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ステータス『0』の観測兵 ~クラス転移を離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~  作者: ハルキーノ
第一章 “夢”

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一章五話 2857

《創世訓》 一章 五節

『天は人を器として用い、人はその痛みを運命と呼ぶ。』


 地獄だった。騎士長はさっきの気だるげな顔とは裏腹に、多種多様な能力を使う生徒たちを叩きのめしている。


 訓練場の白い射撃線は、もうあまり意味を持っていなかった。誰かが後ろへ下がり、誰かが砂地の方へ回り、結界板の前には倒れた木剣と空の弾倉が転がっている。


 土壁の下には薬莢が散っていた。兵士が数える余裕は、たぶんもうない。


 氷が砂地を白くし、炎が射撃線の向こうを舐める。そのたびに騎士長は攻撃の外へ半歩ずれ、術者の手が下がる前に木剣かナイフの柄を当てていた。


 僕? 射撃場脇の木箱の陰に隠れて戦闘を観察中。参謀だから前には出れない!そう参謀だからね!!


 木箱には訓練弾、と焼き印が押してある。今の僕には、英雄の盾より頼もしく見えた。


 ……昨日までの僕は、英語の授業をボーッと聞いている高校生だった。それが今は、異世界の城で木箱を盾に、クラスメイトが騎士に吹っ飛ばされていくのを数えている。冷静に並べると、どうかしている。どうかしているのに、目の前を追うだけで頭がいっぱいで、怖がる順番がずっと後回しになっていた。


「能力を使ったからって油断するな! 自分の攻撃はすべて当たらない前提でいろ!」


 そうアドバイスをしながら一人ずつ行動不能にしていく様は、敵役に見えた。


「言っておくが、これでも加減している。魔物は加減をしない。最初の実戦で死ぬのは、負け方を知らんやつからだ」


 騎士長がそう言い放つ間にも、また一人、木剣が宙を舞った。


 三郷は倒れていない生徒を左右へ散らし、自分も銃を撃つ。騎士長のナイフが青く光り、弾丸は刃に触れたところで土壁側へ逸れた。流石にイカれてる……!


「みんな援護を頼む!」


 三郷くんがそう叫ぶ。


 銃を構える。弾を押し込み、構え直す。けれど照準の先にいたはずの騎士長は、もう別の場所にいた。


 白い射撃線の右。砂地の中央。結界板の前。位置が変わるたび、誰かの銃口も遅れて動く。


 追い切れない。


 僕は三郷に向かって手を振った。口で言うより、その方が早い気がした。彼はこちらを向き、騎士長の方を確認して……駆け寄ってくる。


 よし! 気付いてくれた!


 ここまでは、全員が自分の能力を騎士長にぶつけていただけだった。でも、それでは届かない。


 なら、重ねるしかない。


「三郷。みんなに一斉に撃たせて、あと、少し時間を稼いでくれないかな?」


「案があるんだな? 任せとけ。『参謀』」


 三郷はまだ動ける連中のところへ走り、短く何かを伝えていく。途中から、声の通る男子も混ざった。


 彼は体育館で列を作る時も、いつの間にか人数を左右に散らしていた。先生に頼まれたわけでもないのに、空いている場所を見つけるのが早い。


 うまくいくかは分からない。分からないままでも、もう撃つしかなかった。


「雷、いけるか!」


 雷撃の男子が人差し指を向けるが、その先から放たれた光はカスリもせずに何も無い空間へ飛ぶ。


 昼休みに割り箸をペンみたいに回していた手だ。その手が今は、知らない魔法の形を作ろうとしている。


「良い攻撃だな、雷のやつ! だがまだまだだ! 隙の多い攻撃を点に集中させるな! 『回数』もしくは『面』を意識しろ!」


「今だ! 撃て!」


 その瞬間、左右へ散った生徒たちが一斉に射撃する。もちろん僕も撃った。狙うのは騎士長本人というより、砂地の左右と後ろだ。逃げる幅を狭める。


「ふむ、ブラフだな! 良いぞ!」


 多数の銃声が重なる。左右と後ろを塞がれた騎士長は、砂地を蹴って上へ逃げた。え? 人間離れしすぎてないか……。土壁には横一列の着弾痕が残った。


 白い粉が、雨みたいに落ちる。


 僕たちの銃声は大きい。でも、騎士長の足音の方が怖かった。


「いい連携だな、だが反応が悪い」


 当たる気がしなかった。


 騎士長が速い、というより、こっちの弾が遅いのかもしれない。排莢しようとして、指が一度止まる。ハンドルを起こし、引いて、押し込む。そこだけで半拍遅れた。


「飛べるやつ、今だ!」


「あぁ!」


 飛べる男子が、煙瓶を抱えた生徒ごと騎士長の着地点へ突っ込んだ。黄緑色の煙が、降りてくる騎士長の足元から広がる。毒ガスか!


 煙は訓練場の中央から、射撃線の方へ少し流れた。風がなければ、僕たちも吸っていたかもしれない。


 抱えられている方は、教室ではプリントを配る時にいつも一枚余らせる。今はその体ごと、煙の入った瓶を守っていた。


「風、援護!」


 気体を操作できる男子が両手を広げる。煙の射撃線側だけが押し返され、騎士長の周りへ厚く残った。流石は三郷くん、ちゃんと考えてる。


 冗談を言う時も、彼は周りの反応を先に見ていた。今も煙の流れより先に、こっちの立ち位置を見ている。


「ほう。毒ガスか……ガスマスクでも持ってくるんだったな」


 騎士長がナイフを下から振り上げる。唇が少し動いた。


 『風神の如く、賢者曰く「ダウンバースト」』


 翻訳札が拾ったのは、そこまでだった。


 ナイフが緑色に輝き、風が落ちる。横から吹くのではなく、上から叩きつけるみたいな風だった。複数人で必死に作り出した毒ガスの壁は、白線の向こうへ押し潰されるように吹き飛ばされた。


「今だ!! 今度は上下に散らして」


「悠長にもほどがあるぞ!」


 騎士長が地面を蹴る。三郷が次の散開を言い終える前に間合いを詰め、ダガーを持つ手首を押さえて砂地へ組み伏せた。


「冷静に観察して仲間を指揮するのはいい考えだが、もっと仲間の強さと、命令の隙を考慮するべきだったなミサト!」


 そう言った隙をついて三郷がダガーで斬り掛かった。だが容易く弾かれ、騎士長は拳を振り上げた。


 三郷が前で引きつけている。


 見えてから避けられるものは、たぶん駄目だ。大きい火も、雷も、今の騎士長には遅い。


 もっと、遅れないもの。


 火も、雷も、弾も、見えてからでは遅い。だったら、見えた時にはもうそこにあるものを使うしかない。


 僕は、空間を歪める能力の女子の方を見た。


 言葉遣いだけなら冗談みたいに上品なのに、勝負事になると遠慮が消える人だ。文化祭の射的で、景品の一番奥だけをずっと狙っていたのを覚えている。


 突然、騎士長は三郷から離れた。先程まで二人がいた空間が歪み、砂と木剣の切れ端を飲み込む。騎士長は煙の薄い側へ逃れたが、外套の裾だけが間に合わず、布が細く裂けた。


 クッソ……あとちょっとだったのに……!


「痛いのが来たな、危ないところだった」


「流石にびっくり。騎士長様、ちょっと強すぎじゃないかしら?」


 彼女がそう言うのが聞こえる。


 歪みの外へ出られる方向は、煙の薄い砂地側しかなかった。


 そこに、三郷がいた。


 背中の汗が、急に冷えた。


 見えてから避けた、ではない気がした。歪んだ場所には、砂が低く沈んでいる。木剣の切れ端が、半分だけ消えていた。


 騎士長がこちらを向く。その横から三郷の拳が入り、頬を捉えた。


「っ……!?」


 騎士長が顔を歪める。初めてのクリーンヒットだ。予知(仮)が外れたのか、それとも逃げ道を一つにしたから届いたのか。どちらでも、今はいい。


「君、どっかに隠れてて」


 僕は木箱の陰から立ち上がり、駆けた。


 騎士長の拳で三郷の肩が沈み、その体が横へ飛ぶ。騎士長の顔は、まだ三郷を向いていた。


 足が先に出た。


 剣を構えて走る。三郷の背と、騎士長の横顔しか見えなかった。


 剣先が騎士長の外套へ届きかけた次の瞬間、足が払われた。剣は空を切る。頭を掴まれ、体が反転する。


 その一瞬、視界の端で騎士長の顔がよぎった。頭上の数字が2857と輝いているのに気づく。さっきまで15だったものが、増えている。


 さっき同じ頭上に見えた15とは、桁が違いすぎる。強さなら、僕の体が先に分かるはずだった。けれど、今見えたものは、強いとか弱いとかいう言葉に入らない。


 次の瞬間、地面が一気に近くなった。息が抜けた。


 そこでやっと、自分が前に出てはいけない側だったことを思い出した。


 石と砂の境目が、目の前に来た。さっきまで地図みたいに見ていた訓練場が、ただの地面になった。


 倒れる直前、射撃場の端に散った薬莢が見えた。さっきまで、誰かが笑いながら撃っていたものだ。


 もう誰も拾っていない。



 僕はふかふかのベッドの上にいた。


「気絶……したか……」


「派手にやられたね。可哀想に」


「森田……さん?」


 森田さんがベッドの傍らにいる。


「そうだ、私だ、体調はどうだい?」


「まだ、体が痛いですが、思ったよりも大丈夫そうです」


「それは良かった、まぁ体調が整ったら、皆のところに行くといい」


 彼の強さは一体何だったんだ?


 こちらの行動が先に読まれている感じだった。この世界の強者は皆あんなに強いのだろうか? それだとしたら僕は一体どうすれば……


 体力でもない。魔力量でもない。少なくとも、能力の有無そのものでもない。それなら、横河くんの頭上が0だった説明がつかない。


 じゃあ、この数字は何を数えている?


「違う」


「え、何がですか?」


「この世界には彼ほどの強者はいない。だが、それは身体的な強さという意味ではない。身体的な強度でみた場合では英雄級の魔族には劣る。だが、単純なそれにさらに一線を画すのが、彼の死という死の上に積み重ねられた強さだ」


「……話が掴めません」


「時が来れば彼から喋るだろう。楽しみに待ってなさい。だが……その前に」


 扉の前に立つと言った。


「明日は一般常識の授業だ。ボーッと休んでる暇はないぞ」


「この状態でやるんですか!?」


「当たり前だろう。お前は戦場で負傷したからってすぐに帰還を諦めるのかい?」


「いや、なんというか、その。手心というか……」


「喋れるならまだまだ元気そうだね。では一時間後にまた会おう」


 森田さんが出ていった後、寝台の横に置かれた小さな札に気づいた。


 訓練中負傷。


 打撲。


 要観察。


 たぶん、医務官の字だ。僕の大冒険は、まず三行の記録になっていた。


 ……この世界、かなり大変そう!


 森田さんが最後に見せた目だけは、笑っていなかった。何を待てと言われたのか、その時の僕はまだ分かっていなかった。

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