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夢見鳥の舞う社  作者: カッパ永久寺
第二章 哀縁気炎
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まかるがえし

「へぇぇ。本当に今回の事件とそっくりのことが起きていたのね……。真犯人はアヤメちゃんの兄である治くんというわけね。治くんは村人全員を殺す予定だったけど、村長を殺しに行く際、村長が引っ越ししていたことを知らずに山までの道に来て、そしてそこにアヤメちゃんが現れて、二人は仲良く死んでしまったと……。なんだか悲劇だわねぇ。まぁでも、治くんは殺されても死なない体になっていたから、そのあとすぐに生き返ったんだわね。それでその後は……」

「その後は……その村から逃げていったんだ。そして、あの錬金術師が建てた高校に戻っていったんだよ」

「逃げたって治くん……君ずいぶんふがいないことしてるじゃないの。村人八人殺してアヤメちゃん死んだっていうのにそのまま放置しといて逃げたの? しかも……アヤメちゃんはその後その八人殺しの濡れ衣を着せられちゃったじゃないの。そんなことになっても治くんは黙って指をくわえてたっていうの?」

「それについては……僕も何とも反論できないんだが……。でも、僕にはどうすることもできなかったんだよ。僕には戸籍がなかったんだよ。というか、僕は死んだことになっていたんだよ。実際にも書類上でもね。そんな僕が警察に口出しするとか、裁判をすることなんてできなかったんだよ。だから……事件はすべてアヤメがやったようになっちゃったんだよ。状況的にそう見えたんだろうな。今みたいに科学捜査とかそんなのがなかったから……何の疑問も浮上せずアヤメが犯人に浮上させられたんだな。もっとも、その犯人のアヤメは死んでしまっていたから、真相は闇の中となったんだがな」

 サツキはふうんとうなずいた。

「とにかくまぁ、全部過去のことだ。若気の至りってやつか。僕に変わりなく普通に接してくれたのはアヤメだけだった。あいつだけは……変わらなかった。村も変わって、両親もいなくなって、そして自分自身も変わってしまったけど、あいつだけは……。僕に変わりなく接してくれた。何年もあってなかったからか、僕のことは『兄上』とは呼ばず『治さん』と呼んでたけどな。まぁ、本当の兄ではないからその呼称はあってるんけどなぁ。でも、それでもアヤメは……僕の心のよりどころだったんだ」

 そのアヤメが死んで。

 僕はついに一人になって。

 錬金術師の開いた学校で。

 永遠の学園生活を過ごし。

 永遠の地獄を過ごし。

 永遠の絶望を過ごし。

 僕の心はいっそうの重たい鉛へと変化していた。

 もし、僕の心が天秤に駆けられたら、その重さで天秤皿に穴が開いてしまうかもしれない。

 それほど、長い間僕は悪を生きていた。

「兄上ねぇ。随分古風な言い方ねぇ。ええと、治くんは今でもアヤメちゃんのことを愛しているのかな?」サツキが愉快な口調で言った。

「愛してるさ。もちろん」

「それは、兄弟として?」

「もちろんそうだよ」

「それじゃあ治くん、あなたは本当はアヤメちゃんになんて呼んでもらいたかったの? “治さん”か“兄上”どちらで呼んでほしかったのかしら」

「さぁ……どちらでもよかったと思うけど。でも、やっぱり」

 兄上、と呼んでほしかったかもしれないな。

 と独白のごとくつぶやいた。

「そう、あなたは生粋のシスコンってことね」

 そうふざけた言葉でサツキは締めくくった。

 屋上は静寂としていたが、なんとなく誰かに見られているような、妙な気分になっていた。

「治くん、それで君はこれからどうするつもりなの?」

「どうするって」

「あなた殺人犯なんでしょう。杜九茂村の事件はもう時効だからいいとして、今回の事件はヤバいわよ。あんな散々に殺してたら、君が殺したってことすぐにばれると思うんだけど」

 僕は頭をかいて少し考えた。

「別に……僕はどうなったって構わないよ。捕まろうが刑務所に入れられようが死刑になろうが……どうでもいいよ」

「はぁ、いかにも治くんらしい意見だわね。しかし治くん、君はたぶん死刑にならないと思うわよ」

「えっ? それはどういう」

 まさか、殺人事件とかでよくある『責任能力がない』とかいう理由で無罪になるとでもサツキは言っているのだろうか。

 僕は確かに異常だが……責任能力ぐらいはちゃんとあると思うんだが。

 そんなことを思っていると僕の前に蝶が飛んできた。

 どこかで見たことある蝶だ。

 そして次に、ピィピィという鳥の鳴き声が聞こえた。目の前を見ると灰色の鳥が屋上のフェンスの上に停まっていた。

 どこかで見たことある鳥だ。

 そして……僕の足元に、茶色いもじゃもじゃの固まりが寄って来た。それはむく毛の生えた子犬だ。犬は僕の周りをくるくると回っている。

 どこかで見たことある子犬だ。

 そう、これはいつか……サツキが発狂して撲殺していった……かわいそうな動物たちだ。

 蝶は握りつぶされ塵となり、鳥は握りつぶされて血と肉の塊となり、子犬は撲殺されて無残な死体となった……。アヤメと再会した翌日の、屋上での狂乱。

 それがなかったかのように、動物たちは生きていた。

 まるで蘇ったみたいに。

 生まれ変わったみたいに。

「これは一体……」

「驚くのはこれだけじゃないわよ。もう出てきてもいいわよ、アヤメちゃん」

 サツキは夢見ヶ原神社の後ろの物陰に声をかけた。

 その物陰から、小さな人形のような少女が現れた。

 ――アヤメ!

 アヤメなのか!

「お、おさ……いえ、兄上様」

 アヤメが手を膝に置いて萎縮した様子で言った。

 兄上様って……。なんで突然呼称が変わったんだろうか。もしかしてさっきの会話を盗み聞きしていたんだろうか。もしそれを聞いていたというなら恥ずかしいものだ。

「様を付けなくていい」

「は、はい! 兄上!」

 今の時代、兄上というのもおかしな感じがするが……。

 しかし、久しぶりに聞く兄上という呼称は心地よいものだった。

 陽だまりみたいな心地だ。子供のころの温かい気持ちがよみがえってくるような気がする。

 と……そんな気分に浸っている場合じゃない。

「お、お前……どうして。お前は死んだんじゃ……」

「私、なんだか生きていたみたいなんです」

 アヤメは照れくさそうな顔して微笑んだ。

 生きてたって……どうして。

「ちなみに治くん、アヤメちゃんのほかにも、1年E組のほかの人たちも生き返っているわよ」

「え……それじゃあ岩崎たちも」

「そうよ。みんな今保健室にいると思うんだけど」

 アヤメの言っていることがさっぱり信じられなかった。そんな……人間が生き返るなんて、いや、人間が生き返ったりするなんて僕にとっては日常茶飯事かもしれないが、しかし、僕が殺したのはみんな、アヤメも含めて殺せば死ぬ人間だ。殺せばそれで終焉だ。そんな因果が覆るなんて……一体全体どういうことなんだろうか。

「治くん、アヤメちゃんと出会う前……浜田が死んでからしばらく後、君を惨殺していた時のことを憶えてる?」

「ええと……。確か僕が実験室で拘束されて斬られたり撃たれたりしたときのことか」

 横でアヤメがおびえながら僕らの話を聞いていた。

「あのとき治くん言ったわよね、自分の血のことについて『僕の近くにあるやつは自然治癒とともに消滅するんだが、僕からある程度離れたところの血はそのままとどまるんだ』とか言ってたわよね。それで治くん、私はその時君を惨殺しながら実は君の血を採っていたのよ」

「血を採っていたって……」

「これが君の血よ」

 サツキが懐からおもむろに赤い液体の入った試験管を取り出した。

「いつの間にそんなことを……」

「私は君の血についてちょっと興味があったのよね。君は不死身の身体でしょう。その不死身の君の血は一体どういう仕組みなっているか、気になってねぇ。それで私は君の血を採って、そして実験をしたのよ」

「実験って言うのは」

「動物を使った実験よ。動物に君の血を注射すると一体どうなるか、実験してみたのよ。つまり、治くんの血を注射された動物は、治くんと同じように不死身になれるのか実験してみたのよ。そう言うわけで私は蝶と文鳥と子犬に君の血を注射してそしてその動物たちを殺したのよね。で、その結果は……ごらんのとおり動物たちは生き返ったのよ。でも、その生き返った動物たちの身体を調べてみたら、動物たちの体内にはもう治くんの血はなかったのよ。どうやら一回生き返ったら血がなくなっちゃうみたいだわ。でも、一回だけなら生き返るみたいなのよね。治くんの血を注射された人間は」

 はぁ……僕の血はそう言う風に活用ができるのか。

 注射されたものは一度だけ不死身の力を得るか……。

 ということは……。

「で、その後アヤメちゃんの事件をSENRIGANで見た後、私はこの治くんの血を使ってなんとかSENRIGANの結末を回避できないかと考えたのよ。で、私はね、1年E組のみんなになんとかうまいこと血を飲ませようとしたのよ。食べ物や飲み物に仕込んだりしてね。それでなんとか、事件が起こる前に全員に血を飲ませることができたわ。そして結果……みんなちゃんと生き返ったというわけなのよ」

 つまり……僕の手によって殺された1年E組の皆さんは……僕の血によって生き返ったと……。

 なんだよこれ。

 僕の一人相撲じゃないか。

「何はともあれ、みんな生き返ったというわけよ治くん。これで君は殺人犯にならずに済むわ」

「そうかい……」

 僕は笑いたくなるような気分だった。

 自分を笑ってやりたくなった。

「治さん……あ、いえ、兄上」

 そんな僕にアヤメが声をかけた。

「ごめんなさい兄上……。私、兄上を殺してしまって」

「いいさ、そんなこと。どうせ僕は死なないんだし。そんなことより……お前が生きていてよかったよ」

 僕はアヤメの頭を撫でてやった。

 するといつものように顔を真っ赤に染め上げていた。


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