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夢見鳥の舞う社  作者: カッパ永久寺
第二章 哀縁気炎
13/26

残刻な時刻

 日常は残酷に過ぎていく。

 時間は歩みを止めない。時間のベクトルは前にしかなく、戻ることは決してない。

 今が積み重ねられ、過去は次第に薄くなり、そしてやがて過去は踏みつぶされ消滅する。

 しかし――それでも消滅しない過去も……ある。

 深く深く刻まれた傷は不死身の僕でも治すことができない。

 それは、表面に現れる傷でなく、内面の、ずっと奥にある心の傷だ。


 とまぁ……どうして僕は感傷なんかに浸っているんだろうか。

 夕焼けを眺めているからだろうか。なんで夕焼けを眺めていたら感傷的(センチメンタル)になってしまうかさっぱりわからないが……。

 隣のサツキを見る。サツキは屋上の水色のタイルの上に座って深い青色の革の表紙の分厚い本を読んでいた。何の本だろうか。

「ふぅむ……惨殺事件ねぇ」

 なんだか物騒なことをサツキはつぶやいていた。サツキが物騒なのは今に始まったことではないが。

「どう思う? 治くん。1時間で村人8人を惨殺! これって凄くない?」

「そりゃぁ……いろんな意味ですごいな」

 短時間でそんなに殺せたことも凄いし、そんなこと思いついたことも凄いし。

「それにこの事件、高等小学校、現在で言う中学生がやった事件よ。しかも女の子よ」

 それは凄いや。女子中学生が村人たちを滅多殺しなんて、なかなか絵になるんじゃないか。

「その女の子は、どうして村人たちを殺そうとしたんだ?」

「怨恨だそうよ。そこの村は地域のつながりってもんが強かったらしくてねぇ。村人は女の子の住んでいる家を村八分にしていたそうよ。村八分にしていた理由はなんとまぁくだらない理由で、そこの家の父親が病気に罹ってて、その病気を恐れて村八分にしていたそうなのよ」

「へぇ。確かに古い村とかってなんか妙にというか病的に近所の付き合いが強いからなぁ。しきたりとかしがらみとか……」

「そうね。それで輪の中から外れた人は排斥されるのよね。いわゆる差別ってやつね。日本人って案外差別大好きなのよね。過去に悪いことしたり、もしくは悪い親戚とかが居たら就職とかできなくなるし、オタクはバッシングされるし! 人間ってどうして差別が好きなのかしらねぇ!」

「他人なんてどうでもいいんだろうな。自分が安全で万全であることに浸りたいんだろうな」

 人間はどうしてそんなに安全を求めるんだろう。違うもの、違う人間を嫌うんだろう。

 人間というものは本当に勝手な生き物だ。

 そういう僕も勝手な人間の一人なんだが。

「しっかし世の中にはいろんな事件があるわねぇ。恨みに嫉妬に欲に快楽……。人間って本当に面白いものだわ」

「その本の話か」

「そうよ。治くんこの本読んだことある?」

「ああ」

 虚幌高校の図書館の本はすでに全部読みつくしている。古いものから新しいもの、日本語のものから外国語のもの、ライトノベルに漫画に辞書や図鑑、参考書、専門書など……あらゆるものを読みつくした。不老不死の僕には大量の時間があるので、それらを読みつくすのはたやすいことだった。

 なにより、時間が有り余ってて暇だったしな……。

「でも、何より凄い殺人はやっぱりこれね」

「何のことだ?」

「これよ」

 サツキが見せた本は――先ほどの深い青色の革の表紙の分厚い本とは変わって、赤い革の表紙の本へと変わっていた。

 それは歴史の本だ。その本のあるページをサツキは開く。そこには……白黒写真に写る、焼けた街の情景があった。

「戦争よ」サツキは言った。

「これだけ大量に人を殺すなんて(すご)いというか(むご)いというかねぇ……。しかも無差別に殺すのよ? 殺した奴にはただ命令されて殺してるのよ。国のためとか家族のためとか言ってるけど、でも戦争はただの人殺しよ、殺人よ」

「戦争は……殺人なんかじゃないよ」

「何をいってるのよ? 人を殺してるんだから殺人に決まってるじゃないのよ?」

「確かに人を殺してる。でも戦争はもっと規模の大きい殺し合いだよ。国と国との戦いだよ。兵士はその国の(コマ)でしかないんだよ」

「そんなことは分かってるわよ。そんなこと言っても殺人は殺人でしょ。屁理屈みたいなこといわないの!」

 サツキに叱責された。

 しかし、僕は思う。やはり戦争は、単なる人殺しではないと。

 いや、人を殺していることには何の変りもないことだが、戦争はその量が……普通と違う。

 何百人何万人何千万人……もの人が死んでいく。尋常じゃないほど人が死んでいく。それは人を一人殺すのとは全く違うことだと思う。そう、全く違う……。あくまで、気持ちの違いだけなのかもしれないが……。

「戦争で死んだ奴は……死んだあとどうなるんだろうなぁ」

「うん? えっと、やすくにに奉られるんじゃないの?」

「いや……そう言うことじゃなくて、天国か地獄に行くのかなって」

「そうね……。人間を何人殺したら地獄行きなのか、それともどんな動機でどんなふうに殺したかで処分決まるのか……そんなことはあの世のことだから私たちには考えようもないことよねぇ」

 サツキはみかんのような色の空を見上げる。

「でも……とにかく人殺しは駄目なことだと思うわ」

 サツキは言った。

 僕の心にその言葉が矢のように突き刺さったが、不死身の僕には全然効かない。

「治くん、君は一体何回人を殺したことがあるの?」

 サツキは問い詰める。それは、この前も聞かれたことだ。

「……答えたくない」

「少なくとも1回以上は殺してるのね」

 その1回はこの前の浜田のことだ。

「ねぇ、治くん、人を殺したあとって苦しくなったりしないの? ほら、浜田の怨霊が見えたりとかしてさぁ、そんな風な感じなことはないの」

「ないよ……」

「あれぇ? そうなの? ……やっぱりそう言うの感じたりするのは人によりけりなのかなぁ」

 実際のところ、あのあと一度だけ浜田の夢を見たことがあったりする。

 夢の中の浜田は泣きじゃくって懇願していた『俺を助けてくれぇ!』『もう虐めをしたりしない!』と。

 僕は夢の中の浜田を何のためらいもなく――殺した。

 そして目が覚めた。

 どうにもつまらない夢だった。あまりにも陳腐すぎる。もっとおぞましい夢とかだったら面白かったろうに。

 僕も……まだ不老不死になってから最初のころは、生まれたてのヒヨコのようなピュアな心を持っていたはずである。

 それが今ではもう、意味不明なダークマターへと化している。時間というのは恐ろしいものだ。人間の心をずりずりと擦りつぶしていってしまう。

「……そーゆー治くんに『人殺しはダメ』とか馬の耳に念仏だと思うけどね……。でもやっぱり人殺しは駄目だと思うわよ。すべての物事を人殺しで解決しちゃあ誰もかれも死んでしまって自分一人だけになっちゃうわよ」

「そうはならないだろう。残るべき人間は、ちゃんと残るだろう」

「残るべき人間って……そんなのいるわけないでしょう。人は誰しも誰かから恨まれてると思うわ。どんな善良な人も誰かから恨まれてるわ。キリストだって迫害されてたんだもの。みんな誰かを恨んでいる。それを爆発させちゃったら人類滅亡ね」

「人類なんて……滅んじゃったらいいんだ」

「そしたら残るのは……治くんだけになっちゃうのかな」

「ああ……」

 もし人類が本当に何かの拍子で絶滅したら……僕は独りぼっちになってしまう。地球上で永遠に一人ぼっち。それは今以上の地獄なのかもしれない。

「うーん……。治くん、あなたどうしたら明るい人間に更生できるのかしらねぇ」

「僕を更生したいのか……」またぞの“墜落非行防止委員会”とか言うやつの活動なのだろうか。

「私はねぇ、楽しく生きてない人間は大嫌いなのよ」サツキが言った。

「……僕に楽しく生きろと?」

 どうやってそう生きろと言うんだ。僕はずっと生き続けている。その無量の時間の中ずっと楽しく生きろなんて……無理難題だ。飽和するに決まっているじゃないか。

「確かにね、治くん、君は不幸なのかもしれないわ。不幸の星の不幸王国の不幸村の不幸一家の不幸な息子なのかもしれない。でもね、いくら不幸でも楽しく生きることはできるはずよ」

「知った風なこと言うなよ……」

「そう言われても、私はあなたをどうにも理解することができないから……知った風なことしか言えないのよ。それは仕方のないことなのよ。相手のことは相手以外誰も分かることができないのよ。だから私は、私の価値観であなたに告げるわ。『人を殺すな』と」

 サツキはどうしてこんなに僕に突っかかってくるのだろうか。そんなに僕に楽しく生きてほしいのか。

 楽しい……。虐められてたら、一番楽しかったのに。それはもうなくなってしまった。僕自身で終わらせてしまった。

 僕は本当にこれから……どう生きていけばいいのだろうか。


 ****


 目障りだ。というか耳障りだ。

 こんなに遅れて発症するとは……。

 背後に幽霊がいる。いや、実際にはいないんだけど。というか幽霊なんていないんだけど。

『オ前ハドウシテ俺ヲ殺シタァー!』

 奇妙な声が背後から聞こえる。しかし気にしない。ただの幻聴だ。

 これは僕が作り出した幻想なんだ。

 浜田――あいつの幽霊の幻想だ。

『殺シテヤルゥ! 殺シテヤルゥ!』

 うるさいものだ。絶え間なくあいつの声が聞こえる。どうしてなんだろう。どうしてそんなものが聞こえるのか。やはりストレスから来てるんだろうか。なにせずっと虐められてないし。それも重なり、浜田を殺した罪悪感が幻想を呼び起こした――っていうそんな馬鹿なことが起きちゃってたりする。

 ああもぉ……めんどくさい。

 自分の造りだした幻想だからよけい目障りだ。

 こういうのはどうしたら治るんだろうか。お坊さんか巫女さんに(はら)ってもらえばいいんだろうか。

 巫女さん? ……まさか夢見ヶ原サツキ(あいつ)に?

 冗談じゃない。サツキに弱みなんか握られたくない。それになんか僕のことを笑いそうだし……。『昨日は偉そうなこと言ってたのに、治くんって案外お子様なのねぇ!』とか言われたくないし。

『殺シテヤルゥ! 殺シテヤルゥ!』

「あーもぉ! うるさい!」

「きゃっ!」

 あれ? 今人間の声がしたような……。

 前を見ると、廊下に女子生徒が一人。なんか子リスのようにぶるぶる震えながら突っ立っている。

 うわぁ、なんか変なところ見られたなぁ。しかも怒鳴っちゃったしなぁ。

 僕はとにかく、社交辞令で謝ろうとした。

「すいません……さっきのはその……独り言です」

 なんか微妙な言い訳だ。何年生きても言い訳は上達しないものだ。

「は、はぁ……」

 女子生徒は納得したのかどうかわからない表情で答えた。

 と、女子生徒の顔を見たとき、何か不思議な感覚に陥った。

 いや、待て……これはどういうことだ。そんなことが……。

 僕はぼうっとその女子生徒を眺めていた。

「あのぉ……」対する女子生徒はそんな僕を不思議そうに眺めていた。するとそっちも、僕と同じようにぼうっと相手を眺めた。

「お、おまえ……」

 その時にはもう、浜田の亡霊は霧のようにどこかへ消えていた。

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