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夢見鳥の舞う社  作者: カッパ永久寺
第一章 完全超悪
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替わらぬ気持ち

 死とはなんだろうか――。死とは一体……。

 未知なものなど、誰にもわかることはできない。しかし人間は様々な『死後』を想像している。

 たとえば天国と地獄。

 たとえば輪廻転生。

 たとえば黄泉の国。

 たとえば月とか、異界とか、幽霊とか……。

 そんな世界あるわけないが、しかし想像するのは勝手だ。

 死んだらどんな楽しいことがあるか、死んだあと罪をどのように償うか。

 そんなこと、不老不死の僕が考えたって無意味なんだけど。

 僕は、どこまで生き続けるんだろうか……。


 学生服を来て、カバンを持つ。部屋を出て、階下へと向かう。

 居間に向かい、ババアに声をかける。ババアは未だ寝ているようだ。

「じゃあ、朝食ここに置いとくから」

 ぐっすりと眠り続けているババアに告げ、僕は家を出る。

 家を出ると、高く青い空が僕を迎えた。

 その空をぼうっと眺めていると、黄色い光が舞ってくる。

 モンシロチョウだ。あの時見たやつだ。

 お前はまだ生きていたのかと問いたくなる。僕もまだ生きているが。

 自殺日和なのどかな住宅街を僕は歩いていく。


「えぇ、この式を微分して……」

 今日も学校では変わり映えのない授業が始まっていた。

 何度も見た授業風景だ。何回も何回も聞かされたことだ。

 ちなみにあの数学教師の曾祖父(そうそふ)も数学教師だったはずだ。祖父と父親がどうだったか知らないが。

 とりあえず、僕は教科書に目をやる。

 数学には終わりがない。数字に終わりがないように、僕のように永遠だ。

 その永遠を求めて人間は何をしようというんだろうか。

 永遠……無限……。

 人間はそんなものを求めてるんだろうか……。

 あの錬金術師(アルケミスト)のように。


「……この犍陀多(ガンダタ)と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。…………」

 蜘蛛の糸。

 芥川龍之介。

 僕はこの作品を刊行当初から好んでいた。

 観音様がどういう風の吹き回しか、地獄に落ちた、ちょっとだけいいことしたことあるガンダタを救おうと蜘蛛の糸を垂らす。ガンダタは蜘蛛の糸に登って極楽へと向かうが……ふと下をみると罪人たちがわんさか糸にしがみついていて、プツンと切れてあぼーんみたいな話だった。

 まぁつまりは、罪人はどんなことがあっても、地獄に落ちるべきだ。……と、芥川龍之介がいったかどうか知らないが。不老不死である僕のどうでもいい()れた感想だ。

 罪人のというか人間の強欲さとかもあるかもしれないが、僕個人的には欲望なんてことには無頓着だからどうでもいい。

 地獄ってどんなところだろうか。

 苦しいのが続いていくというのはどんな感じなんだろうか。

 それは生きることが続いていくことよりもつらいことなのだろうか。

 僕には上るべき蜘蛛の糸も、落ちるべき地獄もない。

 宙ぶらりんに墜落と飛行を繰り返す禍々しい蛾だ。


 さぁて、昼休み。

 僕は購買へと向かう。

 いつものようにアンパンでもいただこうか。アンパンはおいしい。パンはアンパンしか食べない。食わず嫌いかもしれないが、パンはアンパンしか考えられない。

 アンパンに手を伸ばそうとすると、隣から一本の手が伸ばされた。

 僕の手と、隣の人の手が衝突する。

 僕は隣の人をの方を覗く。

「あらぁ、治くんじゃないの」

 またあなたですか、サツキさんよ。

「よかったら、お昼ご一緒しない?」

 と人ごみの中で悠然と僕を誘う。

 蝶に誘われては、断れない。


「パンはパンでもパンじゃないパンってなーんだ?」

 サツキがなぜかなぞなぞをつぶやく。

「正解はぁー、アンパンです! なぜならアン(un)のパンだからです! アン(un)は否定の意味を持つから“パンじゃない”ってことになりますねぇー」

 アンパンをほおばる。アンパンはアンパンだ。

「治くん、昼はいつもアンパンなの?」

「ああ」

「ダイエットでもしてるの?」

「そんなことはない」

「ふぅん……放課後に死んでしまうというのに、質素なものね」

 そう言うサツキの昼食は“ボリュームたっぷりトンカツ弁当”だ。サツキの趣味嗜好はよくわからない。

 あぶらっこいカツを彼女はほおばる。ほいほいほといくつもカツをほうり込んでいく。

「昨日は遊びに行ってたのね、治くん」

「そっちこそ」と僕は言う。

「まぁ私たちも学生だし、たまには遊ばないとねぇ」

「夜遊びをか」

「そうね、夜遊びね。もっとも私はその夜遊びを取り締まりに行ってたんだけどね」

「…………」沈黙する。

「それと取り締まりついでに浜田のことについて調べてたのよ」

「浜田……」

 昨日の、野獣のごとく女を襲っていた浜田の姿が浮かんだ。

 僕はそんなくだらないことは考えないようにして、サツキの方を向いた。サツキは手に黒光りする革で包まれた手帳を手に持っていた。開いて中のものを呼んでいるようだ。

「浜田健二、虚幌高校3年E組。性格、不良。趣味、イケナイ遊び、恐喝など。友好関係、仲間らしき者が3人。家は虚幌市青代町のぼろっちいアパート。家族構成は母親と妹……あと義理の父親ね」

 さらりと探偵のごとく彼女は浜田健二のことについて告げた。

「浜田健二は現在も暮らしている虚幌市青代町で出生しているわね。その当時の家族構成は母親と父親と浜田自身。それから浜田が3歳の時に父が他界。他界した原因は……事故に遭ったとか言ってたけど不明。そしてそのあと1年ぐらい後に再婚。そしてそこから2年で妹が誕生。これで今現在の家族構成となるわけね」

 浜田の過去ねぇ。あんな奴にも子供のころはあったんだ。純真無垢な子供のころが。

「そこから、家族3人仲良く暮らしていくことになる……ならよかったんだけどね。浜田は当時ほかの子と比べて体がごつくて、そしてよく喧嘩をしていたそうよ。まぁ喧嘩と言ってもまだそのころは子供の喧嘩って感じだったんだけどねぇ。その喧嘩がエスカレートしたのは浜田が中学に上がるころのことなんだけど……浜田の義理の父親が暴力を振るうようになったみたいなのよ」

 暴力ねぇ。そりゃ怖いねぇ。

「もともと浜田は父親とそりが合わなかったみたいで……それがいろいろあって小6の時に爆発したみたいなのね。で、浜田は義理の父親に殴られて、妹さんの方も殴られてたそうなのよ。それで普通の少年だったらそのまま父親の言いなりになったりしたりするけど、でも殴られたのはごつい浜田で……浜田は怒り、父親に反抗したそうよ。目には目を、歯には歯を、暴力には暴力を……暴力で暴力を制してしまったのね。それからの浜田は……いわゆる家庭内暴力を振るうようになったの。事の発端は父親だったけど、でも浜田は父親がしたこと以上の暴力を振るうようになったの。その暴力はやがて学校にも及ぶようになってねぇ。中学校でも今みたいに虐めをやっていたそうよ。そのうちガラの悪い友達もできて……不良街道まっしぐらよねぇ。一度ねぇ、中学のとき、浜田が教師に手を出して退学しかけたことがあったそうよ。あくまでしかけただけだけどね。今まで虐めてきた生徒のことがばれれば退学どころじゃすまなかったと思うんだけど、なぜか誰も浜田のことをチクったりしなかったそうよ。なんで誰も何も言わなかったのかしらねぇ。それほど、浜田が恐れられていたのかしらねぇ。つまりまぁ、中学のときに浜田は獣へと変化してしまったのね」

 なんだか、すごく取っ手付けたような話に聞こえるが、人間の運命なんて案外こんなもんなんだろう。

 あの浜田が獣になった理由は案外しょぼい理由だったんだな。興覚めする。殴られたぐらいでそんなことになるとはとんだお笑い草だ。

「でまぁ、そんな浜田もなんとかというかなぜかというか、中学を卒業して高校へと進学。高校でも相も変わらず悪行を繰り返し、悪行をエスカレートさせていったのでした……って具合なのよ」

 彼女は言い終え、僕の方を向く。

「とまぁ、これが私が調べた浜田のことなんだけど。治くん、何か感想ない」

「つまらん」そっけなく返す。

「そっかぁ。つまんないか。まぁ人間の過去なんてどうでもいい話だからねぇ。大事なのは今! なんだからねぇ。しかし治くん、浜田の過去のことを聞いて可哀そうに思ったりしない?」

「するわけないだろう」

「きっぱりと言うのねぇ。でも浜田は義理の父親が暴力を振るったのをきっかけに不良になったのよ? それに父親を殴ったのも家族のためかもしれないじゃないの。母親のためとか、妹のためとか。家族のために拳を振るうなんてちょっとかっこいいと思わない?」

「……胸糞悪いよ」僕は反吐を吐くように言った。

「私はねぇ、浜田もそこまで悪い奴じゃないと思うのよ。いや、悪い奴なんだけどさぁ、あれ、あれ、性善説だっけ? 人間は生まれながらにして善ってやつだっけ? そう、浜田もきっと心のどっかに善の気持ちがあるはずだわ! だから……」

「だから……なんなんだ」

「今日、ちゃんと虐めを止めてほしいのよ」

 はっきりとサツキは言った。

「……本当に、あそこに映ってたようなことが起きるのかよ」

「何かの因果が狂わない限り、あの運命が起こってしまうのよ。だから治くんには運命を変えてほしいのよ。因果を狂わせ、最悪の運命を止めてほしいのよ」

「どうしてそこまで……浜田の殺人を止めようとするんだよ。どうして浜田なんかに肩入れするんだよ……」

「私は墜落飛行防止委員会の会長だからよ。そして夢見ヶ原神社の巫女だからね。誰かが死ぬことは何とかして止めないといけないのよ」

「偽善だな」

「慈善よ」

「詭弁だよ」

 僕とサツキは戯言を投げあった。

 その後しばらく沈黙が続いた。

 時計を眺めると一時前。そろそろ戻るか。僕は屋上から去っていく。

「放課後、何としてでも阻止しなさいよ!」

 今日の4時。僕は浜田に(なぶ)り殺される。

 そして、その日を境に浜田は――鬼へと変化する。


 ****


 そして、ついに放課後。

 今日は授業が幸運にも少なく、3時に終わった。

 まだ明るい。黄色に輝く空模様。まばらに流れていく雲。

 浜田たちは今どこにいるだろうか。もしあのSENRIGANとやらの映像が事実なら校舎裏にいることだろう。

 ……もしかして、このまま校舎裏に行かなかったら因果が崩れて浜田の辿る運命とやらが変わるのだろうか。

 いやいや……運命はそんな簡単に変わるもんじゃない。どうせ運命さんとやらはうまいこと帳尻を合わせて運命とやらを進行させていくんだろう。つまり、ちょっとした些細なことでは運命は変わらない。

 たとえ僕が今逃げたとしても、浜田はほかの人間を殺すかもしれない。殺さないかもしれないが……どうなんだろうか。ネタバレされた推理小説を読んでるみたいでどうにも動きづらい。

 しかしまぁとにかく……校舎裏へは向かわないと。

 僕は一日一回は虐められないと苦しくなってしまう。昼休みはサツキと昼食をとってなくなってしまったので、虐めてもらうなら今しかない。

 というわけで僕は校舎裏へ向かう。運命に誘われて。


 どぉーしよっかなぁ。

 本当に、どうしようか。

 浜田の殺人を止めろと言われたけど……どうしたらいいものか。

「…………」

 目の前には男子生徒4人。浜田とその取り巻き。

 はぁ……僕はなんであんな奇天烈娘、夢見ヶ原神社の巫女夢見ヶ原サツキの言いなりになっているんだろう。

 僕は僕のやりたいことをやればいいじゃないか。

 本能に、欲望に、流されていこう。

 僕は暗い影のかかった校舎裏へとゆっくりと歩いていく。

 13階段を上るがごとく。

 そして、極悪人浜田健二の前へと立つ。

 ――浜田、今までありがとう。

「ん? なんだ円堂じゃねぇか」

 僕の思いなんて微塵も感じずに、奴は僕の方を向いた。

 ドブネズミのような醜い顔を僕にむける。

 犯罪者の顔だ。犯罪者の顔が総じて醜かったり、善人の顔が総じてイケメンだったりなんて極論は信じてないが――。

 僕は醜い奴へと向かい合う。

 そして、

「僕を虐めてくれませんか」

 笑顔でそう告げた。

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