予断されぬ余談
あれから一日。
僕は普通の日々を過ごしていた。
そう、普通の。
何の事件もなく。
それは、異常だ。
――人が一人死んだのに、何の事件もないなんて、異常だ。
「ほっほっほ。よく育っておるのぉ」
老人が一人、花壇に水をやっている。花壇には白い花が咲いていた。
僕はその老人の方へと近づいていく。
「おぉ、治くんじゃないか。こんにちは」
「…………」僕はあいさつしない。
「これこれ、人と会ったら挨拶せんと。挨拶は大切なんじゃぞ」
「教師気取りかよ……」
「私は教師じゃぞ。この虚幌高校の校長葵手だ」
誇らしげに校長は言った。
「お前、何育ててるんだよ」
「ケシじゃよ」
「ケシって……」それは栽培しちゃいけないものじゃないだろうか。しかも学校ならなおさらアウトだ。
「ほら、ケシの花ってのもなかなか美しいじゃないか。花はいいもんだ。ずっと美しいままでいるからなぁ。怒ったり泣いたりする人間とは違うなぁ」
「なぁ、錬金術師」
「私の名前は赤い石だ」
「……浜田をどうしたんだよ」僕は錬金術師に言った。
「浜田? 何だそれは? 私の知り合いにはそんなのはいないがのぉ」
「……校舎裏にあった死体のことだよ」
「ん、ああ。それねぇ。それなら私がおいしくいただいといたよ」
さらりと、笑顔で言った。
「大丈夫、大丈夫。安心しとくれよ。あの生徒のことならちゃんとばれないように工作しといたからのぉ」
「そうかよ」
「治くんもばれなくてほっとしとるだろぉ」
「してないよ」
「そうか」と奴は言う。
「いただいたとはいってもさすがに死体を食べてはいないぞ。ちゃんと研究材料に使っておるぞ。最近は死体があまり取れんからのぉ。どこかの誰かは頻繁に自殺しておるが、死体は出てこないからのぉ」
「とにかく、死体はお前が処理したんだな」
「そうじゃ」
「それならいい……」
多分、こういうことだとは予想していた……。
捕まってもつかまらなくてもどっちでもよかった。
捕まらなかったら、また退屈な日々が続いていくんだし。
捕まっても別の場所で退屈な日々が続くんだろうけど……。
「他に何か用はあるのか?」
ふと、ケシの花の上を舞う、ナミアゲハを見た。
「いや……なにも」
「そうか。それなら元気で生きるんじゃぞ、治くん」
僕は老いぼれ錬金術師から離れていく。
空は真っ青。今日も絶好の自殺日和だ。




