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ステータス『0』の観測兵 ~クラス転移を離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~  作者: ハルキーノ
第一章 “夢”

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一章十五話 智が力となるならば、それは如何程なのか

《創世訓》 一章 十五節

『神と呼ばれし悪夢は、名を与えた者の胸に巣食う。』


 無事に王都へと帰還した僕たちは、数日の自由時間を与えられた。靴底にはまだ草原の土が残っていたが、僕と三郷くん、そして森田さんの三人は、約束通り城の図書館へと向かった。


 森田さんの案内で足を踏み入れた図書館は、僕の知っている学校図書室よりずっと広かった。天井近くまで棚が伸び、梯子のついた細い通路が二階のように壁沿いを回っている。古い紙の匂いを期待していたのに、最初に鼻に入ったのは乾いた革と磨かれた床の匂いだった。


 僕たちはまず、この国の成り立ちを知るため、歴史書の棚へと向かった。ずらりと並んだ背表紙はどれも真新しく、紙面にもあまり手の跡がない。


「……森田さん、百年以上前の古い歴史書はありますか? 僕たちと同じ、転移者の記録が載っているような」


「ああ、その資料は……」


「森田殿!王子がお呼びです!」


 ヘルドランテ第二王子だろうか。加賀先生が「生徒」になったと聞いたのは、そう前のことでもない。


 森田さんが別の騎士団員に呼び出されて行ってしまった。


 いま見れる棚にあるのは、ここ数年以内に編纂された、やけに綺麗な歴史書だけだった。


「おかしいな。古い本を読ませたくないみたいだ」


 三郷くんが呟きながら、一番新しい建国史を手に取る。そこに書かれていたのは、英雄たちの輝かしい活躍を称える、御伽話めいた武勇伝。僕たちが本当に知りたい、彼らがどうやってこの世界に適応し、生き抜いたのかという生々しい情報は、どこにも見当たらなかった。


「……誰かに聞かせるために作られた、都合のいい物語、か」


 三郷くんの指が、背表紙の年号を一つずつ追っていく。古い本だけが、棚の上で不自然に抜けていた。新しい本には、美談の見出しがきれいに並んでいる。


「……この国の言うことは、もうあまり当てにしない方が良さそうだな」


 三郷くんの言葉で、僕たちは思考を切り替えた。歴史が駄目なら、他を当たるまでだ。


 棚の下段に、背表紙のない薄い本が一冊だけ挟まっていた。


 三郷くんがそれを抜く。表紙には何も書かれていない。最初のページだけ、黒い線で何度も塗り潰されていた。


「……これ、転移者の記録じゃないか?」


 覗き込むと、読める文字は少なかった。


 到着地点。


 能力名。


 処分。


 その三つだけが、黒塗りの隙間に残っている。


 ほどなくして森田さんが戻ってきた。


「それは読まない方がいい」


 森田さんの声が、棚の間で止まった。


 いつもの穏やかさはある。けれど、手はもう本に伸びていた。


「なぜですか」


「今の君たちには、早い」


 三郷くんが本を離すまで、森田さんは笑わなかった。


「森田さん、もっと実用的な資料はありますか? 冒険者ギルドが発行しているような、各地の魔物の分布図とか」


「ええ、それでしたら……」


 僕たちは、騎士や官僚が出入りする書架へと移動した。そこだけ床に細かな傷が多く、机の端にもインクの黒い染みが残っている。


 連合王国全土の巨大な地図や、魔物の手配書が貼られた、まさに「生きた情報」の宝庫だった。


 まず手に取ったのは、魔物の生態に関する書物だ。列車で遭遇した『森猿人(ゴブリン)』は、冒険者の階級とは別基準である危険度区分で、下から二番目の「Eランク」。


 新人冒険者でも対処可能なレベルだと書かれている。あれで、Eランク……。三郷くんの親指が、ページの端で止まった。ページをめくるごとに魔物の凶悪さは増し、最高ランクの竜に至っては、伝説上の存在として扱われていた。


「次に、冒険者だ」


 三郷くんが手に取ったのは、分厚い『冒険者名鑑』だった。


 等級は下からヨド、セシ、トーリ、ストロン、プルート、ウラーナ、そして最高位のアスタトス級まで。無数の冒険者の顔写真と功績が記されている。


「高ランクの連中は、どんな依頼を?」


 僕たちはプルート級以上のページに絞って記録を追った。そこで一際目立つパーティーを見つける。『赤き猟犬』。リーダーの剣士を中心に、Aランクの魔物をいくつも討伐している花形パーティーだ。


「すごいな、この人たち……」


「ああ。だが、気になる記述もある」


 三郷くんが指し示したのは、彼らの活動記録の末尾に小さく添えられた一文だった。


 文字は本文より一回り小さい。目立たないようにしているのか、単に書く側がそこを重要だと思っていないのか、判断に困る小ささだった。


『――本記録は、後援家門であるナバーロ辺境伯家の承認のもと、協会へ正式に報告されたものである』


「後援家門……つまりパトロンか」


「協会は貴族から独立した組織であろうとしている、って話だったが……」


 僕たちは他のページも確認する。すると、プルート級の中でも特に華々しい功績を上げている者たちの多くが、何らかの形で有力貴族や商家を後ろ盾にしていることが分かった。


「だが、待てよ」


 僕はあることに気づき、さらに上の等級――ウラーナ級とアスタトス級のページを開いた。そこに載っている人物は数えるほどしかいない。彼らは協会の支部長や顧問といった要職に就いており、そのプロフィール欄に後援者の名前はどこにも見当たらなかった。


「……なるほどな。上は実力、下は金と貴族頼み。報告書に貴族の意向が乗るのは、そういうことか」


 名鑑の紙は薄い。裏の文字が、少し透けて見える。


 歴史書の抜けた棚、魔物分布図の赤い印、名鑑の後援家門。別々の棚にあったものが、頭の中で同じ机に乗った。


「……行こう」


 僕が言うと、三郷くんも静かに頷いた。


 誰かが椅子を引く音のあとで、三郷くんが口を開く。


「ああ。この世界で生き残るには、俺たち自身の『力』が、何よりも確かな武器になる」


 図書館の魔法の光が、開いたままの名鑑に落ちている。僕はページの端を折らないように、そっと閉じた。


 棚の奥には、まだ読んでいない本が残っていた。


 それより、黒塗りの隙間にあった三つ目の単語が、まだ頭から離れない。


 処分。あれは、物に使う言葉のはずだ。

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