龍神様と花嫁3
村外れにある一軒家、それがフユの生まれた家だった。
村八分、という程酷いものではないけれど、余所余所しく腫れ物に触るかのような村人たちの態度。その理由が自分の中に流れる“龍の血”である事を知った時、フユは決めた。いつか絶対龍神様に会って一言文句を言ってやるのだと。
そんな決意を胸に初めて龍神様が棲まうと云われる泉を訪れたのは三歳になったばかりの春のこと。結果は惨敗。如何に思いの丈をぶちまけようと相手が目の前にいなければ意味が無い。まる一昼夜泉に向かって叫び続け、全く何の反応も見せない泉の水に悔し涙を流して家路についたのは懐かしい記憶である。
以来あまりの悔しさに泉に日参しては反応を引き出そうと躍起になり、最初幼子の思い付き、衝動的な行動でしかなかったそれはいつしか日課となっていた。
そんな泉通いの日々を続けて十数年。フユに齎されたのは龍嫁の儀の花嫁役という願ってもない大任だった。大願成就の又とない機会、これを逃す手はない。暫し熟考して見せた後フユは神妙な顔でこの話を受諾したのだった。
***
「いッ……!」
起き抜けにズキンと一発。米神を襲った痛みに思わず頭を抱えて蹲る。
ズキンズキンと絶え間なく訪れる頭痛に悶絶するフユの眼前に差し出されたのは、ほんのりと湯気の上がる一杯の湯のみ。痛む頭を抑えながらも意図を察し「ありがとう」と受け取る。少し温めのそれをコクコクと飲み干せば先刻まであった痛みが嘘のようにスーッと引いていき、ほぅと安堵の息が零れた。
落ち着いたところで親切な介抱者の姿を確認しようとしたフユは顔を上げたところで一瞬動きを止め、次いで何事もなかったかのようににっこりと微笑んだ。
「ありがとう。お陰で随分楽になったわ」
お礼の言葉が通じたのか笑顔に反応したのか、嬉しげに飛び跳ねる目の前のそれにフユの顔が綻ぶ。
ぶっちゃけて云えば毛玉。大人の拳二つ分程の大きさの、瑠璃色の塊の愛らしい動きに和まされながら思い出した龍神様との対面の記憶にフユは深い深い溜息をひとつ零した。
多少表現に問題があったとしても口にした言葉に後悔は無い。反省する気持ちも無い。龍神様の怒りを買ってここで命を終える事になっても仕方がないと思うしそれだけの事をしたのだという自覚もある。受け入れるだけの覚悟もある。けれど―――
「泥酔、はないわよねぇ…」
朧気ながら憶えているのは言いたい放題、立て板に水状態で怒涛の如く喋り捲った後、ふっと一息吐いた絶妙の間で差し出された一杯の御猪口。
まあまあこれでも飲んで落ち着いて、とでも言うように差し出されたそれをグイと飲み干して予想外の美味しさに感動したところまでは憶えている。
察するに、飲みやすさと喉越しの良さについつい勧められるままに盃を重ねたあれは「酒」だったのだろう。
何せ十八年の人生の中で始めて口にした酒である。これが話しに聞く二日酔いというものかと感動しつつも二度とは体験したくない痛みを思い出し顔を顰める。
もしもまた機会があったとしても二度と口にすまいと心の中密かに誓ったフユが、自分が口にしたのが人の世では滅多にお目に掛かれない稀少品、国主ですら一生に一度口に出来るかどうかと云われる龍族秘蔵の一品「龍華酒」であると知り、盃一杯の驚愕の値段に驚きのあまり固まり、もっとちゃんと味わっておけばよかったとちょっぴり後悔することになるのはほんの少しばかり未来(さき)の事。
ともあれ今は自分の曝した醜態にどんな顔で龍神様にお会いすればいいのかと頭を抱えるフユだった。