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ステータス『0』の観測兵 ~クラス転移を離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~  作者: ハルキーノ
第一章 “夢”

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一章七話 私と生徒

《創世訓》 一章 七節

『尊きものを追う者は、まず己の影を踏み越えねばならない。』


2372- 第二王城 加賀香子視点


 ヘルドランテ第二王子様の部屋には、紅茶ではないお茶の匂いがしていました。


 窓は高く、椅子は硬い。私の膝の上には、森田さんから借りた転移者関係の書類が何枚か乗っています。読める文字に変わっているのに、紙の重さだけは日本の職員室にあった書類とあまり変わりません。


 私は加賀香子(かがきょうこ)。教師です。担当科目は英語。能力は……「生徒たちを集合させる」能力らしいです。


 使ったことはありません。使い方も分かりません。そもそも、教師が生徒を集合させるなんて、能力にしなくても毎朝やっていたことです。


 そう説明すると、目の前の少年王子は少し首を傾げました。


「つまり、センセイはもともと命令魔法を持っていた、と?」


「いいえ。出席確認です」


 王子様はまじめな顔で頷きました。冗談のつもりではなかったようです。


 この世界に転移した当初、私はただただパニックとなっていました。何をすればいいのかよく分からないままおろおろしているうちに、適応性の高い生徒たちが勝手に話を進めていってしまいました。


 それが、ある意味ショックでした。


 私なんかいなくても、あの子たちは勝手に好きなようにどこかへ旅立って行ってしまうかもしれません。もしかしたら、この世界で最後まで帰りたがるのは先生だけになるかもしれません。あの子たちは、日本の良さを理解する前にこちらへ来てしまいましたからね。


「ニホンは、そんなに戻りたい場所なのですか」


 王子様が聞きました。


 私は少し迷って、膝の上の書類を揃えました。


「どうでしょう。大気汚染はひどいし、自然は少ないし、教師という職業のコスパは地を這っています。高校教師はまだましなほうらしいですけど」


「それは、好きではないという意味に聞こえます」


「私も今、そう聞こえました」


 言ってから、少し怖くなりました。


 この世界の方が素晴らしいと思ったあとに、仲間外れになってしまったらどうしましょう。すでに生徒たちは好きなように行動しています。ただでさえ教師と生徒という垣根があるのに、これ以上広がったらどうすればいいのでしょうか。


「いや僕に聞かれても」


 苦笑いしながら彼は言いました。


「そちらの世界では教師と生徒って、思ったよりも距離が近いんですね」


「そう聞こえるのですか?」


「だって、僕が行ってたのは貴族学院ですよ。中位の貴族で家督を継げなかった者が教師をやりますけど……僕や上位の貴族にそんな距離感を求めたら速攻で処刑ですよ」


「あっすみません……日本では特権階級の者はそれほど多くはなかったので……あまり接し方がわからないんですよね」


 教師とはいえ、公立の一般高校で働いていたような人間は、結局のところ一般人なのには違いないのです。


「それにしても、あなたがいた”ニホン”という国は面白いですね。森田から話を聞いたときは半信半疑でしたが、国家を国民が動かすなんて、この国でやったら空中分解してしまいますよ、できてる所もあるようですけどね。」


「でも、国民が国家の一員という自意識を持てるようになれば、国は安泰ですよ」


「やはり……そうなんですか?」


「ええ、国民が国家の一部、ということは国家自体が自分のすべてであるという錯覚を起こせるのです」


 この世界にはまだ国家主義(ナショナリズム)は浸透していないんですかね? それともこの国だけなのでしょうか?


「浸透していない、というのは少し違う気がします」


 ヘルドランテ様は茶器を置いて言いました。


「僕らにも、まとまる感覚はありますよ。血の話です。王家も、都市貴族も、結局は同じ根から分かれた一族だ、という。それに、血の違う者も無関係ではありません。獣人だろうと魔人だろうと、僕らに忠誠を誓った瞬間から、家族の端に加わったことになります。跡目を巡って殺し合うことはあっても、根が同じだということは誰も否定しません。だから、外から誰かが押し入ってきた時だけは、昨日まで殺し合っていた者同士でも並んで盾を持ちます」


「それは……国というより、大きな家族の喧嘩みたいですね」


「近いかもしれません。ただ、その"家族"は普段、互いに刃を向け合っていますが」


 私は少し黙りました。日本にいた頃、家族は殺し合うものではありませんでしたから。


「センセイの話は、その喧嘩を止める話ですか? それとも、喧嘩の理由を変える話ですか?」


 鋭い質問でした。


「……分かりません。ただ、一つだけ違うところがあるとすれば」


 少し考えてから、続けました。


「こちらでは、忠誠は誰かに——王様や、その血縁に——誓うものですよね。日本の国民は、特定の誰か一人に誓っているわけではないんです。国そのものに、なんです。王様がいなくても、代替わりしても、"国"という形さえ残っていれば、それでいいんです」


「……王がいなくても?」


 ヘルドランテ様の声が、少し低くなりました。


「王を通さずに、国そのものへ忠誠を誓えると?」


「そう聞こえたなら、たぶんそういうことです」


「面白いですね。誰か一人に誓う忠誠より、形のない"国"に誓う忠誠の方が、壊れにくいのかもしれません」


 ヘルドランテ様は、その言葉を茶器の湯気ごと吸い込むように、ゆっくりと繰り返しました。


「つまり、特権階級が強制するよりも、自ら国民が奴隷となろうとするほうが安定するのですね。」


「過激な表現ですね。ですが、そういうことです」


「おもしろいですね……僕、そういう話をもっと聞きたいです。”センセイ”、」


 ヘルドランテ第二王子様は、椅子の上で少し身を乗り出しました。袖口からのぞく手は、まだ子どもの細さでした。


「もっと聞かせてくれませんか?」


「……構いません」


 新しく生徒ができました。



「アンテラル。こちらがセンセイです。彼女は戦闘要員ではないのであまり手荒に扱わないでくださいね?」


「了解です」


 長身の彼はそう言うと軽く頭を下げた。


「近衛騎士長、スーリュース・アンテラルです。失礼ですが公式の客人として持て成すことは、現在の我々には不可能であることをお許しください。ヘルドランテ殿下には伯爵夫人相当の扱いをするように申し受けています。何かございましたら、何なりとお申し付けください」


 慣れたようにそう言った。


「アンテラル。今日は態度いいね。まだ一回目?」


「ええ、そうです。まだ死ぬ危険もないですからね。」


 アンテラルさんが軽く頭を下げる。


「このあと、生徒さんを訓練として痛めつけてしまう事になります。あくまで訓練なので回復魔法を使用して元通りとしますが、大怪我することになるかもしれません。前もってご理解をお願いします。」


「いえ、私は責任者ではないですから。彼らが選んだのなら仕方ないでしょう」


「ん? センセイという職業は生徒の責任を持つ者ではないのか?」


「ええ、そうですが……私は安全策を講じられるほど優秀ではないので。お二人がそれが正しいと思うのなら、それでいいのでしょう。それに……」


 間を取る。


「私達は帰れないのでしょう?」


 二人は顔を見合わせる。


「あー。明言して良いのか? これは?」


「アンテラル。口調が崩れていますよ。」


「おっと失礼。ですがセンセイ、森田が説明したはずです。転移者は自分の意志でこちらに来るのではなく、”落ちて”来るんです。」


「この世界という穴を這い登る手段はないんですよ」


「ええ、森田さんに借りた書類に色々書いてありましたね。」


 書類には転移者がどのような世界からやってきたのか、なにをしたのか、そしてどのように死んだのかが過去数百年分にわたって書かれていました。面白いのが元の世界が地球と限らなかったことですね。異世界から異世界に転移する、そんなにハチャメチャなことが起きていたのです。


 そして、全員例外なく最終的にこの世界で死んでいます。中には大量殺人を犯し、逃亡した末に王立公安局重特殊部隊(パラスペンザー)に処理された者も多いように見受けられました。帰れないという狂気に襲われると、いとも簡単に人は壊れるのですかね。


「私はこの世界のほうが好きです。”帰れない”ことなんて、いますぐに使い捨てられて死ぬことに比べたらどうでもいいも同然です」


「あー……ニホンってこの世界よりも悪いのか? 俺はあんまり好きだと感じたことはないが」


 また口調が崩れましたが、王子は苦笑いしただけで特に何も言いませんでした。


「まぁ、色々あるんでしょう。ところでセンセイ、それは”僕たちに忠誠を誓う”ということで良いのですか?」


 忠誠を誓う。いい響きですね。今は”調子が悪い”ですが、腐っても王子です。協力すれば損はしないでしょう。


 生徒より王子を優先するかって言われたら、まぁ、少々難しいところではありますね。


 ああ、いえ。どっちか選べないということではなく、生徒たちを捨てると言うと人聞きが悪いのが気になるのです。


 ですが、王子は急かしませんでした。小さな茶器の縁を指先でなぞり、私の返事を待っています。この答えで自分の未来が決まるような、そんな気がします。なら……構わないでしょう。


「ええ。お願いします。」


「はい。こちらこそよろしくお願いします。」


 そう王子は私に向かって笑ってくれました。



「先生! お久しぶりです!」「元気そうで良かったです!」「どこに行ってたんですか?」「センセー! 好みのイケメンでも居たんですか!?」


 少し変な質問が混じっていましたが、皆さん私が現れただけですぐに近寄ってくれました。制服の袖、擦りむいた手、包帯。見慣れたものと見慣れないものが一緒に寄ってきます。


「まだ一日しか経っていないのに、皆まるで違う顔つきになりましたね!」


 そう言うと、胸を張る子も、目を逸らす子も、拳を握る子もいました。声だけが一斉に増えます。


「訓練しまくって強くなったんですよ! 体育の評定やっと”2”から抜け出せそうです!」「まだ、じゃなくてもう、ですよ! いつになったら帰れるんですか!」「先生! 俺達あいつ(アンテラル)にボコボコにされたんすよ! なんで止めないんっすか!」


 そんなワチャワチャ騒ぐ彼らをやんわりと宥めながら、私は話しました。


「第二王子殿下に特別な役目を与えられました。長い間会えなくなるかもしれませんが、私の生徒として強く心を保ってください。そうすればいつか帰る方法が見つかります」


 そう言うと皆さんは肩を落として頷いてくれました。……ただ一人を除いては。


「……先生」


「……何でしょう。三郷君」


 三郷君は、いつもより低い声で言いました。


「なんでも言ってください。それがこのクラスの唯一のルールでしょう?」


 「何でも正直に、素直に」それがクラスの最初に宣言したルールです。陰口を言っても、次の日の教室はあまり変わりません。なら、堂々と悪口でも何でも言うべきです。


「先生は……この世界に暮らす気なんですか?」


「あはは……そんな訳無いでしょう? 未知の場所に住めるほど心は太くないですよ。」


「……俺はそうは思いませんが」


 尚も食い下がる彼にため息をついて、


「ところで、羽黒君があなたを呼んでますよ」


 実際に羽黒君が、コインを持った男子と喋りながら三郷君を呼んでいました。能力の話でしょうか。


「あ、あぁ。んじゃ、また今度話そう。先生」


 そういうと彼は走って去っていきました。


 他の生徒達とちょっと喋った後に、森田さんが来たので解散することになりました。寂しがる生徒たちを少しばかり宥めたあと、私は教室の外に出ました。


 可愛い子たちです。半年の間生徒と教師という関係でしたが、きっとこの最後の日を忘れないでしょう。ヘルドランテ様の立場を知り、そして彼らがどう運用されるかをも知ってしまった以上、二度と会えるかも分かりませんが……。廊下の向こうで、誰かがまだ「先生」と呼ぶ声がしました。私は振り返りませんでした。


 さて、ヘルドランテ様に何から教えるか楽しみですね。まずは自由主義から教えますか。


 ——いつか帰る方法が見つかります。そう言いましたけど、あの数百年分の書類に、帰れた人はひとりも居ませんでしたね。

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