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夢見鳥の舞う社  作者: カッパ永久寺
第二章 哀縁気炎
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歪み

 ガラス窓から覗かれた景色は異空間だった。

 アヤメは、服を、脱がされて、

 無理やりに、乱暴に、脱がされた、

 岩崎の手下に拘束され、地面に押さえつけられ、(はりつけ)られ、

 ぱしゃりと光を投げかけられ、

 撮影され、

 あちこちを、撮影され、

 次に現れたのは、熱い銀色の鉄の棒。

 半田ごて、電気プラグにつながれた鉄の棒、

 それはかすかに蒸気を上げていた。

 それが、アヤメの身体へと降ろされる。

 ジュウ――肉が焼ける音が聞こえずとも想像できた。

 アヤメのあちこちが焼かれている。

 アヤメのあちこちが焦げている。

 アヤメは歯を食いしばってじっと耐えている。

 肉は残酷に溶けていく。

 煙は無慈悲に立っていく。

 間に入る、醜い女たちの、(わら)い声。

 悲痛の顔。

 嘲笑の顔。

 対立する顔が、凶器の空間を生んでいた。

 この空間は歪んでいた。

 歪み過ぎて、壊れる寸前の建物のようだった。

 醜い女たちは、虫けらみたいに――アヤメを、遊んでいる。嗤っている。(なぶ)っている。

 アヤメは、壊れる寸前だった。

 ずっと我慢している。何があっても、何をされても……。あいつは、律儀だから、おしとやかだから、だから……押しこめてしまう。すべての、いやなことを。

 それを出すことは禁忌(タブー)だと思っている。

 あいつは、律儀だから。

 しかし――溜められた感情はそう簡単に排出されていくものだろうか。

 還元されていくものだろうか。

 もはや――アヤメは、溜められたものを処理する能力が、もうオーバーヒートしかけているのかもしれない。そのオーバーヒートを感知し、警報機がウンウン(うな)って、そして終に爆発し……

 そして、殺人を犯す。

 今日の朝の傷害事件みたいに。

 あのSENRIGANみたいに。

 ……これは、とんだお笑い草だ。

 笑ってやりたい。本当に、笑ってやりたいぐらいの因縁だ。

 アヤメ、お前には何も……。

「あはははははは!」

「あはははははは!」「あはははははは!」

 醜い女たちの饗宴はその後もしばらく続いた。


 そして、一時間後……。

 僕は再びアヤメの教室を訪れ、教室に入り、教室の教卓側にいる裸の少女――アヤメの元へと向かった。

「アヤメ」

 声をかけた。声をかけることぐらいしか出来なかった。

 アヤメは、体を悶えさせながら、立ち上がった。その姿を見て、僕は急いで反対側の壁を向いた。

 衣擦れの音、アヤメは着替えている。

「……もういいですよ」アヤメが言った。

 振り返ると、制服姿の、いつものアヤメ――

 ではなかった。いや、いつもと同じアヤメであるのだが、顔色が、もう真っ黒になっていた。まるで、暗闇に浸食されたかのような暗さだった。精神が限界まですり減らされたのだろう。もう、こいつは限界なんだ。

「アヤメ、助けてほしいか」

 アヤメに告げる。返答を待つ。

「治さん……助けなんていりません。治さんの手を煩わせるわけには……いきませんから」

「そうか」

 こいつは、本当に律儀だ。

 生まれた時代が違うせいでもあるかもしれないが……こいつは、筋金入りの律儀な奴だ。

 だからこそ、美しく。

 だからこそ、苦しい。

「お前を……助けちゃだめか」僕は言った。

「僕が……岩崎たちをなんとかするから、だからお前は」

「そんなことしないでください」アヤメが淡々とした口調で言った。

「治さんがそんなことしたら……どんなことになるか、私知ってます。岩崎さんは……社長の娘で、岩崎さんに目を付けられたら……どうなるかわからないんでしょう。治さんがそんなことになるほうが……私、嫌です」

「そんな話……どうでもいいじゃないかよ! 岩崎がなんだっていうんだ! 権力がなんだ! そんなの僕には関係ない!」

「ダメです! ――治さん、自分を大切に、してください……」

 僕は言葉を失った。お前が、それを言うのか。

 大事にするのは、お前自身の方じゃ――ないのか。

 どうしてお前だけ、不平等に被害を受けなくちゃならないんだ。

「アヤメ――」

 どうして、助けてほしいと言わないんだ。

 どうして、手を伸ばさないんだ。

 どうして、涙を流さないんだ。

 もう、溜めこまなくてもいいのに……。

「治さん……帰りましょうか。もう、日が沈みそうですし」

「ああ……」

 力なく僕は答え、そしてアヤメと共に忌々しい教室を後にした。


 それからの出来事は、本当に普通の出来事だった。

 いつもと同じように下校し、家に着き、簡単な夕食をアヤメと一緒に作って、3人で食べて、無味乾燥なテレビ番組を眺めて、隣のアヤメはババアと仲良く話をしていたり、デザートのみかんの缶詰を食べて……。

「な、なんだかほっぺが落ちそうなほどの甘さですね! 治さん」

「ああ。砂糖の味がするな」

「でも虫歯になっちゃいそうで怖いですね! ちゃんと歯をみがいとかないと!」

 アヤメは普通だった。いたって普通。

「へぇぇ。おばあさんって昔は教師だったんですか」

「そう、よ。こく、ご、の、せん、せい」

「国語ですか……。私、国語は苦手ですね。いつも漢字を旧字体で書いちゃうんですよぉ~」

 などとババアと歓談していた。僕もたまに旧字体で字を書いてしまうことがある。自分の名前の(えん)の字もよく(えん)と書いてしまう……。

 そして食器の後片付け。食器洗い、風呂、そして睡眠と順調に時間が過ぎていった。

 そう、いつもの日常だ。何の変りもない、普通の日々だ。

 風呂から上がった僕は、しばらくリビングでゴロゴロした後二階へと登った。アヤメはもう寝たのかなぁと思いながらゆっくりと木の階段を上る。

 そして自分の部屋へと向かう。

 部屋の扉を開けると――そこに、アヤメが立っていた。

 刃物を手にして――。

「アヤメ――」

 僕は小さく呟いた。その声を聴いて、刃物を手にしたアヤメが振り返った。

「ぁ――――、治さん……。……えと、これはその」

「どうしてそれを持っている」僕は問いただす。

「どうしてって……ええと。私には……わかりません」

 アヤメは、答えた。

「私……わかりません。どうしてあんなことが起きたのか、どうして、今日の朝、あんなことに……なんで、なんで……私」

 刃物を持ったアヤメは『なんで』という言葉を何回も言い続けた。

「とにかく、その刃物を置け」

 アヤメは言われた通り、刃物を机の上にそっと置いた。


『いやぁ、実はねぇ、その刺された男の人の証言によるとね、刺された直後に犯人の姿を見たっていうんだけどね……今朝は霧が出ていてあまりはっきりとは分からなかったけど小さな高校の制服を着た女の子が目の前に立っていたって言っているのよね』


 そんなことを、誰かが言っていたが……。

「私、私……」

「落ち着け、アヤメ」

 僕はアヤメを抱き寄せた。

「ごめん、僕のせいで……」

 僕のせいで、お前をこんな風にさせてしまって……。

「今朝のことは忘れろ」

 忘れることなんて、できないかもしれないが。

 本当に僕はどうしようもない人間だ。アヤメを助けることができない、何もできない、動けない。

 僕はどうすればいいんだ。

 明日だ。

 明日が、あのSENRIGANに移された、最悪の結末。

 また、あいつは悲しい運命を背負って――死んでしまうのか。

 それだけは――何としてでも止めないと……。

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