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【Web版】竜帝さまの専属薬師  作者: 藤浪保


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第25話 竜の子

 沙羅には、花嫁として初夜を迎えたことを報告する義務がある。延珠(えんじゅ)の時も聞き取りがあったのだ。白家の一員がまさか言わない訳にはいかない。


 だから次の日、沙羅は誰になんと言えばいいものかと恥ずかしさに打ち震えていた。昨日の夜に竜帝さまとえっちしました、とでも言えと言うのか。


 沙羅は早朝のまだ暗いうちに竜帝の私室から白家の宮に戻った。衛兵には沙羅が竜帝と一夜を共にしたことはわかってしまうが、肌を重ねたとは限らないし、第一そんなに口の滑らかな者は竜帝の部屋の警備を任されるわけはない。


 というわけで、何食わぬ顔で薬草園で薬草の世話をしてから、朝餉(あさげ)のために竜帝の部屋に戻ってきた。


 そして、竜帝の食後の薬を運んで来た筆頭専属薬師の鳴伊が、いつものように体調を聞いてきた。


「お体の具合はいかがでございますか」

「今日は調子がいい」


 心なしか沙羅にも肌がツヤツヤしているように見えた。いや、竜帝はいつでもつるつるツヤツヤなお肌なのだが。


「沙羅姉様はいかがですか?」

「いつも通りだよ」


 一応花嫁ということで、沙羅の健康も鳴伊が管理する事になっている。不調な時に勝手に薬を調合して飲んでは、鳴伊に怒られていた。


「今日、沙羅は体がつらいだろうから、仕事を休んだ方がいい」

「平気です」


 竜帝が優しくしてくれたおかげなのか、魂の片割れとして体の相性がいいのかは知らないが、沙羅の体にほとんど負担はかかっていなかった。


「何かあったのですか?」


 鳴伊が沙羅を案じて眉をひそめた。


「昨夜、ついに沙羅がわたしを受け入れてくれたのだ!」

「な……!」


 竜帝がそれはそれは嬉しそうに宣言し、沙羅は絶句した。


 鳴伊が目を見開き、沙羅を見て、竜帝を見て、また沙羅を見る。


「それは重畳(ちょうじょう)。おめでとうございます」


 鳴伊が叩頭(こうとう)した。


「姉様はどうぞ休養を取って下さい。宮廷の専属薬師には私から伝えておきます」

「ちょ、鳴伊、大丈夫。大丈夫だから……!」


 やめて言わないで、とは立場上言えず、鳴伊は部屋を辞してしまった。


 あああああ……と両手で顔を覆う沙羅。


 その様子を見て竜帝が首を傾げた。


「何を恥ずかしがっている。筆頭薬師が言うように、めでたいことではないか」


 したことを知られて恥ずかしがらない女性がいるものか! 特に家族に知られるのは嫌だ……!


 そう叫びたかった沙羅だったが、言っても(せん)無い事なので口をつぐんだ。


 これからする度に知られるのかと思うと憂鬱(ゆううつ)になる。初夜を迎えるに当たって、この事は全く考えていなかった。


 思い当たっていれば考え直したのに……!


 沙羅はやり場のない恥ずかしさを竜帝にぶつけることにした。


 竜帝の夜の誘いを断り続けたのである。





「沙羅、今夜こそは一緒にいてくれないだろうか」

「嫌です」

「初夜から一度も肌に()れさせてくれないだろう。そんなに嫌だったか……」

「嫌ではありませんでした」


 逆だ。正直とても気持ちがよかった。


 だが、したら最後、昨夜はお楽しみだったようですね、という目で見られるのだ。いや、そんな目では見てはいないのだろうが、見られていると思ってしまう。


 いっそあれから毎夜していればそれほど恥ずかしくなかっただろうに、変に間をあけてしまったがために、余計にしづらくなっていた。


「……少し暴走してしまったことは申し訳なかったと思っている。沙羅があまりにも可愛くて、我慢がきかなかった」


 暴走?


 沙羅は首を傾げた。


 竜帝はとことん優しく、ずっと沙羅を気遣ってくれた。独りよがりな行為なんて全くなかったと思う。夢の中にいるようではっきりとは覚えていないが。


「今度は優しくする。絶対に。だからもう一度受け入れてくれないだろうか」


 竜帝が眉を下げて悲しそうな顔をしたので、ぐっと沙羅の気持ちが動きそうになった。


 しかし、そういう問題ではないのだ。するのはいい。むしろしたい。互いに唯一無二だと感じられるあの幸福感は何物にも代え難い。が、恥ずかしいのだ。こればっかりはどうしようもない。


 そう、沙羅が逃げていると――





「姉様、おめでとうございます! ご懐妊です!」

「へ?」


 月の物が来ないなぁと思い、鳴伊に診察をお願いしたところ、満面の笑みでそんな返事が返ってきた。


 なんとまだ一度しかしていないのに、妊娠してしまったのだ。竜の繁殖力……恐るべし。


 自分で伝えるから、周りにも絶対に絶対に言わないでくれと沙羅は鳴伊に頼んだ。鳴伊も、わかってます、と約束してくれた。


 そのまま、言わなきゃ言わなきゃと思いつつ、三日たってしまっていた。


「沙羅は今日も戻ってしまうのだな」


 沙羅が部屋に戻る時間になって、竜帝が沙羅の肩を抱き寄せた。もはや断られるのを前提としている。


 沙羅の部屋は初夜の後に後宮に移っていたが、毎晩自分の部屋に戻っていた。沙羅が竜帝の私室に来ているため、竜帝が通ったことは一度もない。


「もう少しいます」


 沙羅は今日こそは竜帝に言うと決めていた。


「ではっ」


 竜帝がぱぁっと顔を明るくする。


「いいえ、しません。今日は竜帝さまに大事なお話があります」


 真剣な顔で沙羅が告げると、竜帝の顔がさっと青くなった。ふるふると顔を左右に振る。


「嫌だ……沙羅……やめてくれ。愛している。愛しているんだ。沙羅のためなら何でもする。もう夜を共にしたいなどと言わないから。側にいてくれるだけでいい。だから、どうか、どうか……離れるなんて言わないでくれ……」

「何の話です?」


 意味が分からない、という顔をした沙羅に、竜帝はぼそぼそと話し始めた。


 どうやら、沙羅が応じてくれないと清伽(せいか)に相談したところ、しつこく迫ると嫌われますよ、と言われたらしい。それで、改まって話があると沙羅に言われ、別れ話だと思ったようだ。


「違いますよ。離れることなんて考えてません」

「本当か?」

「本当です。――今のところは」


 復活しかけた竜帝が、また眉を下げた。


「でも私、しばらく竜帝さまのお誘いにお(こた)えすることはできません」

「沙羅がしたくないというのなら我慢する」


 しょんぼりと言う竜帝を前にして、沙羅は大きく息を吸った。少しだけ呼吸を止めて、吐き出す勢いで、ずっと温めていた言葉も一緒に吐いてしまう。


「赤ちゃんができました」


 竜帝は固まった。以前沙羅が想いを受け入れたときのように。


「……」

「竜帝さま? 喜んでくれないんですか?」

「…………それは、それはわたしの子か?」

「刺しますよ?」


 なんて事を言うのか。一度刺されておきながら学習していないらしい。


 まあ、竜帝の花嫁となって以降も、沙羅は後宮に閉じこもることなく宮廷で働いていたわけで、そういうチャンスはいくらでもあった。疑われても潔白を証明することはできない。


「触っても?」

「どうぞ」


 竜帝が沙羅の下腹部に手を添えた。その上に、沙羅が手を重ねる。


 すると突然、竜帝の目から涙がこぼれた。


「え、ちょ、どうしたんですか?」


 沙羅がその涙を(ぬぐ)ってやると、竜帝は熱に浮かされたように口を動かした。


「わたしの子だ……間違いない……」

「だからそう言ってるじゃないですか」

「竜気がある」

「竜の子ですからね」


 竜帝が沙羅に抱きつき、肩口に顔をうずめた。


「沙羅、わたしの魂の片割れ。唯一の花嫁。ありがとう……」


 沙羅はその頭を優しくなでた。


「というわけで、しばらくお応えできません」

「当然だ!」


 竜帝ががばりと体を離した。


「安静にしてなければならぬ。ほら、今日はここで寝るといい。何もしないから」

「いえ、戻りますよ」

「心配ならわたしが出て行く」

「心配はしてませんけど」


 竜帝は沙羅を抱え上げて寝台の上に寝かせ、布団を掛けた。自分はその脇にひざまずいて沙羅の手を握っている。


「明日から仕事は休め。筆頭薬師は知っているのか? 滋養のある物を用意させなければならないな。赤子には何が必要なのだ? 服は当然として――」

「竜帝さま、気が早すぎです。生まれるのはまだまだ先です」

「準備しておくに越したことはない」

「それにしたって早すぎですから」


 くすくすと沙羅は笑った。


 その目を、竜帝が見つめる。金色の瞳に、また涙が浮かんだ。


「沙羅、もう一度言う。ありがとう……」

「私はちゃんと竜帝さまの魂の片割れでしたね」

「いまさら何を言う」

「竜帝さまが喜んでくれてよかったです」

「当たり前ではないか」


 竜帝は沙羅の額に口づけた。





「本当に竜の子なんだ……」


 生まれたばかりの我が子を見せられて、沙羅は呟いた。


 元気に泣いている男の子の閉じたままの目の色はわからない。だが、背中に少しだけ小さな黒い鱗がついていた。


 入室を許された途端に部屋に飛び込んできた竜帝は、やつれた沙羅とその横で泣いている赤子を見て涙を流した。


「沙羅、体は大丈夫か?」

「めちゃくちゃ疲れてますけど大丈夫です」

「無事でよかった……。わたしの子を産んでくれてありがとう」

「竜帝さまは私に似て泣き虫になっちゃいましたね」

「これが泣かずにいられようか」

「ちゃんと竜の子でしたよ」

「当たり前だ。わたしと沙羅の子なのだから」


 竜帝は震える手で赤子の頭をなでた。その途端、ぴたりと赤子の泣き声が止む。


 小さく開いた目は、竜帝そっくりの黄金色をしていた。




 ―― 本編完 ――



 これにて「竜帝さまの専属薬師」本編完結です。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 楽しんでいただけたのなら幸いです。

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