二度目のお持ち帰り
殺られた・・・!
目の前の真っ黒な視界、息の詰まるほどの衝撃に、絶対ファンの剣を受けたのだと確信しました。
ごめん・・・ファン。
私が野次馬みたいに見に行ったから・・・。
だんだん意識が遠のいていって
ああ、私
死ぬんだ。
この人生に悔いはあるけれど・・・ファンに会えて良かったよ・・・。
「・・・リサ!」
遠くで自分を呼ぶ声と、がくがくと自分を揺さぶる感覚で体に意識が戻ってきました。
「ファリサ!」
ふぁりさ?
ファンの声じゃなくて・・・。
「ファリサ!大丈夫か?」
ゼットさん?!
目を開けると、そこには黒髪に灰色の目をした少し東洋系の混じった整った顔だちの・・・ゼットさんが心配そうにこちらを見つめています。
ゼットさんてよく見るとハーフっぽい顔立ちしてる・・・。
全然関係ないことを考えてしまいます。
「あ・・・あんまりシェイクしないで下さい。吐くかも。」
さっきお酒を飲んでいたので、ガクガク揺さぶられた吐き気がこみあがってきています。
「・・・ゼットさんが助けてくれたの?」
なんで私アスファルトの上で寝てるんだろう。
「助けたというか・・・。頭や体が痛いところはないか?」
痛いところ・・・?
「腕・・・擦った。」
アスファルトの上に倒れた時にでもこすれたのでしょう。
ピリピリと痛みを発してるし、擦り傷にじんわりと血がにじんでいます。
ゼットさんは腕をとると「"洗浄"」と傷を水で流した後に「"癒し"」をかけてくれました。
「ありがとうございます。」
頭を下げると、ゼットさんは私の手を引いて立たせてくれます。
スカートの汚れをパンパンと払って「いやー。てっきり死んだかと早合点しちゃいましたよ。」と笑うと、ゼットさんは顔を顰めています。
「本当に死ぬところだった。」と怖い顔で言われてしまいました。
「すみません。」
飛び出したのは私のせいではないと思うものの謝っておきます。
「家まで送る。」
ゼットさんに肩を抱かれてハッとしました。
あたりをキョロキョロ見渡して、ここが幸町であることを確認します。
どうしよう・・・。
「ゼットさん・・・。今、何か仕事をうけてますか?」
ゼットさんを見上げると「いや、終わってギルドに報告を済ませたばかりだが。」と答えが返ってきました。
少し考えて「ゼットさん、うちに来て下さい。お話があります。」と切り出すと「こんな時間に?」と小声になるゼットさん。
こんな時間だからこそ、来ていただかないといけないのです。
もう土曜日になってますから!
「あの。落ち着いて聞いて欲しいのですけど・・・。」
今言うべきか、言わないべきか!
「うちに泊って下さい・・・。」
一瞬虚を突かれたような表情をしてから、ゼットさんは「ファリサがいいなら。」とこちらを見つめています。
えっと・・・なんか熱い視線を感じます。
あっ、間違った!
「あっ、いえっ。そのっ。」
思わず赤くなってどもってしまいました。
そういうお誘いじゃなくてっ。
「あのっ。おち、落ち着いて。」
「落ち着くのはファリサだ。」
ゼットさんはクスクス笑っています。
「あのっ、私じゃなくて、周りをよく見て下さいっ。」
夜の住宅街なのであまり大声は出せませんが、ここは家の近くの公園だと思います。
「野次馬なんて気にしないけど?」と言いながら、視線を他に移してゼットさんは一瞬凍りついた。
塀に囲まれた家、アパート、公園・・・酔っ払っていなければ絶対ドリューズではないとわかるでしょう。
「ここは・・・?」
ゼットさんの呟きに「ここはドリューズではないところです。家で説明しますので一緒にいらしてください。」と抱かれた肩から抜け出して、家へと歩を進めたのでした。
*
私の持っていた荷物はゼットさんが持ってくれました。
ゼットさんは、私について家に入ってきます。
「ゼットさん。ここにかけて下さい。」
とりあえずソファを勧めます。
ゼットさんはずっと私から視線を離しません。
「あの、私。本名をカワハラ アリサと言います。ティルディグではファリサ=カーラと呼ばれています。」と話を切り出した。
ゼットさんは私が話す異世界のことを真摯に聞いていてくれる。
ここが異世界であるらしいこと、こちらの人間は魔法を使えないこと、少なくとも一週間しないと戻れないことををなんとか説明する。
「私もどうしてティルディグに行けるのか説明がつかないのですが、ゼットさんを連れてきてしまった以上は責任を持って向こうに帰れるようにします。」と約束をした。
「こちらではファリサだとまずいので、本名の"アリサ"か"リサ"で呼んでいただけませんか?」
「タムやおやっさんが"ファリサ"と言うからそうなのかと思ってた。じゃあ"アリサ"と呼んでもいいか?」
・・・ゼットさんにアリサで、ちゃんと通じるのはなぜ?
あんなに一生懸命『ファリサじゃなくってアリサ!』と言い張った、あの時の私は何だったのでしょう。
ま、通じたからいいか。
「じゃあ、一週間よろしくお願いします。」
正座してゼットさんに頭を下げると、ゼットさんもつられて頭を下げたのでどちらともなく笑ってしまいました。
*
ゼットさんはファンに比べて細身(と言っても筋肉はあると思います)なので、兄の暗黒時代の服よりも前の時代の服を探してパジャマなど掘り当てました。
・・・絶対足がつんつるてんだと思う。
「兄の古着で申し訳ないのですが、よろしかったら使って下さい。」
兄の使っていた空き部屋に布団を敷いてゼットさんに使ってもらいます。
「良かったら、お風呂に入りますか?水浴じゃなくてすぐお湯も出ますよ。」
「ありがとう。仕事を終えてそのままドリューズに行ったから汚れが気になってた。」
首都に行ったことのある人は多少なりとはお風呂の経験があるとファンは言っていた。
地方に行くと水浴や拭く程度の場合もあるそうだ。
・・・魔法でお湯をわかせば簡単なのでは?と思うけど。
「これが石鹸を溶かしたもので、こちらが頭を洗うものです。お湯はここをひねると出てきます。」
「・・・風呂は似たようなしくみなんだな。」
ティルディグでトイレの経験はあるけどお風呂までないのでそこまで知りませんでした。
「たぶん、トイレも同じですよ。」
そして先にトイレも案内しておきます。
ゼットさんは「へぇ・・・。」と色々見ています。
きちんと掃除してあって良かった。
そして洗面台を触ってみて納得してみたり・・・行動がここに来た翌日のファンと同じです。
「こんな時間になって申し訳ないんだが、アリサのお兄さんに挨拶しておきたいんだけど、今日は不在か?」
ゼットさんが思い出したように言ったので「兄は一緒に住んでませんよ。所帯を持ってよそで暮らしてます。」と何げなく答える。
「そうか。じゃあ、風呂を借りてから寝る。アリサは先に休んでくれ。」と言ったので、「おやすみなさい。」と自分の部屋に戻った。
明日(すでに今日)起きたら、またファンにしたみたいに一から説明しなきゃ。
あくびをしながら自分の部屋に戻って、ファンがいないから今日は冷房なしでパジャマがわりのタンクトップに着替えてから眠りにつく。
あーあ・・・。ゼットさんまで連れ帰っちゃった。
ゼットさんが仕事中じゃなかったから良かったけど、今度から気をつけないと誰かれかまわずこっちに連れてきたら大変なことになっちゃうよ・・・。
今日は一人で帰ってくるはずだったのに。
これからのことを考えようとしても、まだ酔いがさめないのか眠たいのかだんだんぼんやりとしてきた。
ふわぁ・・・。
もう寝よ。
私はそのまま眠りにひきこまれて夢の国の住人になったのでした。