海にでも流しちまえ!
*おやっさん視点登場です
「おい、ぼうず。そろそろ店じまいしたいんだが・・・。」
カウンターの上に突っ伏す、くすんだ金色の頭の持ち主に店主は声をかけた。
「おい、タム。お前が拾ってきたんだから最後まで面倒みろよ。」
常連・・・というか、かつて長く一緒に旅をしていた仲間の男に声をかける。
タムと呼ばれた男は、日に焼けた褐色の肌に皺が刻まれ、元は黒かった髭も灰色というか白にかわっている。
若かった頃、彼の鋭い眼は絶えず何かを刺し貫くような視線を放っていたが、今では好々爺然としていてかつての彼を知る自分でも『信じられないくらい丸くなった』と思う。
昔はその手には血まみれの"斧"が握られていたが、この町に来てからそれは"槌"に変わった。
いや、酒の入った杯の方が多いかもしれない。
足を悪くして冒険者を引退し、この町に落ち着いて鍛冶屋に弟子入りし嫁ももらい、今では店を構えて彼の息子を筆頭に弟子もそれなりにいる。
そういう自分も、この町の雑然とした空気を気に入って居ついてしまったクチだ。
前の店主から店を引き継いで生活には困らない程度の暮らしはできている。
妻を娶ることはなかったが、かつては愛した女もいた。
その女と結ばれることはなかったが、それなりに充実した生活だったと思う。
・・・今までそんなことを考えたことはなかったが、このぼうずを見ているとなぜかあの女のことを思い出した。
「ぼうず。ファリサちゃんには怪我はなかったんだろう?だったら気に病むな。ちょっとした事故だったんだよ。」
タムが"命知らず"と二つ名のついたぼうずの背中をバンバンと叩く。
もう店はカンバンの時間をとっくに過ぎて、外は閉めてある。
後はこのぼうずとタムがいなくなれば店じまいだ。
「・・・もうそろそろ朝じゃねぇか。」
辟易として金色の頭を見つめる。
「いつまでもウジウジしてんじゃねぇよ。とっととその辛気臭え顔洗って目を覚ましやがれ。」
「・・・リサ。」
カウンターから何度目になるかわからない地を這うような若い男の声がする。
「ファリサちゃんなら大丈夫だって。ゼットならファリサちゃんに危害は加えないから。」
タムがこの店にぼうずを連れて来た時、野次馬も散ってファリサちゃんとゼットはどこかに消え、一人呆然としたぼうずだけが抜き身の剣を持ったまま路上に佇んでいたそうだ。
そのまま放置しても良かったが、あのままでは身ぐるみをはがれそうな感じだったというのがタムの談だ。
冒険者をやめてから、この男は格段におせっかい度が上がった。
昔はそんな男ではなかったはずだ・・・。
凍ったような冷たい目で「甘い」と吐き捨てるように自分は言われたものだが・・・。
嫁をもらって地に足をつけた生活のせいか、この町に根をおろしたせいなのかはわからない。
人間というものはここまで変われるのか、という生きたいい見本である。
「・・・二人で消えたのも問題だ・・・。」
ぼうずがやっと顔をあげたかと思うと、据わった目でこちらを睨んできた。
「まぁまぁ。」
こういう手合いには何を言っても無駄だと経験上知っているから刺激をしないようにする。
「・・・リサ。」
ぼうずがまたカウンターに突っ伏す。
「タム。いい加減にカウンターに茸でも生えそうだ。この辛気臭いのどっか放り出してこいや。」
「若いっていいことだな。」
・・・話が通じていない。
タムはどこ吹く風で、また杯を口にする。
「俺はいい加減店じまいしたいんだが、お前たちはもうここに泊ってもいいから寝かせてくれよ。」
「おっ、じゃあ飲み放題か?!」
途端にタムは目を輝かせる。
「ファリサちゃんにもらった酒でも飲んどけ!うちのは商売物だ!」
コイツを飲み放題にした日には店が潰れる。
「勿体ないから祝いの日までとっておく。」
「うちのは商売物だって言ってんだろうが。」
カウンターの上に置いた杯をとりあげるように奪う。
タムは抗議するような目で呟いた。
「・・・お前もわかってんだろ。アレはまずいんじゃないか。」
タムから奪った杯の中身を口に一気に流し込む。
「だから飲んじまえって言ってんだよ。」
「問題は中身の酒じゃなくて、その容器だろうが。」
タムは自分の方に杯を寄こせとクイッと手で合図した。
「あんなもん見たことねぇ・・・。しかも、二つともぴったり同じ形だ。あれは水晶か?ファリサちゃんは当たり前のように扱っていたが、あんなものを作れるような国はこの辺にゃあねぇ。よしんば作れるとしてもあそこまで精巧に同じものとなると、王族に献上するような品しか考えられねぇな。」
「ファリサちゃんの"世間知らず"にも困ったもんだな。たぶん、アレもファリサちゃんの中では大した価値がないんだろうよ。」
タムに木の杯を渡して、木の樽から素焼きの壺に酒を移し、そこから酒をついでやる。
ついでに自分にも注いでおく。
「・・・どうしたもんかね。」
タムは「まぁ、アレの中身を飲んでから考えようや。」とニヤリと笑った。
自分もため息をひとつついて「アレを売ればかなりの金にはなるだろうが、出所を追及されるだろうなぁ。」と面倒事を想像して身震いをした。
「いい方法がある。」
タムが自信ありげに杯を掲げた。
一緒に旅をしていた頃からの長年の習慣で、ついタムに自分の杯を軽くぶつける。
「埋めちまうか、海にでも流しちまえばいいんだよ。ついでにこの辛気臭えのも一緒にな。」
おい、結局世話をするのが面倒臭くなったんじゃねぇのか?!
まだ若い冒険者のくすんだ金色の頭をみつめつつ、ため息しかつけない自分はマトモな人間だと再確認した。
おっさん二人の話ですみません。