五月の空の下で
目が覚めるとそこに果てしない空があった。
気持ち悪いぐらい透き通った青の、五月の空だ。
「お目覚めかしら、大量殺人犯くん」
皮肉った口調で、蝶のような少女――夢見ヶ原サツキが、上から顔を覗いて声をかけた。
はぁ、とため息をつく。
僕は当然のことながら……生きていた。
「お前が……僕をここに運んだのか?」
「そうよ。君にいろいろ聞きたいことがあったからね」
「教室……1年E組は」
「ご存じのとおり、皆殺し状態よ」
「そうか」
みんな、死んだのか。
伊東も岩崎とその子分も……。そして、アヤメも。
僕がすべて殺したようなもんだ。僕がすべてを壊した。
僕は空を見上げる。空はすっかり夕焼け空になっていた。
僕は何時間ぐらい死んでいたんだろうか。死んだのは……11時ごろだったろうか。そして今は4時ごろ……。多分、死んでから生き返るまでは多くても1時間ぐらいしかかからないので、僕は生き返った後……3時間ほど眠っていたんだろう。
五月は眠たくなる季節だからなぁ。
「それで治くん、というか円堂容疑者。まだ未成年だから少年Oかな? 今回の事件のことについて詳しく話してほしいんだけど?」
「取り調べのつもりか?」
「そうよ」
そんなの、警察に行ったときにすればいいものだと思うが。
しかし……サツキには若干の恩がある(そんなのあったけ?)ので、義理として話そうと思った。
「それじゃあ話すよ……。まずは……伊東を殺したところからか」
「あ、その前に……あの伊東の傷害事件について話してくれないかしら? あれって結局……治くんがやったのよね」
「ああ」
「アヤメちゃんが犯人じゃなかったのね……。私も最初アヤメちゃんがやったと思っちゃったわ……」
「あいつは……殺人なんかやらないよ」
唯一殺すのは僕ぐらいだ。
家族くらいだ。
「そうよね……普通に考えればあの子虫も殺せないような子だからねぇ、それに比べると治くんは何でも無差別に殺しそうな人だからねぇ……」
「僕が、伊東を刺したんだよ。あの日の朝……僕はアヤメよりも早く起きて、路母太公園に行って、そして、茂みに隠れて伊東がやってくるのを待ち伏せしたんだ。伊東が毎朝ランニングしていることはうわさで聞いてたんだよ。伊東のうわさは女子の間で縦横無尽に飛び交っていたからなぁ。そして、茂みから伊東の足を刺した。そして、僕は伊東がうずくまって動けないことを確認して……茂みから出て伊東を殺そうとした……んだけど」
「んだけど?」
「その時、アヤメが現れたんだよ。なぜか。突拍子もなしに。僕は茂みから出ることができなかった。なぜアヤメがここに……たぶん、アヤメは僕を追いかけてきたんだと思うんだよ。僕が朝早くに家を出て行ったことに気づいて……不審に思ってきたんだと思うよ。それで僕はアヤメに見つからないように茂みの後ろから走って公園を去っていったんだよ。そして家について、布団に入って二度寝して……しばらくしたら、玄関の扉があく音がして、そしてまたしばらくしたらアヤメが僕を起こしに来てた……というわけなんだよ」
そしてその後アヤメと仲良く朝ごはんを食べた。アヤメは何も聞かず、僕も何も聞かず、言わず。
しかし、アヤメは不審に思っていたみたいだ。だからその日の晩……アヤメは僕の部屋に入って僕の凶器を確認していた。本当に僕が殺人をしていたか……確認していた。そして、風呂上りの僕とはちあわせになって……おびえてしまった。
「なるほどね。それじゃあアヤメちゃんはただ伊東の前にいただけなのね。治くんが伊東の足を刺したのを目撃し、それに驚いて伊東の元へと走っていった、そして伊東がアヤメちゃんの姿を見る、甲斐性なしの治くんは逃げていった……と。はぁ……。やっぱり悪いのは治くんだったのね」
ああ、総て僕が悪いんだ。
「……治くん、このことを言うのは……ちょっと遅かったかもしれないけれど、実はね、伊東はアヤメちゃんと寝ていなかったのよ」
「えっ……それって」
「確かに伊東とアヤメちゃんはラブホテルに入っていったんだけど……そこで何もしなかったそうよ。伊東はアヤメちゃんにキスをしようと思ったんだけど……そのときアヤメちゃんの首元をちらっと見たそうなのよ。で、その首元には自殺した時に頸動脈を切った時の傷があったのよね。伊東はその傷を見てビビったみたいなのよ。そして第六感が働いて……アヤメちゃんがただならない人間だと感づいたみたいね。ビビった伊東は、そんな人間か化け物かもわからない女の子とは寝れるわけなく、お金を投げ捨ててホテルから逃げてったそうよ。で、アヤメちゃんはその伊東が投げ捨てたお金で生活していたというお話なのよ。ちなみに、この話は当事者である伊東優太くんを脅して聞いてきた話なんだけどね」
『や、やめてくれぇ! 俺は! 俺は何もやってないんだ!』
伊東が確かそんなことを言っていたような気がする。つまり本当に伊東はなにもやっていなかったのか。
まぁ、お前のせいでアヤメが虐められることになったのには変わりないが。
「つまり、アヤメちゃんは処女ってことね」
「そうか……。それはよかった」
変な男に処女を取られて死ぬよりかはましであっただろう。
「ええと、話がいろいろ脱線しちゃったけど、治くんの取り調べに戻るわよ。伊東を殺したときの話をしてくれないかしら」
一人目、伊東を殺した時のことを詳しく話す。
詳しくと言ってもあまり話すことはない。ただ殺しただけだ。それ以外に話す必要があることなんてあるのだろうか。
「ほぉほぉ……随分と残虐なことをするんですねぇ治くんは。ええと、次は教室での惨殺のことを話してくれる? アヤメちゃんに殺されたことも含めて」
僕は教室に入ってから、岩崎と岩崎の子分そして担任を殺したこと、そして最後にアヤメに殺され、アヤメが自害したことを詳しく話した。
嫌なことを話すのは、正直疲れる。
「はぁ……。なるほどねぇ。それじゃあSENRIGANの映像は嘘ついてなかったってことね。教室に散乱する死体、刃物を持ったアヤメちゃん。でも私たちの認識が間違ってたみたいね。クラスメートを殺していたのはアヤメちゃんじゃなくて治くんだったのねぇ。それじゃあアヤメちゃんが殺したのは、結局のところ治くん一人……いや、治くん死んでないから、実質一人も殺してないってことになるのね」
いや、アヤメは人を一人殺している。
自分を殺しているんだ。
「それで……八人、いや九人が死んでしまったのね。殺されたのは八人ってことだけど。……八人? 八人って……これって『杜九茂村八人殺し』と同じじゃないの!」
「ああ。同じさ」
「同じさって……治くん、あなたまさか過去の事件を再現しようとかしてたんじゃないわよね……」
「いや……再現するつもりはなかったさ。ただ偶然にそうなっただけだ。ただ偶然おんなじような事件が起きて……おんなじように終焉しただけさ」
「偶然おんなじような事件が起きたのは置いとくとして……どうしておんなじように終焉させたの? 治くん、そんな終焉の仕方間違っているのに、どうしておんなじことを繰り返したのよ」
「歴史は繰り返すっていうじゃないか。僕はあの日からちっとも進歩していなかったてことだよ……。だから、おんなじように事件を終焉させたんだよ」
「おんなじようにって……治くん、まるで君が『杜九茂村八人殺し』をやったみたいな口ぶりじゃないの」
「まるでもなにも、僕がやったんだよ、『杜九茂村八人殺し』は」
「えっ……それじゃあアヤメちゃんは」
「だから言ったじゃないか、アヤメは人を殺すような奴じゃないって。あの日、僕は今日とおんなじように人を殺したんだよ」
僕は言い終えた後、夕焼けをぼうっと見た。
「話してくれない治くん。その……君がやった、杜九茂村八人殺しについて」
「ああ……」
僕はあの忌々しい事件について語り始めた。




