振り返る前の一幕
「ふわぁ……」
間の抜けた声が漏れる。
現在の私が居る場所は、立派な建物の中に作られたパーティ会場のホワイエ。開け放たれた扉の向こうに、身なりの良いたくさんの方々が次々に入っていっている。
「ば、場違いが過ぎませんか……?」
少し前の私であればこんな凄そうな場所に来れるような縁もゆかりは、掌編のストーリーどころか一ページにも足りない程に無い。
正直に言ってしまえば、このあと夢か幻から覚めてがっかりするのが普通ではないか。
ベタベタに頬をつねってみればしっかり痛かった。
…………いつまでもまごついてる訳にもいかない。
ひとまず待ち合わせ場所で待っていようと移動しようとすると、
「邪魔よどいて」
「きゃ!?」
ドンッと後ろから突き飛ばされて転びかける。
相手は豪奢に着飾った若い女性グループの一人。パーティに来るのはイイところの人達なはずなので、いわゆるお嬢様と呼ばれる人達だろう。
「あらあら、そんなに強く押してないんですけどぉ? どんだけか弱いのかしら」
「ちょっと止めなさいよ、弱い者いじめはさぁ」
「えー、別にいいでしょー。どこからか迷い込んだみすぼらしい野良猫みたいな子だしさ。誰かの手を煩わせる前の手助けよ、て・だ・す・け」
嘲る言葉と視線が突き刺さる。
ドレスも着ていない私はよっぽど目障りだったのか。突き飛ばしたのも偶々ではなくわざとだろう。
騒ぎを聞きつけて近くに居た人達がざわつき、男性スタッフの一人が「どうかされましたか」と近づいてくる。
「あー、スタッフさん? このみすぼらしい庶民がどこからか入ってきちゃったみたいでー、さっさと追い出してくれませんか?」
私を突き飛ばした女性の話を聞いて、男性スタッフが私へと目を向ける。
どうしよう……この場で弁解したところで信じて貰える自信はない。何より私自身がこの場にいることを場違いではと思っているのだから。
女性陣の悪意ある言動が辛い。でもなにより、こんな騒ぎで“あの人に”迷惑をかけてしまうのは嫌だった。
「失礼ですが、招待状を見せていただけますか」
スタッフの腕が伸びてくる。
思わず反射的に身を縮こませて後ろに下がってしまう。
そんな私の背中を、
「おいおい穏やかじゃないな」
いつの間にか現れた“あの人”こと――日山儂誠彦さんの穏やかな声と優しく大きな手が支えてくれた。
「これは日山儂様! 本日は――」
「挨拶はいい。一体何があったんだ」
「は、はい! あちらにいる方々とそちらの女性でトラブルがあったようで、その真偽を確かめようとした次第です」
「トラブル……?」
誠彦さんの視線がゆっくり女性達に向く。
眉目秀麗な彼にあてられたのか、あからさまに彼女らが色めきだつ。
「誠彦様~♪♪♪」
「今日はご招待ありがとうございます~♪♪」
「スーツ姿が最高ねー♪ ゾクゾクしちゃう♪」
「………………」
一方で誠彦さんはというと、かなり冷たい目になって普通に怖い。彼女らは分かっていないのだろうか?
「ちょっとあんた! 誠彦様から離れなさいよ!」
「そうそう貧乏くさいメスネズミはさっさと出て行って!」
「…………なるほど、確かに出ていくべきだろう」
私にかけた優しいものとは打って変わって、別人のように冷たい声が漏れる。
「そうですそうです。ほらグズグズしないでよスタッフさんさー、誠彦様が困って――」
「ああ、困ってるな。それに怒ってもいる」
ポンと、彼に肩を叩かれた。
大丈夫だと伝えるかのように。
「……厚顔無恥のお前らにだ」
「え!?」
「なんで!?」
「大切な人を侮辱されて黙っていられるわけがないだろうが!!」
今度こそ怒りを露わに誠彦さんが一喝する。
私以外の全員がビクリと体を震わせていた。
「大方、知り合いに頼みこんでパーティに来させて貰ったか。場を弁えて大人しくしてれば良かったのにな」
厳しい顔つきだった誠彦さんの表情と声色を緩む。
すごい、ほとんど笑っているはずなのに全然笑っていないのが分かる。それだけ怒っているんだろう。
「出て行ってくれ。オレがこれ以上を望まない内に、な」
完全に涙目の愕然とした様子で、女性達が動けなくなる。
助けを求めるように周りを確認しても、味方なんていやしない。仮にいたとしてもパーティの主役である誠彦さんにああ言われてしまえば、誰であろうと助けられるはずもないだろうから。
結局、私を突き飛ばした人達は惨めな背中で、その場から離れるしかなかった。
「……お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした」
間髪入れず周囲の人へ謝罪する誠彦さん。近くにいた人達は色々察しているのか、大して気を悪くした様子もなく「誠彦様も大変だなぁ」とぼやいたり少しだけ手を挙げて問題ないと伝えてきてくれる。
「すまない、オレがもう少し早く来ていれば嫌な目に遭わせもしなかったのに」
「ええっ!? いやそんな、誠彦さんのせいじゃありませんよ!」
「だとしてもだ。お願いして来てもらってアレはないだろう」
「私は大丈夫ですから!」
「…………ありがとう薫子さん。だが万が一、オレの目の届かないところで何かあったらすぐに教えてくれ」
「は、はい。その時はよろしくお願いしますので」
そんな風に答えた私の心臓がバクバクしていた。
嫌な目に遭ったのはさほど重要じゃない。今までの人生で似たような目に遭ったのは一度や二度じゃないし、もっとしんどかった事もある。
けれど何よりも、誠彦さんに頭を下げてもらうのが申し訳ないというか――とても動揺していた。
誠彦さんは本来、私なんかとは住む世界と立場の違う凄い人なんだから。
業界では有名な大企業の御曹司で。
とてもかっこよくて魅力ある人で。
王子様――と呼ぶにはロマンチックが過ぎるかもしれないけれど。
間違いなくどん底にいた私を救ってくれた大の恩人。
「それじゃあ中に入ろ――ああ、その前に着替えかな?」
「そ、そうですね。こんなことなら事前に来てくれば良かったかも」
「……まだ気が進まない?」
「正直に言ってしまえば、どうして私がこんなところに……とは未だに思っています」
「そこはオレが誘ったからでいいんじゃないかな?」
「うぅ、大丈夫でしょうか……粗相をしないか心配ですよぉ」
「心配無用だよ。せっかく来たんだから楽しむだけ楽しめばいい」
「……そういうものですか?」
「勿論さ。一見堅苦しいパーティに見えるかもしれないが、キミと話しが合うだろう本好きがけっこういるんだよ。オレがキミのことを話したら是非会ってみたいってせびられたぐらいさ」
「そっ! ……こほん。それは私も話してみたいですけど……やっぱり気にしちゃいます」
一瞬だけ私が盛大に反応したのが面白かったのか。誠彦さんが愉快気に小さく微笑んでみせる。そんななんともなさそうな表情でさえカッコよく見えるのは、器の大きさの違いか、はたまたイケメンは何をしてもイケてるからか。
「まあまあ、もし何かあっても大丈夫だよ。万が一キミに変なことを言うヤツがいてもオレが必ず守るから」
「ッ!!」
ああもう本当に眩しいなぁこの人わ!
王子様か何かの生まれ変わりなんだろうか。いや、間違いなく住む世界の違う御曹司様ではいらっしゃるんだけども。
「さて、どうやら緊張も解れたようだし……お手をどうぞお嬢様?」
「…………日山儂 誠彦様の、おおせのままに」
差しのばされた手を恭しくとる。
お互いになんとも悪ノリが過ぎている気もしたけれど、彼は楽しそうに笑っているのできっとこれでいいんだろう。
それにしても本当に、どうして自分がこんなことになっているのかが未だに信じられない。
この胸の中は温かなもので満ちている。
それもこれも全ては彼のおかげであり、あの日の偶然から始まったものだ。
そうアレは、私が何もかもを失ってしまった日のこと――――。




