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夢見鳥の舞う社  作者: カッパ永久寺
第一章 完全超悪
9/26

トゥルーエンド

「お疲れ様、治くん」

 ねぎらいの言葉をかける蝶のように絢爛で美しい少女。

 いつものように紅白の衣を着ている。屋上に注ぐ太陽の光を背に浴びている。

「お腹の方はどう? 痛くないの?」

「痛いも何も……」

 僕はおそるおそる腹を触る。

「まぁ君は不死身ちゃんだからそんなの関係なかったのね」

「ああ……」

 ため息をつきたい。今日はちょっと疲れた。

 久々に刺激のあることを経験した。刺激というか刺突というか……。

「しかし……運命というものは変えられなかったのねぇ」サツキは残念そうに言う。

「SENRIGSANってのはやっぱり本当に運命を現すものだったのか」

「最初っからそう言ってたじゃないのよ」

「だとしたら凄いよな、そのソフト。それを作った人も含めて」

「まぁね。作ったのは私じゃないけどね」

 僕は茜色の空を眺める。血のように紅い空。血は残酷に紅い。まるで紅を誇示しているかのように、絶対的に紅い。

 あの紅い雫を眺めると恍惚としてしまう。

 しかしアレの匂いはあまり好きじゃないので、できれば二度と味わいたくないものだった。

「これから、浜田は極悪人へと変化していくのね……」

「いまでも立派な極悪人じゃないかよ」

「そうね。極悪人はずっと極悪人なのかもね」

 彼女はぼんやりと夕焼けを眺めていた。

「そう言えば、サツキ」

「なぁに、治くん」

「昨日見た、SENRIGANの映像をもう一回見たいんだが」

「あれをもう一回見たいですって? あんなの見てどうするのよ。あれはあなたの死亡シーンがあって、そして今さっき辿った運命が流れているやつでしょ?」

「とにかく、あれをもう一度見たいんだ」

「まぁ、そんなに言うなら、見てもいいけどさぁ」サツキはしぶしぶ了承する。

 彼女はノートパソコンを床に置き、起動させてデスクトップのSENRIGANを起動させる。

「えと、名前は浜田でいいのよね」

「ああ」

 浜田健二……。

 現れた動画再生のウィンドウ。マウスを移動させ、日時を入力する。

 5月15日午後4時0分……。

「ちょっと待て」

「ん?」

「どうして午後4時からなんだ……」

 僕はずっと気になっていた。なぜ4時から……事が終わってからの映像から始まっていたのか。

 それは彼女が意図していたのか……。

「ふふん、こうした方が面白いことになるんじゃないかと思ったのよ」彼女が自慢げに言った。

 サツキの思考回路は集積回路並の複雑さだ。

「……時刻を変えてくれ」

「何時にしてほしいの?」

「午後3時55分にしてくれ」

 5月15日午後3時55分――。

 再生ボタンをクリックする。

 そこには――殴られ続けるぼろ雑巾のような僕の姿――はなく。

 傷一つない、直立する僕の姿があった。


「僕を虐めてくれませんか」

 画面の中の僕はそう告げている。

 すると、男たちが一歩後ずさった。

「お、おまえ……」震える声が聞こえる。

「い、虐めてくれって……お前……どうして」

「はやく虐めてください」

 僕は浜田に近づく。

「さぁ、はやく」

「いじめてください」

「おねがいします」

 僕は浜田にゆっくりと近づいていくが……対する浜田も同じようなスピードで下がっていく。

「ち、近づくなよお前……。なに変なことほざいてんだよ」

「あれ……どうしたんですか? どうして僕を虐めてくれないんですか」

 いつもと違う状況。

 いつもなら、お願いしたら虐めてくれるのに……。

 どうしたんだろうか。

「お前、俺を退学にしたいんだろ」

「えっ」僕は口を開けつづけた。

「虐めの証拠を作って俺を退学させるんだろ!」

 浜田の怒声が響く。疑心暗鬼にかられた声だ。

「な、何を言ってるんですか? 僕はそんなつもりは毛頭……」

「だから近づくなよ! おれは退学なんかされねぇぞ!」

 僕には、浜田が何をほざいているかちっともわからなかった。

 退学? なんのはなしだいいったい。

「鬼山にチクって俺を退学させるんだろ! そんなことさせてやるもんか」

 鬼山にチクる? この僕が? 僕は鬼山に刃物を向けたというのに……。

 わからない。浜田の言ってることが。

 お前は本当に浜田なのか? あの極悪人の浜田なのか。

 どうして……退学なんかでおびえてるんだよ。

 そんなもの……僕が何とかしてあげるのに……。

 虐めてくれるなら。

「俺は退学なんかされないからな! お前を……虐めたりしないからな!」

 オマエヲ-イジメタリ-シナイカラナ。

 オマエヲ-イジメタリ-シナイカラナ。

 オマエヲ-イジメタリ-シナイカラナ。

 オマエヲ-イジメタリ-シナイカラナ。

 オマエヲ-イジメタリ-シナイカラナ。

 イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ、イジメ……。

 イジメナイノカヨオマエハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッー!

 僕は、無意識に、銀の牙に手をかけていた。

 刃物を展開する。銀の刃はキラリと星のように光る。

 それは、人を殺す道具。

 それを、目の前にむける。

「な――――」

 浜田と取り巻きは目を丸くした。

 だらだらと、瞬間的に大量の汗を流した。

 僕はその刃物の――()を、浜田に向けた。

 それは、ものすごく奇怪な動作だったと思う。

 浜田はメドゥーサに睨まれたように硬い石になっている。

 刃物の柄を、浜田の手に持たせる。

 持たせた刃を、浜田の手の外側からぎゅっと握らせる。

 そして――僕は、

 ゆっくりと刃物に向かって、歩いた。

 ぐさりと――腹に衝撃が走る。

 僕は地面に背中から倒れる。力なく、ドスンと。

 そこにあるのは、

 血塗られた腕の浜田健二と、

 うずくまる一人の男子生徒の姿だった。

「う、うわ、なんだよこれ……」

 鶏のような間抜けな声が頭上から聞こえる。

「う、うわぁぁぁぁああああああああー!」

 逃げていく声。遠ざかっていく声。

 あいつらは逃げていった。

 浜田は逃げていった。

 浜田は僕によって僕を殺すようにされて僕が殺されて、ビビッて逃げていった。

 はぁ……こんなにあっさりと終わってしまうのか。

 虐められなくなるなら――無理やりに虐められてやろうと、僕は浜田に殺されようとした。

 もう、虐めてくれないなら、いっそのこと……虐め切ってくれよ……。

 そうしてくれないなら、そうさせるまでだ。腕づくでも。

 しかし、虐め切った先にはもう……虐めがない。

 僕はもう何もかも終わってしまった。

 もうこれで……“虐待なる愛”を享受できなくなってしまった。


「あひゃあ……これはこれはえげつない映像よねぇ……」

 サツキはオーバーリアクションでつぶやく。

「その映像の当事者が目の前にいると考えると……鳥肌立っちゃうわね」

「そりゃどうも」

「いや、どうもじゃないでしょ」サツキはつぶやく。

「虐めてくれなくなったから殺してくださいって……やっぱ君変態だわねぇ。どんだけ君虐めてほしいのよ」

 うるさい。余計なお世話だ。

 僕はこうすることでしか……生きれない。

 不老不死の僕は……普通の愛を享受してはいけない。

「ほんと、酷い結末だわね……」

 サツキはじっと、映像を眺めている。

 死んだはずの僕の腹の傷はしゅるしゅると塞がり始めている。

「なぁ……サツキさんよ。このSENRIGANってのは因果が変わると運命も変わるんだよな」

「ええ。そうよ。でも、今見ている運命ってやつはちゃんとこの通りに起こったんでしょ?」

「いや……違う」

 僕は言った。

「違うって……まさか運命が違ったの?」

「ああ。こんな運命じゃなかったぞ」

 僕がそう言うと、サツキは目を丸くして驚いた。

「うっそぉー! 本当に運命が違ってたの!」

「ああ」

「すごいわね治くん。まさか因果が崩れて運命が変わるなんて! 素晴らしい! エクセレント!」

 彼女は蝶のようにしばらくその場を舞っていた。

「で、運命が変わったって、具体的にどういう運命に変わっちゃったの! 教えてプリーズ!」

 随分と元気にサツキは尋ねる。

「……ちょっとこっちに来てくれ」

 僕は屋上の東――校舎裏の方向の手すりへと向かった。

 サツキも僕の後に付いていく。

「ここからだと見えにくいけど……ほらあそこ」

 僕は手すりの向こうのずっと下の地面――いつも不良がいた地点を指差した。

 そこには――

 ぼろ雑巾のようになった男子生徒の姿があった。

 男子生徒はピクリとも動かない。

「ありゃ、あれ……まさかひょっとして死んでるんじゃ」

「ああ」

「ていうかあれ浜田なんじゃ」

「ああ……。あれは浜田の死体だ」僕は淡々とした口調で言った。

「浜田の死体って……まさか」

「ああ。僕が浜田を殺したんだ」


 真実の運命。

 真実はいつも残酷とはよく言うが、それは真実が残酷だからじゃなくて、虚実が素晴らしすぎるからだと思う。虚実は……空想は人類の憧れだ。

 で、僕がたどった本当の運命とは……。


「ち、近づくなよお前……。なに変なことほざいてんだよ」

「あれ……どうしたんですか? どうして僕を虐めてくれないんですか」

「お前、俺を退学にしたいんだろ」

 …………。

 とまぁ、ここまではSENRIGAN、運命通りだ。

「俺は退学なんかされないからな! お前を……虐めたりしないからな!」

 そのとき、僕が思ったことは……。

 なぜか、怒りではなかった。

 ――呆れ、だった。

 何に呆れたのか。

 浜田に呆れたのか。

 それとも、自分にか。

 なんでだろうか。

 なんでこんな気持ちになってるんだろうか。

 僕は――虐められなくなるんだぞ。

 それをどうにかしようと思わないのか……。

 僕は……


「……それでどうして、浜田が殺されてるの?」サツキが首をかしげる。

「僕が殺したんだ……浜田を……」

「殺した? 君が」

「ああ……」

 そう言って僕は――ポケットから銀の刃物を取り出した。

「これで殺してやった」

「へぇ……それにしてもなんで君は……浜田を殺したのよ」

「それは……」

 どうしてあんなことをしてしまったんだろう……。

「……お前が言ったからだ」

「えっ?」

「殺人を止めろって……言っただろ」僕は言った。

「えぇ……。まさかそれで……浜田を殺したって……」

「ああ」

「わけわかんないわよ」

 当然の返答を彼女はする。

「確かに殺人を止めろとは言ったけど、それでなんで浜田を殺したのよ」

「だって……あいつは極悪人なんだろ。極悪人は死んで当然だって」

「でも、浜田は別にあなたを殺そうとはしてなかったんでしょ? あいつは退学を恐れて逃げただけだわ」

「それでも、極悪人は殺した方がいい……。バカは死ななきゃ治らないんだ。今日俺を殺さなかったにしろ、どうせあいつは最悪の道を歩んでいくんだろ。だから……」

 どうでもよくなった僕の心には、なぜか、悪人を斃すという正義の心が芽生えていた。

 それは正義の心にしてはどす黒い色した心だったけど。

「でも治くん……浜田は君を殺したことにより、最悪の運命を辿るようになったのよ。それさえ止めれば、浜田はちゃんとした運命を辿れたかもしれないのに……」

「そんなこと、どうでもいいんだよ」僕はつぶやく。

「とにかく僕は……虐められなくなった虚無感を感じて、それでなんかむしゃくしゃして殺したんだよ」

「むしゃくしゃしてって……随分と短絡的ね」

「ああ……」

 本当はすごく単純な気持ちで……浜田を殺したんだと思う。

 とにかくむしゃくしゃして浜田を殺したんだ。

 その思いが急激に上昇したのは……昨日の夜、あの町で浜田を見た時だ。

 あいつが……自分の妹を犯しているところ見たときから……。

「なぁサツキ」

「なぁに」

「……浜田の妹ってのは、義理の父親の娘なのか」

「そうよ。あら、言ってなかったけ」

 言ってない。もしかしてわざと言ってなかったのか。

「昨日浜田が……妹、義理の妹を襲ってたんだよ」

「襲ってたって、性的な意味で?」

「ああ」

「まさかそれを知って浜田を殺そうと思ったの?」

「いや……。本当に殺そうと思ったのは、浜田がいじめをやめると言ってからだ。そして自分に何もなくなって……俺はあいつを殺した」

 僕は言い終える。

「治くん、君は殺人は悪いことだと思ってるの?」

「ああ……。思ってる。それは極悪なことだ」

「治くんは過去に何回か人を殺したことはあるの」

 それは――

「言いたくない」

「そう」

 殺人は悪いことだ――なんてことは僕にはどうでもいいことだ。

 僕は死刑になっても死なないし。

「SENRIGANでは君は浜田に殺された……ようにさせていたけど、現実では浜田を殺したのね……。ううん、どうして運命が変わっちゃったのかしらねぇ。運命って案外ちょっとしたことで変わることもあるしねぇ。この二つの事象……前者は意味不明だけど、後者は筋が通ってるわね。相手が極悪人だから殺した……短絡的だけどね。でも……ホントどうして君は浜田を殺そうと思ったのかしら。悪い奴をやっつけようなんて、どうして思うようになったのかしら」

 首をかしげる彼女。

「さぁな……ちょっとした気まぐれかもな」

 サツキはそう、と呼応する。

「運命っていうのは蝶の羽ばたきだけで変わってしまうこともあるからねぇ。治くんも蝶の羽ばたきでも感じて変わってしまったのかしらねぇ」

 蝶の羽ばたき……ねぇ。

 くるりくるりと……巫女姿の彼女が屋上を舞う。

 蝶の乱舞だ。花を求めて空を飛ぶ。決して墜落せず、ひらひらと舞う。

 僕は、蝶に魅せられてしまったのだろうか。

「“墜落非行防止委員会”としては殺人なんてものは許されないことだからねぇ。でもまぁ、君がちょっとましになったのはよかったかなぁ」

「殺人したのに……僕はましになったのか」

「少なくとも、人間の心は持つようになったんじゃないの?」

 冗談じゃない、と僕は思った。

 僕の心は腐った果実のようにぐじゅぐじゅに崩れている。

「治くん、私は君を愛するわ」

「え――」僕は絶句する。

「あなたを愛する。どうしようもない不良品の君を愛してあげるわ」

「そんな……」

 愛さないでくれ。

 僕を愛したら……君は……。

「安心しなさい。私はあなたを愛して傷ついたりなんかしないわ。絶対に」サツキは言った。

「だから、私は治くんを愛しています」

 告白だ。

 史上最悪の告白だ。

「僕は……誰も愛さない」僕は言った。

「お前の愛も、絶対に受け取らない」

「そう……」サツキは言った。

「でも私は、君を愛し続けるからね」

 どうしてなんだろう。どうして……。

「勝手にしろよ」

「うん、勝手にするわ」

 僕は最近振り回されてばかりだった。

 この蝶のように儚く、美しい少女に――。

 ただの、薄っぺらい蝶に。

 そんなことで僕は変わることはない。

 僕は……ずっと僕のままだ。

 墜落と飛行を、続けていこう。


 

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