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夢見鳥の舞う社  作者: カッパ永久寺
第二章 哀縁気炎
12/26

愛ゆえに

 痛みとは、一体全体何なんだろうか? 危険信号みたいなものだろうか。でも、赤信号には何の痛みもないと思うんだが。人間は痛みを感じたら赤く光ったらいいと思う。それならわかりやすいだろう。

 それならば、殺戮者もその光におののいて逃げるかもしれない。

 しかしまぁ、不死身の僕にはどうにも関係ない話だ。

「死ね死ね死ね死ね死ねぇーっ!」

 僕はもう、死んでいる。

 というか、殺されている。

 目の前の可憐な少女、夢見ヶ原サツキに殺害(ころ)されている。

 なぁんでこんなことになっているかと訊かれても……僕自身もよくわからない。

 朝登校してきたとき、廊下を歩いていると突然後ろから謎の影(サツキ)が接近し、そしてその影は僕の口にハンカチを当てて、僕の口を覆い……そして僕はなんか化学薬品的なもの(クロロホルムか?)をかがされ、そこから意識がすぅっと無くなり、気づいたら2階の実験室で、両手両足紐で拘束され、そして「死ねぇー!」とか言われて、ブスブスブスと滅多刺しにされて……。

 まぁつまり、今僕はサツキに監禁され、そして殺され続けている。“殺され続けている”という日本語は僕ぐらいにしか適用されないだろう。普通なら殺されたらそこで終了(エンド)だ。

 しかしまぁ、なんで僕は殺され続けてるんだろう。

 これじゃあまるで等活地獄だ。ここは人間界だけど。

「さぁて、それじゃあ次はどうやって君を料理しようかなぁ~」

 散々殺され続け感覚が麻痺したせいか、僕はサツキに微塵も恐怖を感じなかった。

 なんかもう、好きにしてください、僕の身体なんか……と自暴自棄になっていた。

 サツキは実験室の周りをぐるりと(まわ)っていた。サツキの着ている巫女装束は上も下も僕の鮮血で真っ赤に染まっていて、もう赤い着物に変わっていた。鏡が近くにないのでわからないが僕の身体もおそらくそれ以上の紅い惨状になっているだろう。もっとも僕の場合、放っておけば体も血も元に戻るんだけど。

「そういえば治くん、君の血って自然治癒した際どうなっちゃうの?」サツキはのんびりと尋ねた。

「ああ……。血はなぁ、僕の近くにあるやつは自然治癒とともに消滅するんだが、僕からある程度離れたところの血はそのままとどまるんだ」

「へぇぇ。どうりで私の服が血塗られてるわけだぁ」

 あの錬金術師(アルケミスト)から聞かされた話だが。僕の身体ってホント化け物だなぁ。

 サツキはあらかた実験室じゅうをめぐると、棚から一つの(ビン)を取出し、僕に見せた。

「硫酸よ」

 硫酸。化学の時間におそらく誰もが聞いたことがある薬品だ。

 酸性の強い劇薬で、金属もしくはそのほかいろいろなものを溶かしてしまう。

 もちろん、人間も溶かしてしまう。実際それで人間を溶かした事件とかあったしな……。

 サツキはくるくると壜のフタを開ける。そしてその容器の中身をそのまま拘束されている僕の身体へと垂らしていく。

「溶けろぉー!」

 ジュジュジュジュジュ……と固形の入浴剤が溶けていくような音を僕の身体全体が発していた。体中がピリピリというかビリビリというか、焼けるような感じがする。溶ける。溶けていく。ぐじゅぐじゅと肉が乖離(かいり)し、壮絶な痛みが体中に伝播していく。

 そして、肉が焼ける匂いがする。毒のような異様なにおいが鼻を覆う。

「なんかクサいね、これ」

 人に硫酸をかけておいて、なんてことを言うんでしょうか……この人は。

「やっぱりお風呂につけたりしないと効果ないのかなこれ。それじゃあ時間かかってめんどくさいわねぇ」

 サツキがそんなことを言っているうちに、僕の硫酸で焼かれた体は動画の逆再生のように元通りに治癒されていった。

「うーん、次はどうしましょうかねぇ」

 ぐさり、ぐさりとつぶやきながら僕をぶっ刺している。

 サツキはしばらくすると、後ろに向かい、そこにあったすごく大きなカバンに手をかける。

「今日のためにいろいろ持ってきたのよ。銃器に刃物類に毒に……まずはどれからしましょうか」

 そういうとサツキは“ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な”と小さな子供がおやつを選ぶ様につぶやく。僕を殺す凶器を選んでいるようだ。

「よぉし、これにしましょうか」

 というと、

 彼女は、黒い金属の塊を取り出した。それは、銃器だ。

 かちゃり、と音がする。

 細長い筒が向けられる。

「ハチの巣になれぇー!」

 耳をつんざく爆音が瞬間的に発せられ、多量な数の弾が肉体を穿(うが)つ。

 それは一つの衝撃となって、僕を幾度も震わせ、そして(たお)した。

 ううぅぅぅ……意識が糸のように細くなる。

「……快感!」サツキの恍惚とした声が聞こえた。

 僕は細い意識の中、どうしてサツキは銃器なんか持っているんだろうかと疑問に思った。親切な警察の人にもらったんでしょうか。

 細い意識が切れる寸前で……全身の痛みがすぅっと消えてきた。辺りを見ると、僕の周りにぶちまけられた鮮血は雲散霧消(うんさんむしょう)し、穴ぼこになって気持ち悪くなった肉は穿たれた穴を塞いでいた。

「よぉーし、それじゃあ次は……」

 間髪入れずに、サツキは凶器を探っている。

「やっぱり日本人はこれよね!」

 彼女は日本刀を持っていた。

 ホントどうやって手に入れたんでしょうか……。

 サツキはしばらく刀で遊んでいた。まるでチャンバラごっこでもするかのように。何かの必殺技を叫びながら抜刀したり、わざと峰の方を向けて暴れん坊将軍ごっこしたり、「またつまらぬものを斬ってしまった」と言って実験室の机を真っ二つにしたりと……。

 そして前座が終わると、僕の前へと向かい、そして、

「てやぁー!」

 僕を斜めに真っ二つに斬った。

 神経が一瞬にして空気のように飛んでいく。

 ――――――――。

 気づくと、僕の胸と腹に斜めの線が引かれていた。しかしその線はしばらくすると自然に縫合されていった。

 うわぁ、さすが日本刀だ。一瞬のうちに神経が飛んだぞ。今までの凶器の中で一番きれいに殺されたと思う。日本人に生まれてよかった。でも今の日本じゃ日本刀で殺されることなんてめったにないと思うけど……。

「うーん、刃がぼろぼろになっちゃっているわねぇ。これじゃあ繰り返して使うことはできないわねぇ」サツキは血塗られた日本刀を眺めながらため息をついていた。

 彼女は日本刀をそこらにおいて、次の凶器を探していく。

「うーん、今度はこれだぁ!」

 ゴーン、と地面を叩く音がした。

 それは鉛の重りを付けた――ハンマーだ。

 サツキは僕の方へ駆けよると、それを思いっきり、遠心力を駆使し、振り上げ、振り下ろした。

 ゴ――――――――――――ン。

 それは、僕の脳天にジャストミートしたそうだ。

 思考しようにも、脳が死んでいる。

 思考が強制終了した。

 ****……。

 ハッと目を覚ました。

 ひしゃげていたであろう頭は修復されていた。

「さてさて、そろそろ最後にしましょうか。うーん」

 サツキは楽しそうに凶器を探っている。頭が痛い。

「よし、これにしましょうか!」

 サツキは手に、黒い棒状のものを持っていた。

 それはバールのようなもの、というかバールそのものだった。

「バールって不思議なカタチしてるわねぇ。……えいっ!」

 脳天に、無理やりにバールが打ち込まれた。最悪にもバールのとがった部分がちょうど頭のてっぺんに当たり、頭をぷすりぐしゃりと(えぐ)った。というか頭が死んで、思考が強制終了された…………………………………………。

 うう……なんてこった。今日は本当に厄日だ。僕は何回サツキに殺されたんだろうか。

「ふぅ、とりあえず今日はここまでにしましょうかねぇ。はぁー! 楽しかったぁー!」

 楽しかったのならよかったんだろうか。

 いや、ちっとも僕にとってはよくないはずだ……。

 サツキは鼻歌を鳴らしながら僕を拘束している紐を日本刀で切った。僕はようやく地獄から解放された。

「どぉ? 楽しかったかしら治くん」

「…………」僕は沈黙する。

「あれぇ、治くんは虐められるのが好きだったんじゃないの?」

「あれは虐めじゃない。殺戮だ」

「いや殺戮だったけど、治くんはそういうぶっ壊れた愛が好きだったんじゃないの?」

 別にぶっ壊れた愛が好きなんじゃなくて、普通の愛が嫌いなだけなんだが……。

「こういうのは……なんか違う」

「何が違うの?」

「それは……」僕は口ごもる。何が違うんだろうか。

 サツキが虐めるからだろうか……。サツキは……浜田とかとは……違う。

「治くん、私はあなたを愛すると言ったのよ。だから私はあなたを愛しきるわ」

「そんなこと言っても、僕は君を愛さないよ」

「そう、それじゃあ寂しく一人で生きてなさい」

 一人で、ねぇ。

 浜田も死んだことだし、僕はこれからどうすればいいんだろうか。

 サツキに虐められても、快楽を得られない。

 だってサツキは――僕を愛しているらしいから。

 それじゃあ……虐めにならないじゃないか。

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