マントのお礼を考える
休みが明けて、また仕事が始まりました。
「亜莉紗。これ連休のお土産。」
「連休どこか行ったの?」
ロッカールームで着替えながらユッカに尋ねました。
「ほらあ、前に言ってたじゃん。学生時代の友達とイケメン人力車に乗ってくるって!ついでにネズミの国も。」
普通はネズミの国がメインでは?
「ありがとう。」
私もファンタジーの国に行ったけど、お土産を買うどころじゃなかったからなぁ・・・。
買うどころかマントを借りてきちゃったし。
そうだ。ゼットさんにもお礼をしなきゃ。
朝礼後、開店前に金曜日に休みたいと次長に申し出て、渋い反応をいただきましたが無事有給をゲットしました。
「どこ行ってくるの?先週の金曜日に休みつけて4連休にすれば良かったのに。」
小声のユッカに脇を肘でつつかれます。
「・・・彼の見送り。国に帰るのよ。」
「えっ!日本からいなくなるの?」
「しっ!」
あ・・・しっかり周りに聞こえてます。
「後でね。」
私語をやめて、ため息とともに伝票の入力を再開しました。
*
ゼットさんのお礼は何にしよう・・・。
マントはクリーニングは無理(飛竜の皮?)なので、後でファンに手入れの方法を聞くことにして・・・。
いつも真黒な格好をしていて、お酒を飲んでるのしか見たことないしなぁ。
やっぱりお酒関連?
職業も知らなければ趣味も知らないし。
変なものをもらっても困るだろうから、こういう時は消えモノの方が無難だろう、ウン。
いつも葡萄酒っぽいものを飲んでたから、ワインでいいかな。
質を重視するのか量を重視するのか・・・。
あんまりガバガバ飲んでいなかったから、質だろうね、きっと。
ついでにおやっさんとタムさんにも少し持ってくか。
金曜日の午前中にファンと二人で買い出しに行ってこよう。
「・・・わはら。川原。」
えっ?
伝票の補充をしながら考え事をしていると、ふいに後ろから名前を呼ばれて思わず振り返ります。
「あ、白戸くん。」
市内の支店にいる同期の人でした。窓口のカウンターごしに声をかけてきます。
「なんで本店に?」
「本部に寄ってきた。」
会議でもなければ支店の人はここに来ませんが、私の同期くらいじゃまだその会議に出ることはないのです。
手に持っていた伝票を台にしまって「何か用?」と尋ねました。
白戸くんは「浅賀(本店にいる渉外係の男性)帰ってないの?あと同期会来週土曜にどう?」と答えます。
「浅賀さん、さっきお客さんのとこから帰ってきたけど、また出てったばっかり。急がないならメールでもしておけば?」
白戸くん(私より年上だけど同期なのでくん呼び)と浅賀さん(私より年上の先輩)はいつも飲み歩いている飲み友で有名です。
「りょーかい。で、同期会は?」
「土曜日OKです。後で場所メールお願いします。」
「おう。じゃあまた。」
白戸くんは手をあげて去っていきます。
入れ違いでユッカが戻ってくると「今、そこで白戸くんに会ったよ。同期会来週土曜だって。」と話かけてきました。
「聞いたよ。土曜行くって返事したから。」
ボールペンのインクが切れてないかなどのチェックもして台を拭き、最後にゴミ箱のゴミを集めます。
「同期会の日、マリの所に泊まる予定なんだ。亜莉紗もどう?って言ってたよ。」
「え、場所あっちに決まってんの?」
「向こうの支店の人が遠いから中間になったんだって。」
「うーん・・・帰れるなら遅くても終電で帰るかな。マリん家ワンルームだから悪いし、ユッカほど親しいわけじゃないからやめとく。」
みんなで遊びに行ったことはあるけど、泊まるほどは仲がいいと言えない同期のコだしなぁ。
「じゃあマリに伝えとく。」
「声かけてくれてありがとって言っておいて。」
ゴミを捨てて「じゃ、帰るか。」とユッカに声をかけました。
*
やっと一日消化しました。
あと二日でファンは帰ってしまいます。
家についたらまたファンが人間椅子で待ってるんだろうなぁ。
なんか本来の目的を忘れちゃいそうな修行?ですよね。
最初は気恥ずかしかったけど、けっこう平気になりつつあります。
ま、できるうちにしておかないと、この先何年かかるかわからないし頑張っておかないと。
「ただいま~。」
家に到着すると、ファンが出迎えてくれました。
「おかえり、リサ。疲れただろう?風呂にするか?メシにするか?」
ファン、そこで『それとも俺にするか?』って言ってみて下さい(笑)
「ありがとう。ファンもお腹減ったでしょ。ご飯にしよ。」
とうとうファンはご飯支度ができるようになりました。
もともと自炊的なことはしていたので、材料の説明して素材の味勝負な料理を作ってもらっています。
切る、焼くか炒める・煮るができれば文句もないし、味付けも塩と胡椒があればだいたいOK、肉は中まできちんと火が通っていればいいのです。
ファン・・・三食中二食は肉のような気がしますが、飽きないのかな。
「リサ。たくさん食べてもっと肉をつけろ。」
「・・・けっこうぷにぷについてるよ。」
「いや、まだ軽すぎる。」
毎回真剣に言われるので真に受けちゃいそうになりますが、これでもしっかり標準体重近くはあるのです。
「ねぇ。向こうの女の人ってがっしりしてるの?ファンはなんでそんなに肉をつけさせたがるの?」
毎回食え食えと言われるのでかねてよりの疑問を投げかけます。
「ちょっとでも乱暴にするとリサが折れそうで怖い。」
・・・どう解釈すればいいのでしょうか?
「そんなに簡単に折れないって。それに首と背骨さえ無事なら"癒し"で治るんじゃない?」
思いつきでそう言うと、ファンは何とも言えない表情をしています。
「俺の"癒し"はそんなに強力じゃないし、"癒し"は怪我が何でも治るわけじゃない。傷の治りを少し早めてるだけのようなものだ。それに・・・もし治るとしてもリサに痛い思いをさせたくない。」
「そりゃあ、痛い思いはしないに越したことはないけど、人間って案外頑丈だと思うよ?」
ファンは箸を置いて、首を左右に振った。
「そんなことはない。人間ほど脆いものはない。血が出すぎたり、打ちどころが悪いだけであっけなく死ぬ。」
「・・・。」
ファンはそういう人をたくさん見てきたのでしょうか・・・?
ずいぶん実感がこもった重い言葉でした。
「・・・食事の時にする話ではなかった。すまない。」
「ううん。話を振ったのは私だからいいよ。心配してくれてるんだよね?ありがとう。」
食べる量は変えられませんが、気持ちだけは受け取っておきます。
食後の片づけをファンからもぎとって私がしていると「風呂・・・入るか?」とファンが期待に満ちた目でこちらを見ています。
一緒に・・・?
「お先にどうぞ。」
明日も仕事があるので、スルーして先にファンを入れてしまおうと思っていると「先に入る。」と着替えを持ってファンは風呂場に消えて行きました。
しかし、その選択が失敗だったと知るのは、その時には知る由もありませんでした。
*
「リサ、おいで。」
来ました。人間椅子のお誘いです。
「待って。喉渇いたから麦茶飲む。ファンも飲む?」
「俺はさっき"びーる"を飲んだからいい。」
ファンは炭酸を覚えた!
コーラを覚えた!
ビールも覚えた!
最初はびっくりしてたけど、シュワシュワがいいらしい。
ファンにするとビールは酔うほどのものではないらしいので、ほとんどジュースがわりみたいです。
「お・い・で。」
お茶を飲んでいると二度目のお誘いがかかったので、ファンのそばに座って麦茶を置いくと「こ・こ・に。」とファンは自分の太ももを指している。
「風呂上がりでまだ熱いよ?」
もう少し体の熱がひいてからと思っていると、ファンが手のひらを上に向けて小さな"光"をふわふわさせていました。
最初に見たのは『昼光色』の光でしたが、今は淡く青白い光を放っています。
・・・
きれいだけど怪談に出てきそうな色の光です。
あえて表現するなら墓場の人魂っぽい(*見たことはありません)というか・・・。
「涼しげだろ?」
「うん、確かに。」
意思の疎通に齟齬を感じましたが、せっかくの気持ちなので何も言わないで受け取っておきます。
ファンの上にお邪魔させてもらって、"光"を観賞するために照明を落しました。
・・・
やっぱり稲川さんの出番のような色です。
「他の色もできるの?」
そう尋ねると「見たことのある色なら。」と言われたので、目覚ましに使っている古い携帯の着信の光を見てもらうことにしました。
一度ファンの上から離れ古い携帯を持ってきて、また座ってファンに見せます。
「ファンやってみて。」
ブルー、白、黄色、緑、黄緑、オレンジ、ピンク、紫、赤、とアヤシゲな"光"を手のひらの上に出現させるファン。
人間着信カラー発生器になりました。
「それだけできたら花火作れるんじゃないの?」
「難しそうだな。・・・向こうに帰ったら練習しておく。」
私も"光"が出せるようになったら挑戦してみます。
ファンは赤の"光"を天井近くまで放ちました。
何するんだろ・・・と見ていても何もおこりません。
「部屋の中がなんかアヤシゲな色に・・・。」
淡い赤い光に照らされて部屋の中が、うっふんな色に染まっています。
なんでファンはこういう色にすると変な雰囲気になるということを知っていたのでしょうか?
「・・・リサ。」
後ろから私を抱き締めているファンの手が"魔力で包む"時の手でない動きをしています。
「あ、明日仕事だし・・・。」
首の後ろでファンが「クク・・・。」と笑った気配がしました。
「あと3夜しか一緒に過ごせないのに、一人で寝かせるなんで寂しいことはさせないよな?」
「一緒に寝てるじゃん!」
ファンは体をまさぐっていた指を首まで持ってくると、まるで猫の喉を撫でるようにつうっと動きます。
「その"寝る"じゃない。」
喉を撫でている手と反対の手が・・・だっ、だんだん下にっ!
「風呂の時もそうだったけど、知ってて知らないフリするのはリサの悪い癖だ。」
ネズミをいたぶる猫のような強者の立場のファンの声だけで動けなくなった私。
「忘れないように、体に刻んでやる。」
・・・もう私からは「ひぃぃ~!」以外にセリフが出てきませんでした。