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夢見鳥の舞う社  作者: カッパ永久寺
第一章 完全超悪
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代わらない日々

「へぇぇ。不老不死ねぇ」サツキは感心するように言う。

「死なないし老けないしって、まさに人間の理想ねぇ。カッコいいわねぇ」

 皮肉った口調で言う。

「年を取らないってうらやましいわねぇ」

 皮肉った口調で言う。

「死なないってうらやましいわねぇ」

 皮肉った口調で言う。

「あなたは人類の理想よ! 理想の権化よ! すごい! すごいわ! 凄すぎてお腹が痛いわぁ! 私もあなたみたいになってみたい……」

「黙れ――――!」

 僕は、鋭くとがったナイフのような声で、サツキに叫んだ。

「なにが……理想だよ。こんな体。不死身で不老で、死にたくても死ねないんだぞ! ずっと生きてなくちゃいけないんだぞ! ずっとこのままの年なんだぞ! ずっと高校3年生だ! それ以上はない! ずっとこの学園の中で時間が止まってるんだよ! 将来もない! 夢もない! 希望もない! 何も得ることができない! こんな体……。こんな体……」

 こんな体……神様はどうして僕にこんな体を授けたのだろうか。

 僕は生前にどんな悪行をしていたのだろうか。

「あなた、死にたいの?」

 サツキは告げる。皮肉った表情でなく、聖者のような朗らかな顔で。

「ああ。死にたいさ。死ぬほどな。早く死んでこの世からなくなってやりたい」

 もう生きることはたくさんだ。

 僕は人の何倍、何百倍もの高校3年生を繰り返してきたんだ。

 それだけ生きていて、死にたくなるのは必然だ。

「本当に死にたいの? 死んだら何もなくなっちゃうんだよ」

「何もなくなるって……人間はどうせ死ぬんだろ? それなら何もなくなったってどうせ……」

「でもあなたは死ぬことはできないのね」サツキは言う。

「……何年も何年も、同じことを繰り返してたら、何もかもが薄まっていくんだよ。昨日のことも今日のことも、何もかもどうでもよくなっていくんだ。いまの一瞬さえもな……。そんなどうでもいい日々の中を生きて行けというのかよ。そんなものあったってなくたって……同じだよ」

 僕は言い切る。

「なるほどねぇ。やっぱり不老不死の人には不老不死の人なりの苦労があるってわけね。ビルゲイツにも苦労があるみたいな話かな?」

 僕はその問いに沈黙で答える。

「まぁ、治くんにも苦労と苦悩があるってことは分かったわ。で、治くん」

 サツキは僕を見つめる。天使のような笑顔で。

「あなた、死んでくれない?」

 突如、腹に強烈な痛みが走る。

 全身が爆ぜるような、強大な痛み。

 腹からぽたりぽたりと紅の液体が(こぼ)れる。

 腹には、沈みかけた太陽の光を受けて光る、銀の刃が。

 その柄をサツキがしっかりと握っていた。

 僕はサツキに刺殺(ころ)された。


 ****


「おお……これはこれは……。なんかビデオの逆再生を見てるみたいだわ……。じゅわじゅわってなってる! 消毒液みたい! これはどういう仕組みなのかしら。自然治癒? 確かに人間も傷を修復する能力はあると思うけどお腹を刺された部分が修復されるなんて人間じゃないわね! わぁ! 血もなんか霧のようになくなっていってるわ! どういうことなのかしら! あなた妖怪か何かなの! それとも神様とか! 悪魔とか! それともやっぱりゾンビとか! 何にしてもすごいわ! まるで時間が逆戻りになってるみたい!」

 おぼろげな意識の中、サツキのはしゃぐ子供のような嬉しそうな声が響いてくる。

 痛みはすでにほとんどなくなっている。傷ももうすぐで塞がるだろう。

 しばらくすると、視界がはっきりとしてきた。

 サツキの満開の花のような笑みが最初に見た景色だった。

 そのサツキによって、僕はついさっき殺されたんだけど……。

 まぁ、僕は不死身だから、刺されたってなんでもないけどなぁ……。

 僕は立ち上がる。ここは屋上。少し(くら)くなった夕焼け色の光が差す。

 目の前には巫女装束を着た少女――夢見ヶ原サツキがいた。

「おはよう」サツキが告げる。

「…………」僕は沈黙を返す。

 僕は腹の傷をまさぐってみる。

 しかし、そこには何もない。何事もなかったかのように平らになっている。

「すごいわねぇ、君。本当に不死身ってやつなのねぇ。不死身、不老不死、そんなのが本当にいるなんてねぇ」

 サツキは僕を見て笑っている。

「どうして、僕を刺したんだ……」

「実験よ。あなたが本当に死なない人間かどうか確かめたのよ。私は自分が信じるものしか信じない性質(たち)だからねぇ」

「あんたは……一体……」

「それはこっちのセリフよ。不老不死くん」サツキは言った。

 サツキに昏い橙の光が差す。黒い髪も(つや)やかに光っていた。

「ところで治くん、この屋上のアレには気づいたかな?」

 そう言いながら、サツキは後ろを向き歩く。

 ゆっくりと屋上の床を歩いていき、そして僕から見て右の隅の建物に近寄る。

 それは、(あか)の組まれた鳥居と。

 小さな小屋のような社。

 それは小さな神社だった。

「それなら……ずっと前から知ってたぞ」

「そう」

 屋上の神社。

 神社は一般的には土地に立っているものだが、たまにビルなどの屋上にこのような小さな社があったりする。

 どうして屋上に神社が建てられているかというと、まぁ、諸説はあるだろうが、普通に神様を信仰していたりご利益を得ようとしていたりとか……もしくは、建物の建設時に周辺にあった神社を取り壊すことになった際、そこの神社の神の怒りを受けないようにと社を立てる場合もある。

 そこにある神社も、そんな感じの理由で立っているのだろう。

「この神社、といってもすごく小っちゃい神社なんだけど……この神社の名前って治くん知ってる?」

 サツキは僕の方を向き訊く。

「……夢見ヶ原神社」

「そう、これは夢見ヶ原神社よ」

 夢見ヶ原。サツキの苗字だ。

「そして私はこの夢見ヶ原神社の巫女なのよ」

 巫女装束を着たサツキが笑みを浮かべて告げた。

 まぁその事実は……サツキの容姿を見れば大方予想のつくことだったが。

「夢見ヶ原神社。建てられたのは戦後の1950年。いや、建てられたというより移ったと言った方が正確だわ。夢見ヶ原神社というのは1950年以前からこの学校の隣に立っていた小さな、といっても今ある神社よりかは大きな神社だったのよ。でもその神社は戦争中にねぇ、空襲に遭って倒壊してしまったのよ。しかも神主も巫女も空襲や病気とかで死んじゃって……。夢見ヶ原神社を代々守ってきたのは『夢見ヶ原家』の一族なんだけど、その一族は戦争中にほとんど滅亡して、残ったのは娘の『夢見ヶ原ユリコ』だけになってしまったのよ」

 サツキは虚空をちらりと見つめた。

「それで倒壊した神社はそのままで、守っていた一族もいなくなって神社は無くなってしまったんだけど、でもこの虚幌高校の改築時にねぇ、夢見ヶ原神社を屋上に立てようという案が浮上したのよ」

「へぇ……」僕は相槌を打つ。

「夢見ヶ原神社はねぇ、この町の人にとってはかけがえのない神社だったのよ。神社を思う人たちの心によってこの学校に夢見ヶ原神社が復活したのよ」

 サツキは真っ直ぐに僕を見る。

「でも、それは今は昔の話なのよね。たしかに昔はこの町の人たちにとってかけがえのないものだったけど、今は……もうさびれてしまっているわねぇ。もう参拝しに来る人なんて全くいないし」

「参拝しに来る人とかいるのか?」僕は尋ねる。

「昔は結構いたわよ。たくさんの生徒がお参りしたり、教員の人も結構いたし、ほかにも町の人たちがたくさん。でも、屋上が立ち入り禁止になっちゃったからもう誰も来なくなったわね。立ち入り禁止になっても、許可を貰えばここには来れるんだけど、わざわざ許可を取ってまでこの神社に来る人もいないし」

「なんで、屋上が立ち入り禁止になったんだ?」

「事件があったからよ。飛び降り自殺の事件がね」尖った口調で彼女が言った。

「昔から飛び降り自殺の事件はあったんだけどね。戦後になってからかな、そう言うのが恐れられてそれを防止するために屋上に高いフェンスを付けたり、そして最終的に立ち入り禁止にしたのよ。それ以来、屋上にはほとんど誰も来なくなったのよ」

 彼女はふと、神社の方に顔を向けた。

「この神社に来るのは、夢見ヶ原一族の夢見ヶ原ユリコの子孫ぐらいになってしまったわ。夢見ヶ原一族はずっとこの神社を護っているのよ。ずっと、これからもね」

 神社には光がさしていた。

「あの神社は、忘れられた場所なのか」

「そう、もう誰もかれも知らない、死んだような場所だわ」

 僕は寂れきった朱の神社を眺めた。

 そこにはなにもない。誰もいないし、誰の心もない。

 (むくろ)と化したその場所は、僕には美しい景色に見えた。

「でも、死んだような場所でも、私はこの神社を守り続けなければならない。夢見ヶ原家の一族の使命として、私はこの神社の巫女をしているのよ」

 僕とサツキは二人、光を受ける神社を眺めた。

 そこに、花弁のようなものが舞い降りてきた。

 それは、一枚のアゲハチョウだった。

「夢見鳥だわ」サツキがつぶやいた。

「ゆめみどり?」

「ちょうちょうの異称よ。蝶っていうのはご利益があるものなのよ。蝶は魂や不死の象徴だったりするからねぇ」

「不死……」

「不死と言っても蝶は不死身じゃないんだけどね。でもね、蝶は復活をするでしょう?」

「復活って……」

「脱皮をするじゃないの。しかも蝶は幼虫から蛹へ、蛹から成虫へと体を変態させているのね。その変態はまさに復活だわね」

「蝶のこと、詳しいんだな」僕はつぶやく。

「治くん、夢見ヶ原神社は蝶をたてまつっている神社なのよ」

 そういえば、そうだった。そんなことを聞いたことがあったような気がする。

「神社の名前の“夢見ヶ原”も蝶の異称“夢見鳥”から来てるっていわれてるのよ。夢見鳥の舞う原っぱ、もしくは夢見鳥+高天原(たかまがはら)とか……いろいろ諸説あるけど、とにかく夢見ヶ原神社は蝶をたてまつってる神社なのよ」

 蝶をか……。

 不死の象徴たる蝶。

 確かに不死というのは人間にとって(おそ)れられているものだろうが……しかし実際なってみると苦しい地獄のようなものだ。

 不死なんて恐れたり崇めたりしなくとも、人間達は有限の命を謳歌すればいいものを……。

「そろそろ暗くなってきたわね」

 空を再度見上げると――もはや夕焼け色の空は七割方暗闇へと変遷していた。

 カラスの枯れた鳴き声が聞こえる。もう帰る時刻だ。

「治くん、帰るときに一つだけお願いがあるんだけど」

 サツキが真剣なまなざしで言う。

 さらりと、夕風がサツキの髪をいじる。

「お賽銭を恵んでください!」

 彼女の瞳に銭の絵が浮かぶ。お年玉をせがむ子供の様な笑顔。

 夕焼けが沈んでいった。

 今日もあっけなく一日が過ぎた。

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