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龍神様と花嫁  作者: 七里
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龍神様と花嫁1





それは何処にでもあるような、ありふれた昔話―――




むかしむかし、日照り続きで貧窮する山間の小さな村に一匹の龍が降り立ちました。

雨雲を呼び、雨を降らせ、涸れかけた泉に水を満たし、山を田畑を潤し村を救ったその龍を人々は“龍神様”と呼び、崇め、奉ります。

慈悲深い龍神様は永久の加護をと願う人々の想いに応え、天へは帰らず泉を棲み家として水底より村を見守る事にしました。

感謝した村人たちは龍神様がひとりで寂しくないようにと村で一番美しい娘を花嫁として龍神様に捧げ、捧げられた娘は龍神様と共に泉の水底へと姿を消しました。

その後、龍神様の御姿を目にした者も娘の姿を見掛けた者もありませんでしたが二度と村を囲む山々が枯れる事はなく、どんな酷い日照り続きの時でも村が旱魃に悩まされることはなくなりました。


山奥にあるという決して枯れる事のない泉。その泉には今も龍神様が棲み、捧げられた花嫁と共に村を見守り続けているという。





***





緑深い月夜の山の中。


純白の着物に包まれて、板張りの上にふかふかの座布団を敷いただけの何とも微妙な乗り心地の輿に揺られながら、フユはこっそりと溜息を漏らした。


前後に二人ずつ。掲げられた提灯の僅かな明かりを頼りに輿を担ぎ歩を進める男たちに言葉はなく、ただただ無言の道行きを続けること数刻。普段人の通ることのない平坦とは言い難い山道を、乗っているだけとはいえ板切れ一枚の上で揺られ続けるのは拷問に近い。いい加減筋肉痛になりそうだと思いながら転げ落ちないようにと板に取り付けられた組紐をギュッと握り直したフユはもう一度、もう何度目になるか分らない溜息をそっと零した。


頭に浮かぶのは村に伝わる古い古い伝承、日照り続きで貧窮していた村を救った龍神様と龍神様に捧げられた娘の話。それは村に住む人間なら誰もが知っている昔話で、龍神様への感謝を込めて百年に一度、花盛りの頃に行われる“龍華祭”は遠く離れた都からも見物に訪れる者がいる程に有名なお祭りだ。


龍神を讃える舞を舞い、楽を奏で、唄を唄い、村の特産品である珍しい果実や稀少な山菜、新鮮な魚等を用いた料理を色取り取りに色付いた花々を愛でながら食し、月が中天に至る頃粛々と行われるのが龍華祭の主行事である“龍嫁の儀(りゅうかのぎ)”、別名「龍神様の嫁取り」と呼ばれる神事である。


龍神様に捧げられた娘を模して花嫁役に選ばれた娘が純白の着物に身を包み、龍神様が棲まうという山奥の泉まで輿に乗せられ運ばれて、花嫁と入れ替えに“龍酒”と呼ばれる酒好きには堪らない極上の酒がなみなみと詰まった酒樽が輿に乗せられ村まで運ばれ集まった人々に振舞われる。そうして月明かりの下続けられた祝宴は夜が明ける頃に漸くお開きとなり、村人たちは村を守り続けて下さる龍神様へ感謝の祈りを捧げつつ眠りに付くのだ。


それだけ聞けば山奥の村に伝わる、何てことない神事のひとつなのだがこの村の祭りには村人たちのみが知る秘事がある。それは昔話では語られない、龍神様と村人たちの間で交わされたある約束に由来するもので、その内容を知る村の娘たちは当然の如く花嫁役に選ばれることを拒んだ。花嫁は純潔であることが最低限の条件であるため祭りの年が近付くにつれ娘たちは我先にと結婚してしまい、気が付けば村に残された年頃の娘は一人きりになってしまっていた。


そうして選ばれたのが本来ならば決して選ばれなかった筈の娘、龍神様に捧げられし最初の娘にして龍神様に拒まれし唯一の花嫁の血を引く娘、フユだった。




ぼんやりと花嫁として選ばれることになった経緯を思い出していたフユは、不意に開けた視界に我に返り、目を瞠る。


目の前にあるのは月明かりを受けて淡く輝く、どこか幻想的な光に包まれた不思議な泉。その美しさに魅入られたように心を奪われ、いつの間にか地面に下ろされていた輿から降りたフユは、膝まづく男たちの存在など目に入らぬかのようにふらふらと泉に歩み寄った。


そうして操られるように進むフユの足が泉の淵へと辿り着いた瞬間の事だった。ドォォォ―――と。凄まじい勢いで水柱が立ち昇り、一瞬の後には何事もなかったかのように静寂が辺りを包み込んだ。


後に残されたのはあまりの出来事に驚きのあまり腰を抜かし尻餅を付いた四人の男と、花嫁が立っていた場所にでんと置かれた大きな酒樽がひとつ。


我に返った男たちは恐怖に打ち震える体を叱咤し、花嫁を運んで来た輿に酒樽を括りつけると這々の体でその場を後にしたのだった。








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