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【Web版】竜帝さまの専属薬師  作者: 藤浪保


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第24話 二人の初夜

「部屋に戻りますね」


 ある夜、政務を終えた竜帝を竜帝の私室で迎え、一緒にお茶を飲んだ沙羅は長椅子から立ち上がった。


 向かいの椅子に座っていた竜帝が歩み寄り、沙羅の髪を一筋取って口づけを落とす。


「沙羅、そろそろわたしに(こた)えてくれないだろうか」

(こた)えてるじゃないですか」


 沙羅はきょとんとした顔で言った。竜帝の想いを受け入れ、魂の片割れとして、こうして毎晩一緒に過ごしているし、時々キスもしている。


 竜帝が沙羅を抱き寄せた。顔に手を添えて、真剣な顔で口を開く。


「そうではない。沙羅と一夜を共にしたいのだ」

「嫌です」

「なぜだ」

「初夜は結婚してからするものです」

「……竜は子が生まれてから結婚する」


 竜帝が眉を下げた。


「それは知ってますけど、人間は結婚してから初夜を迎えるんです」

「わたしもそれは知っている」


 沙羅、と竜帝がささやく。


「沙羅はまだわたしの言葉を疑っているだろう?」

「だからもう疑ってはないですって。キスをしたときにわかりました。竜帝さまも感じたって言ってたでしょう? 私は確かに竜帝さまの魂を持っています」


 ていうか、キスでわかるなら、あんなに悩まなくてよかったのに……と沙羅は呟いたが、それは竜帝の耳には届いていなかった。


「疑っている者もいる」

「他人の言葉なんていいじゃないですか。私たちの問題なんですから」


 白家から早く作れとせっつかれているが、冗談じゃない、と思っていた。こういうのは二人で決めるものだ。人にとやかく言われてするものじゃない。


 延珠(えんじゅ)との子ができないことを心配していた過去の自分は棚に上げる。


「沙羅がわたしの魂の片割れであることを証明したい」


 竜帝は熱っぽい視線を向けた。


 が、沙羅はその言い方に引っかかった。


「……竜帝さまは、私のことが好きだからじゃなくて、自分の言葉を他人(ひと)に信じさせたいからしたいんですね」


 竜帝を半眼でにらむ。


「違うっ! 決してそんなことは……!」


 竜帝が慌てて否定するが、沙羅は竜帝の腕の中から抜け出し、部屋の扉へと向かった。


「しばらく会いたくありません」

「沙羅っ」


 駆け寄る竜帝を置いて、沙羅は部屋を出ていった。





(しん)っじられない! デリカシーの欠片もない!」


 沙羅はぶちぶちと目の前の薬草の花を乱暴に()っていた。


「竜帝様は他の方の所にも通ってらっしゃらないんだろ? 察して差し上げろよ。好きな女と寝る前まで一緒にいるのに何もないっての、結構おつらいと思うぞ」


 なだめたのは香瀬(かせ)である。なぜか沙羅の愚痴を聞かされていた。


「通えばいいじゃないっ!」

「そんなこと思ってないくせに……」


 もし竜帝が一度でも他の妃嬪(ひひん)の元に通ったら最後、沙羅は竜帝を見限って再び宮廷を出ていってしまうだろう。


「お前、本当に魂の片割れなんだろ? 爺さんたち、竜帝様の御子(おこ)が産まれるのを楽しみにしてるぞ。冥土(めいど)の土産に作ってやれよ」

「香瀬までそういう事言う!?」


 沙羅は隣にあった薬草を根本から引っこ抜いた。怒りの余り思わず、ではない。根が必要な薬なのだ。


「私の体は道具じゃない!」

「いや、この前までこっち側だったろ……」


 当事者になった途端に考えを変えてしまった沙羅に、香瀬は呆れる。


「こういうのは段階を踏むものなの! 私たちまだデートもしてないのに!」

「乙女かよ」

「女の子はいつまでたっても乙女なの!」


 沙羅はもうすぐ二十三歳になる。子どもが三人いてもおかしくない歳だ。


 竜帝に求められたのなら、頬を染めて応じるのが普通ではないだろうか。何しろあの竜帝である。


 沙羅を選ぶなんて竜帝様も物好きだな、と香瀬は思った。香瀬も人のことは言えないのだが。





「沙羅、帝都に出ないか?」


 しばらく本当に沙羅は竜帝の前に姿を現さず、数日後にようやく朝食に来た沙羅に、竜帝はにこにことした顔で告げた。


「……誰に聞いたんです?」


 沙羅は突然出かけようと言い出したことを不審に思った。


「だ、誰にも聞いていない。わたしが沙羅と帝都に行きたくなったのだ」


 苦しい言い訳だ。


 大方、香瀬から鳴伊(めい)を経由して竜帝に伝わったのだろう。


「嫌です」

「なぜだ」

「竜帝さまは目立つからです。行けば皆平伏するでしょう。隣に立つ私の身にもなって下さい」

「沙羅はわたしの花嫁なのだから仕方がないだろう……」


 要は皇帝の婚約者である。(かしず)かれて当然の身分だ。宮廷内の者は今まで通りに沙羅に接しているが。女官や他の妃嬪(ひひん)の態度も相変わらず冷たい。


「とにかく嫌です。行きたいならお一人でどうぞ」

「沙羅がいなければ意味がない……」


 竜帝がしょんぼりと眉を下げた。非常に情けない顔だが、こんな顔をするのは沙羅の前だけなので、少しだけ沙羅の機嫌がよくなった。


「じゃあ……、竜帝さまのお背中に乗せて下さい」

「もちろんだっ!」


 ぱっと弾けるように竜帝が笑顔になった。


「今すぐ行こう!」

「いや、まだ食事中です。お仕事もあるじゃないですか。私も仕事ありますから今は無理です」


 沙羅は張り切る竜帝を制止して、翌日の朝早くに出かける約束をした。




 空がわずかに白み始める頃、沙羅は後宮の中庭にいた。朝の薬草の世話は他の薬師に頼んできた。


 竜帝が黒竜に変じると、そこに梯子(はしご)がかけられる。


「失礼しまーす」


 立礼もせずに沙羅は梯子を上った。筆頭専属薬師だった頃は人前では一応取り繕っていたが、今や沙羅は花嫁なのである。散々竜帝を無碍(むげ)に扱ってきているのもあって、もはや誰も気にもしない。


「落ちるなよ」

「落とさないで下さいね」


 沙羅が背に乗った所で黒竜がお決まりの台詞を言うと、ふわりと柔らかい空気に包まれ、黒竜がばさりと翼を羽ばたかせた。


 懐かしい、と沙羅は思った。


 沙羅が決死の思いで切立花(きりたちばな)()りに行ったときに迎えにきてもらって以来だ。


 竜帝に抱きしめられた時やキスをした時の感覚に似ているが、それとは少しだけ違う。(まも)られているという絶対的な安心感があった。


 遠くの山々の(ふち)から光が染み出してくる。その上の夜との境界には紫色の雲が浮かんでいて、次第に桃色に染まっていく。視界の下に広がる建物は光を受けて影を長く伸ばし、街が目を覚ましていく。


「きれい……」


 目の前に広がる景色は美しく、初めて空を飛んだときよりも強く沙羅の胸を打った。


「竜帝さまはこの景色を守り続けてきたんですね」

「ああ。――それもじきに終わる」

「えっ? どういう意味ですか?」

「沙羅が見つかったからな。わたしがこの国を守ってきたのは、沙羅と出会うためだ」


 かつて皇帝と交わした約束。それは国を守る代わりにいつか花嫁をもらうというものだった。


「じゃあ、竜帝さまは竜帝さまを辞めちゃうんですか?」

「そうだな。ただの竜に戻る。沙羅は竜帝ではないわたしは嫌か?」

「嫌ではないですけど……」


 竜帝はずっと竜帝だったから、竜帝でない竜帝を想像することができない。


「竜帝さまを辞めたあとはどうするんですか?」

「天界に帰ろうと思っている。下界(ここ)にいてもやることはないからな」

「そうですか……寂しくなりますね」


 沙羅がそう言うと、突然がくりと黒竜の体が傾いた。すぐに持ち直し、当然沙羅が危険にさらされるようなことはなく、沙羅が不安に思うことはなかった。


「沙羅……沙羅は一緒には来てくれないのか……?」

「え? 私も行くんですか? 天界に?」

「当たり前だろう。沙羅はわたしの花嫁なのだぞ。離れる気は毛頭ない」

「私は行きませんけど」

「なぜだ!?」

「だって私は専属薬師ですし。天界って竜しかいないんですよね。私飛べないから不便そう。家族とも離れたくないです」

「……ならわたしもここに残る」


 不承不承(ふしょうぶしょう)といった様子で黒竜は言った。


「そうですか。残って何するんです? てか、竜帝さまって竜帝さま以外に何ができるんですか?」

「一通りのことはできると思うが」

「それはお仕事としてできるってことですか?」

「それはわからぬ。やったことがないからな」

「えぇー……それって、無職になるかもってことですか? ――あ! 竜の宅配便とかどうです? どこへでも最速で届けます、みたいな」


 沙羅は、名案だ、とばかりに両手を叩いた。


「……」

「竜帝さま?」

「…………しばらくは竜帝でいようと思う」


 長い沈黙のあとに返ってきたのは、そんな答えだった。


「そうですか」


 沙羅は、絶対需要があるのに、と呟いた。


「遊びに行くだけなら行ってみたいです、天界。どんなところなんですか?」

下界(ここ)と大差はない。竜がいるというだけのことだ」

「そうなんですか。それでも行ってみたいです。竜帝さまの育った場所なんですよね。ご家族にも会ってみたい……っていうか、竜帝さまってご家族いらっしゃるんですか? ご兄弟とか」

「両親と弟と妹がいる」

「弟と妹!」


 うちと一緒だ、と沙羅は思った。きっと竜帝は兄バカなのだろうとも。


「二百年も離れていてよかったんですか?」

「そう長い時間ではない。数年に一度帰っているしな」

「いつの間に」


 沙羅は驚きの声を上げたが、長い時間ではない、という黒竜の言葉に複雑な思いを抱いた。


 花嫁を待ち続けている竜帝を見てきたし、また二百年も待つのか、と言った顔は本当に苦しそうだった。竜帝にとって、二百年という歳月は十分に長い時間だったのだ。


 それと同時に、竜の寿命の長さをまざまざと見せつけられたようだった。二百年。人間の寿命を優に超える時間を、長くはない、とも言えるだけの寿命を持っている。


 竜帝と契れば、沙羅も同じだけの寿命を持つことになる。当たり前に家族は沙羅よりも先に死に、その子孫も看取ることになるのだろう。


 沙羅は急に怖くなった。


 初夜を迎えるのは、単に子どもを作る、そして沙羅が正真正銘の竜帝の花嫁であることを証明する、というだけの事ではないのだ。


 だがそれと同時に、竜帝と生を同じくして添い遂げられるということに深い喜びも感じていた。


 もし沙羅が契りを交わさなければ、魂はまた流転するだろう。そして竜帝は二百年――それよりも短いか長いかもしれないが――待ち続けた後、沙羅とは違う誰かを好きになるのだ。


 そんなのは嫌だ、と思った。他の誰かに譲るのは絶対に嫌だ。


 沙羅は上体を前へ倒して、ぺたりと黒竜の体に寄り添った。首の根本に頬をつける。


「竜帝さま、竜気ってもっと出せます?」

「出せるが、沙羅の負担になるだろう」


 沙羅はもう薬を飲んでいない。竜気には耐えられない歳になっているから、夜は後宮では過ごさずに宮廷の白家の宮に戻る。


「大丈夫です。私、竜帝さまの魂の片割れですから。つらかったら言います」


 ふわっと温かい感覚が強くなった。沙羅を幾重にも包み込む。それは沙羅の体温となじんで、自分の体の境界線がわからなくなりそうだった。


 毒にすらなり得るそれが心地よいと感じるのは、沙羅が竜帝の魂を持ち、竜帝が持つ残りの半分を切望しているからなのだろう。


 沙羅の目から涙がこぼれた。


 途端、温かかった竜気が霧散する。沙羅を(まも)る最低限の竜気だけが残った。


「沙羅っ、すまない、出し過ぎた。つらいか?」


 黒竜が慌てた声を出す。


「いいえ……違うんです……なんだか嬉しくて」


 沙羅は目元を(ぬぐ)って黒竜に頬をすり寄せた。


「竜帝さま、私のこと、好きですか?」

「ああ。好きだ。愛しているよ、沙羅」

「私が香瀬(にい)と結婚していたらどうしました?」

「祝言の前にさらうつもりでいた」

「……二百年待つって言ってたじゃないですか」

「最愛の片割れが目の前で他の男に()られるのを黙って見ていられるほど、わたしは無欲ではない」

「私の気持ちは無視ですか」

「沙羅になんと言われようが、いくら(なじ)られようが、わたしは沙羅を諦めきれない。他の男の手の届かない所に閉じこめてでも、沙羅をわたしの物にする」


 予想以上の執着に、沙羅は絶句した。


「……よかったですね、私が竜帝さまのことを好きで」

「ああ。本当に。沙羅がわたしを好いてくれていて嬉しい。ありがとう、沙羅。私の可愛い花嫁」


 黒竜は喜びのあまりか、ぐるると喉を鳴らした。その振動が沙羅の体に伝わってくる。竜気が少しだけ濃くなった。


「この体は不便だな。沙羅を抱きしめられない」

「こっちが本当の姿なのに」

「わたしは沙羅と寄り添える方がいい」

「私はどちらの竜帝さまも好きですよ」


 またぐるると喉が鳴った。


「……そろそろ帰らねばな」


 太陽は完全にその姿を山の上に現し、辺りは明るくなっていた。


 見渡す限りの全てが陽光にきらきらと輝いている。


「また乗せて下さいね」

「もちろんだ。沙羅が望むなら」


 沙羅は黒竜の鱗に口づけを落とした。


「竜帝さま、私、今夜一緒にいてあげてもいいですよ」


 ささやくように言うと、がくりと黒竜が再び体勢を崩した。





「ほほほほ本当に、いいのだな!?」

「いいって言ってるじゃないですか」

「本当だな!?」

「はい」

「沙羅の体が変わってしまうのだぞ?」

「何度も聞きました」

「わたしと生を同じくしてくれるのだな?」

「だからそうですって」


 竜帝の私室にて、寝台の上、竜帝の「最後の」確認は延々と続いていた。


「竜帝さま、早くしないと竜気の毒で私がつらくなってしまうかもしれません」

「む。それはいかん。だがな、こういうことはちゃんと確認をだな……」

「じゃあ今日のところはやめときますか」


 いい加減問答が面倒になってきた沙羅は、部屋に戻ろうかな、と思っていた。


「次いつ私がその気になるかはわかりま――」

「それは困るっ!」


 竜帝は沙羅の両肩に手を置いて、食い気味に言った。


 沙羅がじっとその綺麗な顔を見つめると、顔を赤くした竜帝が、さっと目をそらした。


 普通逆だろう、と沙羅は心の中でつっこんだ。腹を(くく)った沙羅は強く、二人の立場は逆転していた。


 沙羅は耳まで赤くなっている竜帝の首に抱きついた。


「ログアディトゥシュサリス」


 耳元でそっと竜帝の名前を呼ぶ。びくりと竜帝が体を硬直させた。


「私、愛されたいの」


 思わず、といったように、竜帝が沙羅を強く抱きしめた。


 優しく沙羅を寝台へと倒す。沙羅を見つめる目には熱がこもっていた。


「沙羅、愛している」


 口づけが沙羅の唇に落ちた。






「沙羅、つらくなかったか」


 汗にまみれた沙羅の額に張り付いた前髪を、竜帝が優しくよける。


「ん……大丈夫」


 かすれた声で沙羅が返す。


 竜帝の精を受けた沙羅は、これ以上ないほどに満たされていた。竜帝を受け入れた時の幸福感。魂の混じり合う充足感。そのまま一つに溶け合ってしまいそうだった。


 初めてキスをした時とは違い、今は竜帝との強い結びつきを感じる。


「これで沙羅はわたしのものだ」

「竜帝さまも私のものですよ」


 沙羅の頬に手を添えた竜帝の顔に、沙羅も手を添える。


 その言葉に竜帝が目を細め、沙羅の手を取って手の平に口づけた。


「沙羅、愛している。これからもずっと」

「私も愛しています」

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