第22話 竜帝さまとの約束
「竜帝さまっ!」
建物の中に入ろうとした竜帝を、沙羅が呼び止めた。
「沙羅。どうした?」
振り向いた竜帝が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「えっと……その……」
沙羅は視線を足元に落とした。
「わたしと添い遂げてくれる気になったのか?」
竜帝が冗談めかして言った。
「まあ……端的に言えばそうです」
沙羅が視線を下に向けたまま肯定した。
竜帝は何も言わなかった。
さんざん断ったくせに、と怒っただろうか。いまさら、と笑われるのだろうか。
「竜帝さま?」
沈黙に耐えられなくなって沙羅が顔を上げると、竜帝は固まっていた。
「竜帝さま」
「……今のは幻聴だろうか。沙羅がわたしと契りを交わしてくれると言った気がした」
「そこまでは言ってません」
うわごとのような言葉に沙羅が反論すると、はっと竜帝が沙羅を見た。
「わたしの言葉を信じてくれる気になったのか?」
「正直、片割れだというのは信じていません。自覚もありませんし。だけど、竜帝さまが私の事を好きだというのなら、まあ……そばにいてあげるくらいはいいかな、と」
「沙羅!」
竜帝が感激した声を上げて、沙羅を抱きしめた。
「ああ、沙羅。わたしの魂の片割れ。唯一の花嫁」
沙羅はぐいっと竜帝を押しやった。
「竜帝さま。私は、竜帝さまが私の事を好きだというのなら、と言ったんです。片割れだからという理由なら嫌です」
「わたしにとってはどちらも同じだ。だが沙羅が望むなら、この想い、いくらでも伝えよう」
竜帝は沙羅の顔に手を添えた。
「沙羅、好きだ。愛している。わたしの想いを受け入れておくれ。わたしの花嫁になってほしい」
真剣な顔で言われて、沙羅は顔を赤くした。どきどきと心臓がうるさい。耳まで赤くなっているのが自分でもわかった。
「本当に?」
「本当だ。あの夜までこの気持ちに気がつかなかったのが不思議なくらい、沙羅を深く想っている。沙羅はわたしが幸せにする。愛している。わたしと共に生きてほしい」
やっぱりずるい。突然片割れだなんて言い出して、今さら好きだなんて。
だが、この一年、ずっと沙羅は竜帝を拒み続けてきたのに、竜帝は諦めようとはしなかった。その気持ちだけは本当なのだと信じてもいいのではないか。
沙羅は、本心から、沙羅が魂の片割れであるという竜帝の言葉を信じていない。
出会った時から、花嫁を待ちわび、寂しさを耐える竜帝を見てきた。
花嫁が偽物だったとわかったときのショックはいかほどだろうか。すぐ側に娘のように可愛がってきた沙羅がいたら、錯覚してしまっても無理はない。
竜が魂の片割れを乞い焦がれる気持ちは、戦場の兵士が薬師を特別に想うような、傷心の娘が慰めてくれた青年に恋をするような、そんな簡単なものではないだろう。
いずれまた、間違いだったと明らかになる。
それは本当の花嫁が現れた時かもしれないし、ただ竜帝が目を覚ました時かもしれない。
それでもいいと思えた。
竜帝が沙羅のことを好いていてくれるのなら。たとえ錯覚だったとしても、この一時だけでも、沙羅を愛していると心から想ってくれるのなら――。
金色の瞳が沙羅を見つめている。柔らかく細められたその目が、沙羅が愛しいと訴えていた。
沙羅は急に恥ずかしくなって、ぷいっと顔を横に向けた。
「……仕方ないですね。竜帝さまがそんなに言うなら、花嫁になってあげてもいいですよ」
「沙羅っ!」
「わっ」
竜帝は感極まって沙羅を抱き上げた。そのままくるくるとその場で回る。
「ちょ、ちょっと竜帝さま」
沙羅の慌てた声を聞いて、竜帝は動きを止めた。ぎゅっと沙羅を強く抱きしめる。
「沙羅、愛している。わたしの花嫁。絶対に離さない」
竜帝が少しだけ体を離し、金の瞳が沙羅の目を射抜く。
太陽のように温かく、月のように光り輝くきれいな色――。
ゆっくりと竜帝の顔が近づいてきた。
沙羅は静かに目を閉じた。
唇同士がそっと触れ合う。
ふわりと体が浮き上がるような心地がした。
黒竜の上にいるときのような、温かく柔らかなものに包み込まれているような気持ちになる。
そして、竜帝から沙羅へと何かがそそぎ込まれたような感覚がした。
竜気だ、と沙羅は思った。
それはお腹のあたりでぐるぐると渦巻き、じんわりと沙羅の体に馴染んでいく。
沙羅の胸が高鳴った。
好きな人とキスをしているからではない。
これは――これは――。
沙羅はぴたりと体を寄せ合う竜帝の体の中に、瞳の色と同じ、金の光を放つ魂の存在を感じた。
同時に、自分の中にも同じ物があることも。
根拠などない。ただそうであると確信できた。
惹かれ合い、引かれ合う。
その言葉の通りだった。
二つの魂が互いを欲して呼応している。
沙羅には竜帝しかありえない。そして、竜帝にも沙羅しかありえない。互いに唯一無二の存在なのだ、と強く感じた。
体中が歓喜にうち震えていた。
沙羅の生きた二十年ちょっとの時間を飛び越えて、二百年分の想いが体から溢れてしまいそうだった。
本当に、私が魂の片割れなんだ――。
沙羅の目からぽろりと涙がこぼれた。
それを竜帝が指で優しくぬぐう。
「沙羅、愛している」
沙羅は涙の浮かぶ目で竜帝を軽く睨んだ。
「また間違えた、なんて無しですからね」
「もちろんだ。そんな事は未来永劫起こらない」
「絶対ですよ。約束です」
「約束だ」
二人は互いの魂を確認し合うように、もう一度口づけを交わした。




