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夢見鳥の舞う社  作者: カッパ永久寺
第一章 完全超悪
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病みの街

 学校より東の市の外れにある繁華街は魑魅魍魎(ちみもうりょう)の住まう異界と化していた。

 非行による非行のための街……とか言われたりする、絵にかいたようなというか、漫画にかいたような感じの不良の集う街であった。

 夜になるとそこは不気味なネオンの光が不良たちを眩惑し、誘惑する魔物に変化する。

 辺りは異様な雰囲気に覆われていた。人々の笑い声、は汚いへらへらとした声が多い。地面にはあちらこちらに空き缶やプラスチックのケースなどが散乱している。

 タバコの煙と酒の匂い。

 そしてたまに、眩惑の薬の煙。

 その煙と匂いを浴びる不良たちはお互いに笑いあい、時には癇癪を起こし殴り合い、時には事件を起こし……。

 暗い夜空はこんな朽ち果てた町を覆っていた。夜空は建物に覆われ小さく見える。

 こんな街には普通の人間はあまり来ない。僕の通う虚幌高校はここより離れた場所にあるので、ここをわざわざ通る人なんてめったにいない。

 そう、めったに……。

 不良を除けばだ。

 不良と言えば……浜田。浜田は時たまこの町に来るらしい。風のうわさで聞いた話だが。しかし、僕は浜田に会うためにここに来たわけではない。

 ただ、いつもの暇つぶしだ。

 僕の最近の趣味はこうした卑劣なものだ。

 愛情的なものは、もう胸糞悪くていやだ。人間はどうして人を愛するのか。愛なんてそんなもの……。

 ここには、愛されない人間ばかりいる。

 僕もその中の一人だ。

 もしかしたら僕はここにいる奴らと同族だから、傷をなめ合うようにこんなところに来ているのだろうか。

 もしそうなら……僕は本当に不良品だ。

 様々な声と音と匂いと煙が交差する街の道を一人、歩いていく。

 道端を見る。地獄に落ちた餓鬼のような醜い奴らがしゃがんで固まっていた。一人はタバコを、一人は酒を飲んでいた。それらを嗜好していい年齢に達しているかはわからない。

 そいつらは僕をちらっと、いぶかしげに見つめた。“何見てんだよ”と声に出さず吐いている。

 僕はそれらから目を離す。

 ここはまだ餓鬼道だ。地獄に比べれば平和な地だ。

 僕はその道の脇の建物と建物の間のすきまへと入っていく。黄泉への道のごとく、そこは暗く怪しい細道だった。

 僕はその道を何のためらいもなしに通っていく。

 その道をしばらく進んでいくと、怒号と衝撃音が聞こえた。

「あははははははは!」

 汚い声が聞こえてくる。

 声の方を覗いてみると、背の高い男たちが、布切れのように寝そべっている男の周りを囲んで(わら)っていた。

 なんだか、どこかで見たことあるような景色だ。

 見たことある景色の中では僕は傍観者ではなく被害者であったが。

 僕はゆっくりと、その男たちの(たか)りへと向かった。

 男たちはぎろりと尖った目を僕に向けた。蛇が獲物を睨むように。

「あのぉ、少しよろしいでしょうか」

 僕は下手に出て話す。

「虐めっていうのは、いけないことだと思うんですよ」

 僕は言う。

 一瞬、沈黙が辺りを制する。

「お前、何言ってんだ?」男の一人が言った。

「ですから……そんなに虐めがしたいなら、僕が代わりに被害者になりましょうか?」


 痛みって何なんだろうか。

 痛めつけられるってどういうことなんだろうか。

 ここでの“愛情”は学校のものよりスリルがある。

 だが、やはり学校での虐めの方がなんだか温かみがある。

 虐めに温かみがあるとか、ものすごく変な話だが。

「今日も戦ってきたか」

「ああ」僕は返事する。

 隣には浮浪者(ホームレス)がいる。ぼろの服を着た、ぼろの肌の、ぼろの顔をしたおじいさん。むしろ、今まで会ったやつより一番“餓鬼”に近い人間だった。

 おじいさんの年齢は確か80いくつか。戦時中、戦闘機に乗って戦ったこともある古株だ。

 若いころはこの街のビルで社員として懸命に働いていたそうだ。その頃はまだこの辺りはこんな魔境のようなところではなかったそうだが。

 妻もあり、子供もあり、おじいさんは会社でへとへとになって働きながらも幸せな日々を過ごしていた。

 そんな日々が暗転したのは、随分とあとの話だ。

 話によると、なんでも年金がちゃんと受給されなかったとかなんとか。

 今や年金制度は風前の灯だ。ついでに日本はいまだ高齢化社会で……もしかするとこれから、僕のとなりにいるおじいさんみたいな人が増えてくるのかもしれない。

 まぁ、年金や高齢化など、僕にはちっとも関係ない話だ。

 僕は隣のおじいさんからもらったカップ酒の容器を手に持ち、その中身を飲み干す。容器はカップ酒だが、中身は水だった。なんか貧乏くさい。

「この世は世知辛いねぇ」おじいさんは言った。

「本当ですねぇ……」

「儂は、どうしてここまで生きてきたんじゃろぉなぁ。本当なら子供のころ、飛行機を墜落させられて死ぬはずだったのにのぉ……」

 墜落。墜落飛行機。

「それを仲間の飛行機に助けられて……あの飛行機は私の前に出て敵機を撃って……それでもう一つの敵機によって倒されてしまった。墜落して、地面へと落ちてしまった。あの飛行機に乗っていたやつはおそらく死んでしまっただろうなぁ。儂はその飛行機に乗っていたやつにずっと感謝していたが……しかし、今の儂をあの飛行機に乗っていたやつが見たら、どう思っているだろうなぁ」

「…………」

 僕は答えない。答えることができない。

「ははは。戦争の話なんぞ、お前さんには退屈かのぉ」

「いえ……」

「戦争なんて過去の話だ。今はそんなものはない。だからこの世の中も……そんなに悪いところじゃないはずじゃ」

 おじいさんはそう言って空を見上げる。

 星は街の光のせいであまりくっきりと見えない。だが、真上に黄色く光る満月は堂々と光っていた。

「お前さんも、儂のようにならんよう、頑張るんじゃぞ」

 そうおじいさんは告げた。

 おじいさんの言葉はありがたかったが、しかしもう僕はその言葉を受けるには手遅れだった。

 そう、何もかも、過去のことだ。


 街の外れ。

 人々の少ない、さびれた場所。虫の音が聞こえるのどかな場所。

 しかしそこも所詮、街の一部。

 向こうの空き地の草むらに、がさりがさりと草の動く音がする。寝そべる男と女の姿がある。

 女が下で、男が上で。

 獲物を捕らえた猛獣のごとく。

 その光景は――ある映像を思い出した。

 浜田が女を強姦(レイプ)する映像――。

 それは今日屋上で見せてもらったSENRIGANが移した浜田の運命の映像の一部だ。

 今、目の前で寝そべる男女の情事がそれと酷似していた。

 というより……よく見ると、その顔は見知った顔だった。

 ――浜田だ。

 浜田が、気持ちいのか苦しいのかよくわからない必死な顔で体を動かしている。

 ……なんだかものすごく気まずい状況だ。

 ここでいじめっ子の僕が登場したらどうなるんだろうか……。

 僕はその場からさっと下がろうとする。

 その時、

 手が見えた。

 女の人の手――。

 いや、女の人というほど大きくない手だ。少女の手だ。

 浜田の下にいる少女が手を伸ばしている。

 一体誰に伸ばしてるのか。

 一体誰に助けを求めてるのか。

 この魔境の街には善人なんていない。

 喰われるものは喰われ、喰うものは喰う。

 人々はそんな状況をただ通り過ぎるだけ。

 僕もただ通り過ぎる――。

 が、なんだか停まってしまった。

 涙にあふれた少女の顔――懇願する顔。その顔が街灯の光でちらりと見えた。

 助けろと?

 この僕に?

 僕はあいつの虐められっ子なんだぞ。

 飛んだお門違いだぞ。

 僕は後ろを向き、歩き出す。

 闇に染まった街を歩きだす。


「この街は病的ね」

 背後から声がした。その声を聞いて僕は立ち止まった。

「本当に病んでるわ。もう末期症状だわねどうして街はこんな風になっちゃったのかしらねぇ」

 なんでこうなったか。その明確な理由はわからない。

 立地条件もあるし、時代の流れもあるし。

 最寄りの高校の生徒がいることでもあるし、過去の事件もあるし。

 過去の一人の生徒のせいもあるし。

 人が病んでしまう理由が曖昧模糊なように、この街が病んでいった理由も泡のような抽象的なことなのだろう。

「あなた、どうしてこんなところにいるの? よい子はもうおうちへ帰る時間よ」

「あいにくよい子じゃないんでね」僕は振り向かず返答する。

「そう、不良ちゃんなのね」

「そういうあんたは、なんでこんなところにいるんだ」

「なんでって……。私は“墜落非行防止委員会”の会長だからねぇ~。ちょっと不良を取り締まろうかと思ってねぇ」

 と言うと……。

「こらぁー! 早くおうちに帰りなさい! とりゃー!」

 どかん、と漫画みたいな効果音が聞こえた。

 おそらく、何かの格闘技を使ってどこかの不良を無差別に伸してやったんだろう。

「夢見ヶ原サツキがいる限り、この世に悪は栄えない! わっはっはっはー!」

 帰ろう……。

 なんか興が覚めてしまった。

 第一、不良を取り締まるなんて馬鹿な話だ。

 いくらエチゼンクラゲを退治しても減らないように、不良たちもいくら取り締まっても減らないだろう。

 悪は絶えることはない。

 永遠に。


 ****


 僕は家に着く。ババアの家に。

 明日僕は殺される。それはとてもどうでもいいことなんだが。

 ババアがそれを知ったらどう思うだろうか。

 僕は簡単な夕食を作り、ババアの前に持っていく。

 ババアといつものように食事をとる。

 これから、というか明日のことをどうしようか。

 まぁいいか。そんなこと考えなくても。

 どうせ、時間はたっぷりとあるんだから。

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