百年前の惨劇
僕はサツキに自分の生い立ちを話した。
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僕はとあるさびれた田舎の村で生まれた。
その村の名前は杜九茂村。
そこは僕にとっての出発地点、生誕の地。
少なくとも、子供のころはこの村が世界のすべてで、この村での出来事が自分のすべてで、この村での幸せがすべてだと――僕は思っていた。そんな固定された概念が崩壊したのはいくつからだっただろうか。もしかしたらずっと若いころから僕はその村を俯瞰して冷たい目で眺めていたのかもしれない。そして、この村でやがて起こる最悪も何となく想像していたのかもしれない。
しかし、自分がたどる人生だけは直前になるまで僕は想像できなかった。
とにかく僕はその村で生まれた。その村の小さな山の近くの集落の一つ――美柳家に生まれた。
美柳家。
少なくとも、当時は村の中の集落の中の普通の一家だった。
そう、なんの変哲もない一家だった。
美柳家は4人家族だった。祖父母は僕らが生まれる前に亡くなっていた。
父親の名は美柳孝太郎。
母親の名前は美柳小夜子。
そして長男の僕――美柳治。
そして、僕には妹がいた。
美柳彩夢だ。
父は朝から夕方まで田畑を耕し、母は農作業の手伝いと家事をこなし、僕とアヤメはそんな二人をもの珍しそうに眺めながら村や山や川を走り回っていた。
誰にだって少年時代はある。僕も当時は普通の子供らしく、日々を楽しんでいた。
でも、僕は、ずっと子供のころから不審に思っていた。
この村での固定的な概念と、
そして、自分の出生について。
自分は両親の本当の息子ではないのかもしれない――そんな風に思い始めたのはまだ小学校も入っていない頃のことだった。僕は父親とも母親とも妹とも何となく違っていた――ような気がしていた。
僕の両親はこの杜九茂村の一般的な農家と同じく、毎日田畑を耕して生活していた。杜九茂村の気候がよかったからか、目立った不作もなく僕たちは安定した生活を続けていた。
みんなそれで満足していた。両親も妹も、近所の友達も、近所のおじさんたちも、おばさんたちも。でも、僕は少しだけ満足をしていなかった。僕は両親たちみたいな考え方にずっと疑問を持っていた。
僕は、もしかしたらこの村の人間じゃないのかもしれない。
もしかしたら、両親の子供じゃないのかもしれない。
そうは思っていたが、僕はそんなことを表に出さず両親と妹に普通に接していた。
尋常小学校に入ってから僕は本を読むようになった。
初めはひらがなだけの本だった。そして漢字の混じった本になり、読む本も増えていき、3年生ぐらいになるとたくさんの本を読むようになっていた。いわゆる、読書少年になっていた。この村では読書少年は珍しくて、僕は同級生からたまに奇異の目で見られることがあった。両親は読書する僕を勤勉だと褒めていたが、両親たちは僕が読んでいる本の内容をさっぱり理解していなかった。両親は全く本を読まない人たちだった。
イワンの馬鹿だと思った。この村の人たちが。
しかしまぁ、たとえこの村の人たちがイワンの馬鹿だったとしても、べつに村の人たちを嫌ったりとか、両親を嫌ったりなんかはしなかった。村でも家でも平和な日々が過ごせて、僕はそれでそれなりに楽しかったし。……でも、何かが違うような気がした。自分はホントは美柳家の子ではないのか――とまた勝手に思っていたりしていた。
そして、我が妹のアヤメ。アヤメは目に入れても痛くないようなかわいい妹だった。凄く律儀な奴だった。時代が時代だから(明治時代)女の子はおしとやかでいるようにと教えられていたんだろう。
妹はいつも僕を覗いているような気がした。ふと部屋の入り口を見ると時たまそこにアヤメの姿があったりする。アヤメは僕の読書をじっと眺めていたようだった。僕はそんなときはアヤメに手招きし、部屋に入れて話をしたり遊んだりしていた。
アヤメも気づいていたんだろうか。僕がこの家の人間ではないかもしれないということを。アヤメが僕を見る目は自分の兄を見る目と少し違うように思えた。
僕のちょっとした憂鬱をよそに平和な日々は過ぎていった。戦争に勝って日本もすっかり豊かな国になったそうだが村での生活はあまり変わらないものだった。
そしてある日突然、僕の、美柳治の平和な日々が変わることとなった。
僕が12歳の時。僕は相変わらず読書に耽りながら村でのんびり過ごしていた。ある日、学校から家に帰ると、家の前に黒い箱型の機械を見つけた。
それは自動車だった。ちゃんとした自動車を生で見るのは初めてだった。その自動車は漆黒色だった。
僕はその自動車を通り過ぎ家へと入っていくと、母が僕を客間へと連れて行った。客間に行くとそこにスーツを着た硬い格好の男二人が座っていた。僕はそのとき夢でも見ているんじゃないかと思った。
その二人の男の前に母と共に座った。僕が座ると正面の男が口を開いた。
『君が治くんだよね』
確認するように男が言った。僕は一体これから男たちは何を話し始めるんだろうかと不思議に思っていた。
『実はね、治くん。君は本当は……遠藤家の息子なんだよ』
僕は、口を開けて驚いた。
まさか、本当に僕が……別の家の子だったとは。
僕は隣の母の顔を見た。母はうつむいたまま僕の方を見なかった。
その後、僕は遠藤家に引き取られた。
その二人の男いわく、僕は捨て子だったそうだ。
遠藤家はいわゆる名家ってやつだった。岩崎の何とか会社並の凄い権力をもった家だったそうだ。
まぁ僕は、その名家のことなんてあまり深く考えてなかった。というかあんまり好きじゃなかった。
僕の本当の父親とかいうやつの名前は遠藤金治郎だ。その父親とは何回かほど話をしたことがある。実の父親だったけどあまり会ったことがない。だって僕は……その父親と愛人との間に生まれた子だったからだ。
僕の本当の母親、僕を捨てた母親のことはさっぱり知らない。うわさで死んでしまったと聞いたことがあるが……。しかしまぁ、自分を捨てた母親なんて会いたいとは思わない。僕は確かにあの平凡な美柳家から、名家の厳かな遠藤家へと移ったのだが、僕は遠藤家の中で一人孤独に生きていた。愛人との間にできた子なんかに誰が相手をしようというのだ。周りの親戚や使用人たちは表面上は優しく接してくれたが、僕と深くかかわろうとはしなかった。そして僕も、そんな遠藤家の人間達と距離を置いて一人読書に明け暮れていた。
僕は遠藤家の当主である金治郎に中学校へ通わせてもらった。そして学校だけでなく、家には家庭教師の人が僕の勉強を見てくれた。いわゆる英才教育ってやつだろうか。孤独だった僕は現実逃避するかのように勉強に打ち込んだ。
たまに村のことを思い出すことがあった。特にアヤメのこととか。あいつは何をしているだろうか。ちゃんと生きているかだとか。
そして僕は留学することになった。おそらく、厄介払いのために外国に追いやろうとしたんだろう。せっかく家に連れ帰っておいて厄介払いするとは大人とは訳の分からない人間だと思った。
留学先は独逸だった。
そして、その独逸にて僕は……錬金術師赤い石に目を付けられて……。
不死身。
不老不死。
――の円堂治へと生まれ変わった。
僕が独逸で起きたことについてはまぁ割愛しておこう。時間があれば話してもいいが、今はあの村のことについて重点的に話そう。
そう、あの村のことを。
不死身の身となった僕はしばらく独逸で日々を過ごし、そしてその後なんとか帰国船に忍び込んで日本に帰った。僕は遠藤治ではなく円堂治となった。だからもう遠藤家とは関係ない。
というか、不死身で不老不死の僕はもう人間とは関係のない存在だった。
しかし――僕はなぜかあの村に行こうとしていた。あの僕が生まれたと思っていた、僕が育った杜九茂村に。あの平凡すぎるほど平凡で、平和すぎるほど平和で、病的なほどにつながりの強い村へと戻っていった。
僕は久しぶりに美柳家に来た。両親はどうなっているだろうか。アヤメは……もう高校生だろうかなどと考えながら美柳家の中に入っていくと、そこには、光のない居間に沈黙のまま座り込んでいる――アヤメの姿しかなかった。
『あなたは……治さん……ですか』アヤメは力のない声でそう言った。
僕がいなかった間に――美柳家はすっかり様変わりしてしまっていた。
美柳家だけでなく、美柳家を取り巻く環境も変わっていた。
僕はアヤメから話を聞いた。アヤメの話によると、僕が遠藤家に引き取られて4年ほど経った後、父親が病気に罹ったそうだ。その病気は顔をむしばまれていく病気で――父はひどくただれた顔になっていたそうだ。村の人たちはそんな父の顔を恐れて、美柳家から距離を置くようになったそうだ。そして、父親の病気が酷くなるのと比例して美柳家への村人たちの仕打ちが酷くなっていったそうだ。村長が美柳家を村八分にして、村人たちは美柳家の人間を無視し続けたそうだ。今のように便利な世の中とは違い、電化製品や車もろくにない村では近所づきあいがなくなると生活が厳しくなった。共同で使っていた塵捨て場は使えなくなり、山に入るのも禁止されたりと……不便な生活を強いられていた。
やがて父親は病院に入院することになるが……それでも美柳家への仕打ちは収まらなかった。
『あそこの家は呪われている』『あの家の父親は化け物だ。母親も化け物で娘は化け物の子だ』
など、根も葉もないうわさを吐かれて、さらに働き手もいなくなった美柳家はいっそう苦しい生活を強いられることとなったみたいだ。
アヤメは一言も言っていなかったが……おそらくアヤメも両親と同じように虐められていたんだろう。学校で……同級生に。ちらりと見えたアヤメの背にはたくさんの打撲の跡が見えた。
苦しい生活をしていた美柳家。それでも必死に生きていこうとした母親だったが……しかし母親はある日倒れてしまった。母親は無理をしていた。畑の真ん中でうつぶせに倒れた母。学校から帰ってきたアヤメはそれにすぐに気が付き、母の元へと駆けていった。アヤメは突然の出来事にどうしていいか分からず、村の人たちに助けを求めたそうだ。まず、アヤメは隣の家へと向かい戸をドンドンと激しくたたいた。その音に気付いて出てきた奥さんはアヤメの顔を見るといやな顔をしたそうだ。アヤメが母親が倒れたとその奥さんに話したが、奥さんはアヤメの話を聞いた後ぴしゃりと何も言わず戸を閉めたそうだ。アヤメはとにかく母親を助けようと、ほかの家へと向かった。しかしそこでも同じような対応をされた。続いて向かった家では、旦那さんが出てきて、アヤメの姿を見るなりアヤメの顔を問答無用で殴ったそうだ。アヤメは途方に暮れた。走って母親の元へと戻り、アヤメは小さな体で母を背負って診療所へと向かうことにした。しかし体の小さなアヤメでは母親を背負うことすらままならない。アヤメは歯を食いしばり背中の母を引きずりながら……長い時間を費やしながらなんとか診療所へと着いたが……アヤメの努力は水泡に帰した。母親は死んでしまった。過労死だ。
僕はその話を聞いた後、何ともいえない嵐のような激しい怒りを感じた。僕は村人たちを恨んだ。あいつらはよくよく考えれば本当につまらない奴らだった。あいつらは普通から外れることを極端に嫌っていた。父親が病気にかかっただけで、人の家のことを呪いだとかほざきやがる。
僕は村人たちを憎んだ。僕を育ててくれた父を差別し、それにより過労となった母を見殺しにし、そして、僕の大切な妹のアヤメを虐めて……。
そんなに異端が嫌いなのか。お前たちは。
ならば、異端なる僕が、不死身の僕がお前たちを殺してやる。
僕はアヤメの背中をさすった。その傷だらけの背中を。
安心しろ、アヤメ。僕がお前を護ってやる。
こんな狂った村、滅ぼしてやる。
僕はナイフを手にし、夜の村を徘徊していた。その姿はさながら鬼のようだっただろう。
僕は憎しみに満ちていた。絶望に満ちていた。恨みに満ちていた。
そして殺意に満ちていた。
家へと入る。田舎だから鍵なんてかかってない。家の中は黄色い光に包まれていた。
僕はその家の中の囲炉裏の方へと向かった。そこに3人の家族がいた。
『だ、だれだおまえは!』と声をかけられる。僕はその問いに答えず、声の主へと突撃し、その男の胸を刺した。
残った家族は恐怖で震えていた。
ああ。もっと恐怖しろ。
僕はその二人も殺した。
3人殺した後、次の家へと向かった。家の中に入る。そこも3人の家だった。僕の元に中学生ぐらいの女の子が寄って来た。僕はその女の子を無慈悲に刺した。そして次に残った両親たちに目を向ける。近くにいた母親を刺した。そして次に父親を……と思った瞬間、パン、と音がした。そして焦げたようなにおいと、自分の血の匂い。
僕は撃たれた。
だが、急所には当たっていなかった。
僕は痛む体を押さえ何とか立ち上がる。立ち上がると男は2発目を撃った。
そして3発目、4発目。
僕は地面へと倒れた。だが、こんなのへっちゃらだ。
不死身の僕にとっては、どうってことない。
一分後、僕は復活した。
立ち上がる。そしていがんだ顔の、猟銃を持った男の元へ駆け胸を刺す。
これで、5人殺した。
次の家には夫婦の二人が棲んでいる家だった。僕は有無を言わせず、料理中だった奥さんを刺した……が、僕は返り討ちにあったみたいだ。とっさに、奥さんが持っていた包丁で僕を刺したみたいだ。
だが、僕を殺したところで何の意味もない。
僕は刺されて倒れる前に、奥さんを刺した。僕と奥さんは同時に倒れた。
だが、生き残ったのは僕一人。
僕はのっそりと起き上り、旦那の方へと向かった。そして刃物で刺し殺そうと思たが、しかし、僕は腕をぐっと掴まれ、そして旦那の背中に背負われ、そして力強く投げ飛ばされる――いわゆる背負い投げという技を決められたみたいだった。この人は柔道の経験者だったのだろうか。
僕は背負い投げされた瞬間、力が緩んで持っていたナイフを落としてしまった。そしてそのナイフは旦那の手に渡っていた。旦那はそのナイフを手に僕を刺そうとした。僕の胸にぐさりと旦那は刺した。
しかし、刺されたぐらいじゃどうってことない。僕は何回も痛みを経験しているんだ。だから、こんなこと些細だ。
僕は刺されたまま、男の首に手をかけた。腹から血が流れている。しかし、それをこらえていた。そして僕は旦那を絞め殺した。
これで……八人殺した。八人殺し。
しかし……まだ八人だ。まだ全然だ。
村人全員死ななければ納得しない。
僕は家を出て、村長の家を目指した。
まずは、首謀者を殺すことが先決だろう。
小さな山の近くにある、大きな村長の家。その家は山までの道路を辿っていけば着くところだ。
僕はゆっくりと村長宅へと向かっていった。しかし、僕が想像していた場所には村長の家はなかった。まるで売り払われたみたいに。
『村長さんは……引越ししたんですよ。……北の村の中央に引越したんですよ』
後ろから声がした。振り向くとそこにアヤメの姿があった。
アヤメは悲しい目で僕を眺めていた。
『治さん、やっぱり私たちは……壊れていたんですよねぇ』
壊れている? ふざけるな。そんなバカなこと……。
お前は壊れてなんかいない。
お前は……僕の大切な妹だ。
お前だけは……失いたくない。
もう、自分さえも失ってしまった僕にとってアヤメは最後の砦だった。
『治さん、私と一緒に死にましょう』と言って、アヤメは懐からナイフを取り出した。
そして……アヤメは僕を殺した。
僕は山までの道の真ん中で息絶えていた。
そうか……村長は引っ越ししていたのか。
ついで、アヤメが自殺をした。
これが100年前の惨劇だ。




