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夢見鳥の舞う社  作者: カッパ永久寺
第一章 完全超悪
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還りたい家

 本日の出費。

 昼食代500圓。

 夢見ヶ原神社へのお布施、1000圓札一枚(半ば強制的に払わされた)。

 計1500圓。とんだ出費だ。

 まぁ普段あまり無駄遣いはしてないから(そもそも購買になんて微塵も関心がないから)財布の中はまだまだゆとりがある。

 それにこれはババアの金だし。


 家に着く。

 こんな僕でも帰る家はある。

 学校のとなりの住宅街の中にある、木造の古めかしい褐色の家の中へと入っていく。

 かつては“ハイカラ”と称された家の門はすっかりさびれた墓場のようなものになっていた。

 こういう古いものは死んでいくしかないのか……。あの神社とかも。

 僕は全く死なないのだけど。死ねないのだけど。

 ガラガラガラッと引き戸を開ける。現れた玄関も家の外観と相応の木造のものだ。廊下の木の床はほこりをかぶっている。最近、というかずっと掃除をしていない。

 短い廊下を歩いて、居間へと入る。居間は明かりがついている。そしてブラウン管のテレビも付いている。テレビは夕方のニュースを放送している。

 部屋は6畳一間の広さだ。床は木の板のタイル。真ん中に漆塗りの黒のテーブル。入口より右の隅にテレビ。その上にほこりまみれのエアコン。部屋のあちらこちらに衣服やらゴミやら。少し、いや随分散らかっている。

 そして奥にベッド。そのベッドの上には人間が涅槃(ねはん)していた。

 いや、涅槃と言ってもその人間は死んでいるわけじゃない。まだ一応生きている人間だ。

 一応生きてるが、もう死の間近くにいる。

 体が静止している。生きているが立つこと、歩くことはもう二度とできない。

 その人間は、寝たきりの……ババア。

 桃色のパジャマのような簡素な服を着たババア。顔はシワによって侵され、かつての美貌はきれいさっぱり喰われてしまっている。体全体も同じくシワが走っている。髪も白髪になっている。歯は総入れ歯。目はおぼろげにしか見えないという。

 ババアは、こちらにその醜い顔を向けた。僕に精一杯の笑顔を向ける。

 いろんな意味で、あわれに見える笑顔だった。

「お、かえり、治ちゃん」

「ただいま、ババア」

 ババアに声をかけた。ババアはなぜか嬉しそうな顔をした。

 ババアはそれを言い終えると、ちらりとテレビの方を見た。

“今日未明○○高校で3年生の男子生徒が飛び降り自殺した事件で……”

 自殺事件か。テレビのアナウンサーが淡々と原稿を読んでいる。学校の映像が流れる。が、被害者の死体は絶対に流れない。

 僕が自殺してニュースで報道されるなら、自分の死体をちゃんと映してほしいものだと思う。

 たぶん僕の疲れ切った顔をみたら誰も自殺なんかしたくなくなるだろう。

 もしくは逆に自殺をしてみたくなったりするのだろうか。

 後者になったほうがなんだかおもしろそうだなぁと僕は思った。

 視線をババアの方に戻す。

「ババア、今日は生きていて楽しかったか」

「ああ……治ちゃん、きょうも、たのし、かったよ」ババアがゆっくりと返事する。

「何が楽しかったんだ」

「ちょう、がとんで、きたんだよ。しろい、もんしろ、ちょうが」

「そう……蝶ね」

 また蝶か、と僕は思った。

 たしか“夢見鳥”ともいうんだっけ。

 夢を見る鳥……鳥は夢を見るのだろうか。いや、鳥じゃなくて昆虫か。昆虫なら夢は見ないんじゃないのか?

 胡蝶の夢とかいう話もあるが……。

 それよりも、一日中寝て過ごしているババアは一体いつもどんな夢を見ているのだろうか。もしかして過去のことの夢でも見ているんじゃないだろうか。

「モンシロチョウなら僕も見たよ」

「そ、うかい」

「ババア、もうご飯にしようか」

 僕は立ち上がる。ちらりとテレビの方を見るとキャスターたちが暗い声で事件のことについて話し合っている。もっと明るく話せばいいものを。どうせ次のお天気のコーナーでは明るくなるんだろう、お前たちは。 

 僕は居間を後にして隣の部屋の台所へと向かう。

 

 今日の晩飯はどうしようか。

 食べるものなんてなんでもいいのだが。

 あんな寝たきり老人なんてどうでもいいのだが。

 死んだってどうでもいいのだが。

 死んだって……。

 死んだって……。

 どうせこんな風に死ぬのなら、最初からあっさりと死んでおけばいいものを。

「はぁ……」

 ほこりまみれの台所で鉛のように重い溜息をついた。

 まぁとっとと晩御飯を作ろうか……。

 とりあえず米を洗おう。

 米を2合ザルにそそぐ。水道水を流し、ザルの中の米をそれにさらす。

 シャカシャカシャカと音を立てながら米を研ぐ。

 僕は今まで何回米を研いできただろう。

 多分世界一沢山米を研いだことのある人間だと思うが。

 研いだ米をセットし、スイッチを押す。

 それだけで米が炊けるなんて、世の中は随分と楽になったものだ。

「さて……」


 テーブルの上に白いご飯の入った茶碗と、沸かした水で溶いた味噌汁と、焼き魚のお惣菜。お惣菜は近くのスーパーで買ってきたものだ。

 随分と手を抜いた素朴で無味乾燥な晩御飯。

「いただきます」

「い、ただきます」

 テレビをつけたたままババアとの食卓。

 会話がない。いつもこんな感じだ。

 と思っていたら……。

「学校、は、どうな、の」

 僕は箸を止めた。

「学校は…………死ぬほどつまらないよ」

 そう返した。

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