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湯飲み

作者: 芋姫

もう長い事使っている、お気に入りの湯飲み。・・・正直、そろそろ捨てようか迷っている。


底の方は洗っても洗っても取れない茶しぶ。ひびもうっすら入り、年季が入っているし。


明日はちょうどゴミの日だ。 ・・・・・・・・。


・・・うん、そうしよう。  さみしいけどね。


(そうだ!この前、デパートで買ったちょっと高めの宝治茶をあれで飲んでみよう。)


いつも良いお茶を買った時はそれに合わせ、なんとなくそれなりの湯飲みを使う私だが、今回は特別だ。


長年、お世話になった感謝の気持ちも込めて。


私は思い立ち、いそいそと台所に向かう。・・さて、棚にしまってある茶缶を取り出すと、さっそくお茶の準備にとりかかる。急須に茶葉をひとさじ、ふたさじ、、、と入れると、ちょうど沸いたばかりのティーポットからお湯を注ぐ。


1~2分ほど置き、例の湯飲みにお茶を注ぐ。


湯気とともに香ばしい匂いがたちこめる。それを存分に味わっている時だった。


ピリリリリリリ・・・・   急に居間で携帯の鳴る音がした。


私はえー、と思いながらも急須をコースターに置くと、その場を後にした。




***************

******************************


約5分後、晴れやかな表情で台所に戻った私。


相手は取引先の相手だった。 今進めている案件の契約が取れたのである。


さあ、いい気分でお茶を飲もうと、目の前の湯飲みに向き合う。


ちょっと冷めちゃったかな。 まあいいか。


・・思えば今のように、嬉しい時も楽しい時も苦しい時も常にこの子と私は一緒だった。


・・・・・・・・・・・。


色褪せた柄を眺めているうちに急にしんみりとした気持ちになり、捨てようと思っていた私の心にふと、一抹の迷いのようなものが生まれる。


そんな私が、とりあえず飲もう・・と、複雑な面持ちで湯飲みに手をのばしかけたときであった。


「!?」


私たちはお互いに驚いてしまった。 


・・・・・・・・・・・・・・・・・湯飲みの中には上半身裸で腰にタオルのような物を巻いた中年の男性らしき人物が、まるで露天風呂のごとくお湯・・もといお茶に浸かっていた。


先に動いたのは先方であった。


中年男性は私を見るなり”すいません”というようなジェスチャーをしてあわてて立ち上がると腰回りを押さえながらそそくさと走り去って行った。


私は右手を湯飲みに伸ばしかけたまましばし固まっていた。やがてはっと我に返り、流し全体を見回したものの、男性の姿はどこにもなかった。


なんだったんだ、今の。


私はようやく震える手で湯飲みを手に取ると、中のお茶を見つめた。


すっかり冷めちゃったな。しかし、そんなことはもうどうでもいい。


私は飲まずにお茶の中身をそっと流しに捨てた。


そして、


お茶と同じにすっかり冷めた頭になった私に、もう先ほどのような中途半端な迷いなど微塵も残ってはいなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・


捨てよう。
















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