするように作ってあるから、紅茶が嫌いでなければ口に合うはずよ。」
アオイさんがお茶を勧めてくれたので、お茶を口に運びます。
ティーカップの中には何かの花の絵が描かれています。
「紅茶ですね。美味しいです。」
自分でそう口にして何か違和感が・・・。
アオイさんはニコニコと笑顔でうれしそうです。
「お茶と言っても、それはそのカップに描かれている花の花びらを乾燥させたものなの。色といい味といい・・・なかなか苦労して作ったのよ。」
作ったのよ・・・?
「主人やこちらの人には受けが悪くて、味がわかってくれる人がいて良かったわ。」
こちらの人・・・。
「数十年ぶりだから記憶違いがあるかもしれないけど、"お約束"は堪能していただけたかしら?」
アオイさんは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべています。
「お約束って・・・!あーっ!」
ガタンと椅子を倒して立ち上がると、紺色のドレスの二人がアオイさんの横に駆け寄ろうとします。
「大事ないから、下がりなさい。」
アオイさんが威厳のある声でそう告げると、紺色のドレスの二人はピタッと動きを止めて言葉に従いました。
若草色のドレスの侍女さんもこちらとアオイさんを心配そうに見つめています。
アオイさんはその様子を気にも止めずに立ち上がり、私の方に手を差し伸べました。
「ようこそ、ティルディグへ。川原亜莉紗さん。あなたは、私の知る限りで・・・ここで出会った2人目の日本人です。」




