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 軍服姿に着替えたフランツェルスは、元が美男なだけあって大変様になっていた。


 高い襟と二つ並びのボタンが特徴的な将官の軍服は、国色を現す深い青色で染め上げられており、光の角度によっては見える薄らとした白百合紋(フルール・ド・リス)の刺繍が何よりも伊達に着ている者を引き立てる。


 そして、すらりと長い脚にクリーム色の脚絆が良く映えており、一部の隙なく磨き上げられた半長靴と相まって男ぶりを上げていた。


 堂々としていれば軍神の加護も篤い、若手の将官といった立ち姿にとりあえずガンメルゼフィーアは満足した。


 これで実践経験がないというのだから、容姿に恵まれているというのは狡いものだと思わないでもなかったが。


 彼女が軍に馴染むのは苦労したものだ。元々国民軍である大陸軍創設に当たって、婦女の参加が認められたのは士気高揚、そして貴族のパフォーマンス程度のものであって、軍人令嬢のようにバリバリで前線を張るような訓練を積む者は希だ。


 だから兵卒達に〝気紛れで参加しているお嬢様〟ではないと認められるまで、長い苦労があった。


 同じ物を食べ、積極的に話を聞き、問題点は率先的に改善して、軍務は黙って黙々と熟す。鼻水が真っ黒になるような大砲の砲身掃除を文句一つ言わずやり、下士官と一緒に馬と並んで眠り、物資が乏しい時は麦粥を食って過ごしてやっと勝ち取れた信頼。


 それが顔と体型に恵まれただけで、何とも様になり頼り甲斐さえ感じるのだから、ガンメルゼフィーアは自分が男であったらと思わずにはいられなかった。


「ガンメルゼフィーア……着たには着たが、僕は……」


「軍務経験がまったくございませんわね」


「……大砲の音が苦手なんだ」


 バツが悪そうに言うフランツェルスは、鋭剣の据わりも悪いのか帯革を頻りに直しているが、丁度良い位置が見つからないようで困っている。その上、硬くて靴底に鉄板まで仕込んである軍用長靴も履き心地がお気に召さないのか、頻りにつま先が地面を蹴っていた。


 完璧に彼に合わせて採寸してあるはずだが、このばっちり決まった将官服もそわそわした態度のせいでイマイチ格好が付ききらない。


 少しイラッと来たガンメルゼフィーアは、少し失礼と前置きし……思いっきり尻を張った。


「痛ったぁ!?」


「無礼をお許しあれ、元帥閣下。しかし、そわそわされては威信に関わりますわ」


 士官は常に誰より前に行き、伏せる時も兵より遅く、逃げるときは一番最後に。泰然と振る舞ってこそ、旗頭は旗頭としての仕事を果たせるのだ。


「もじもじなさらないでくださいな。兵が動揺いたしますわ」


「分かった。この際もう、着心地がどうとか、大きな音が嫌いとか言ってられないものな」


「分かってくださったら結構」


「それでだな、ガンメルゼフィーア……」


 何か、と問うと、やや考え込んだ後にフランツェルスは恥を捨てたのか、直截に申し出た。


「君を侍従武官に野戦昇進させたい。将軍に任じ、僕の幕僚長とする。そうすれば、君の意見は皇太子の命令になる」


「あら、つまり……」


「僕は軍事には全く明るくない。勉学をサボったつもりはないが、それでもさっぱりだ。帝室の仕事は全てを無理に差配することではなく、できる人間に委ねることだと分かっているから、君に頼む。僕はどうすればいい」


 君が言うなら、恐いが古帝国のために最前列でも何でも征くぞと宣言する彼に、軍人令嬢はやっぱりちゃんと〝ブツ〟がついているじゃないかと見直した。


「そうですわね、まずは帝室健在なりやと示すべく、先頭を行って貰いますわ」


「せ、先陣か……緊張するな」


「そこが我々の住処なのですわ。慣れて貰うしかなくってよ」


 ふと、ガンメルゼフィーアは思い立ってイレーヌに問うた。軍楽隊の設備はあるかと。


宮城(きゅうじょう)ですから探せばあるでしょう」


「なら臨時に鼓笛隊を編制いたしましょう。誰ぞ吹ける者と叩ける者をかき集めてくださいな。この際、侍従に軍服を着せるだけでもいいですわ」


「急ぎます」


「音楽が必要なのか?」


 首を傾げて問う皇太子に、軍人令嬢は武器の次に大事だと頷いた。


 砲火轟く戦場では人の声はあまりに通りづらい。その中で整然と更新するためには音楽が必要なのだ。遠くまで甲高い音を響かせる横笛と、砲に負けぬほど空気を揺らす太鼓は古代から欠かせない立派な兵器なのだ。


 行進の調子を合わせ、乱れのない横列を作ることは隊列の防御力を上げるのみならず、均一な斉射を可能たらしめる。


 高度に訓練された第51半旅団ですら、大隊を完璧に機動させるには軍楽隊の助けが必要となるのだ。


「何より、音楽によって統一された部隊は威圧感を孕みますわ。それだけで逃げ散る敵がいるくらいに」


「そうか、分かった。必要なら何でも持って行ってくれ」


 皇太子の許可を得たことで、随行していた兵士達が散らばって楽器を探しに行った。完全編成とまではいかないが、これで帰って来る頃には鼓笛隊が編制できることであろう。


捧げぇー銃(プレザンテー アーム)!!」


 ヴェルセーヌ宮の正面玄関を開け放たせたガンメルゼフィーアは、既に集結を終えて二列縦隊を作って人馬からなるアーチを作っていた配下に号令の声を張り上げる。すると、下馬して愛馬の手綱を握り、銃を片手に持っていた竜騎兵中隊が一斉にマスケットを掲げた。


 その銃剣には使われたばかりの痕跡がテラテラと残り、皇太子に唾を呑ませたが、ガンメルゼフィーアは見ないフリをして一歩前に出て、鋭剣を抜き放ち額に押し抱く。完璧な刀剣礼を贈った彼女は、視線で早く答礼しろと睨み付けると、ややあってフランツェルスは習わしを思い出したのか敬礼を返した。


「お聞きなさい! 今より第51半旅団はフランツェルス元帥閣下の直卒となりますわ! 全ての夷狄を打ち払い、閣下の進む道を掃き清め、あらゆる危難より守る盾であると心得なさい!!」


「「「了解!!」」」


「総員騎乗!! 目指すはバルバラ宮!!」


 号令一つで騎兵達はひらりと愛馬に飛び乗って、行進の仕度を調える。それと同時に従兵がカイゼリンと、持ち主を喪った軍馬を一頭連れてきた。


「閣下、御御足(おみあし)を」


「えっ? だ、だが淑女の膝に足を乗せるわけには……」


 慣れていないだろうフランツェルスを介添えするべく、軍馬の前に跪いて右膝を踏み台としてさしだしたガンメルゼフィーアに面食らう皇太子だが、良いからとっとと乗れと厳しい目線で睨め付けられると、おっかなびっくりであってもやるしかない。


 土足で婦女の膝を踏む行為への抵抗が大きかったようだが、何とか無様を晒さず鞍上の人となった皇太子を見届けると、ガンメルゼフィーアはお手本のような仕草でカイゼリンに跨がった。


「さて、まず第一に陛下を宮にお連れ戻しいたしますわよ。陛下がここを脱出したことが知れたら、民心が大きく揺らぎます」


「そうだな、それは大事だ」


「近衆がごねるようなら斬り倒してでもお連れするつもりなので、そうならずに済むように閣下がご説得くださいな」


「……責任重大だな」


 また唾を呑んで緊張を現すフランツェルスであるが、その表情は決意に引き締まっており、部屋の隅っこで脅えていた頃の青白さは抜けている。


 これならば使い物になる、そう判断したフランツェルスは随伴の兵に運ばせていた古帝国の軍旗、代々皇太子が掲げる黒字に銀の白百合紋が指数された旗を手にした。


 旗手とは何があっても奪われてはいけない、倒れてすらいけない旗を担うものだけあって部隊の中で最も強靭にして忠節の篤い勇者が選ばれる。この場合、帝室の旗を掲げるのにガンメルゼフィーアをおいて他に相応しい者はいないだろう。


 誰も彼女が旗を靡かせて先頭に続くことに異論を挟まず、ただ勇壮な姿を見送る。


「殿下、お先に」


「あ、ああ、そうか、僕が先頭だな」


「号令をお願いしますわ」


「えーと……」


 出陣、そう大きく叫んでくださいましと囁かれ、皇太子はやっと正しい命令の下し方を思い出した。


「しゅ、出陣!!」


 僅かに震えた声であったが、誰も笑いはしなかった。兵士達は無意識に人を判別する。


 漢か、それ以外かを。


 摸擬演習でさえ先頭に立つことは怖ろしいし、それを嫌がったことがあるという噂が出回ったフランツェルスが尻を引っぱたかれながらも立って部隊を率いようというのだ。ならば、その様を馬鹿にするのが漢のやることか。


 否だ。泣きながらだろうが小大便を漏らしながらだろうが、やるべきことをやっている人物を嗤うのは卑小な行いであり、真の漢なら唾棄すべき行為。たとえ我等が軍人令嬢がおんぶに抱っこをしていようが、最前列に立つという度胸を認めなければ男が廃る。


 この瞬間、竜騎兵達はさっきまで御免であったが、今ならばフランツェルスのために死んでやろうという気になった。


 そして、バルバラ宮に向かう路、普段ならば有り触れたいつも馬車で通る路の惨状を見てフランツェルスが一瞬馬脚を乱した。賢い軍馬が直ぐに鞍上の彼が冷静を欠いていることを掴み、勝手に歩き続けたことで行進が乱れずに済んだが、調教の甘い馬であったら落馬していてもおかしくない動揺であった。


「な、なんだ、これは……」


 燃える建物、吊された幼長を問わぬ高価な服を着た亡骸。恐らく逃亡途中に捕まった、御用商人の一家であろう。その首には、荒い筆跡で「私達は買い占め人です」という侮蔑の言葉を書き記した看板が提げられている。


「これが無秩序な革命ですわ、閣下。止めねばならぬ訳がお分かりになったでしょう」


「なんて、なんて惨い。一番小さい子は、まだ五つにもなっていないだろう。裁判もなしに……」


「自分達が正義だと思った連中は、自らの行為が正しいと信じるが故、そんなものを行ったりしませんわ。仮にやったとして、感情任せの公正とは呼べないものに成り果てているでしょうね」


「何たることだ……」


 あまりの痛々しさに額を抑えるフランツェルス。そして、押し寄せる圧倒的な後悔。


 こんなことになる前に止められなかった自分達の怠慢が形になって叩き付けられ、皇太子は帝室が、貴族が、古帝国が打った数多の失策がこの様だと深く悔いる。


「止めねば」


「ええ、何があっても」


 吊された幼子の横を通り過ぎながら、漢の顔をしたフランツェルスは背筋を正して手綱を強く握る。


「父上を説得し、何があってもお戻り願おう。それから僕は何をすればいい」


「そうですわね……反徒は市庁舎に立て籠もっているでしょうから、そこまで向かいましょう」


「制圧するのか?」


「いいえ、もっと酷いことをしましょう」


 殺戮は許せないぞと目で主張する皇太子に、殺すだけで済ませるなんてお優しいことと令嬢は笑う。


「連中から大義名分を奪って、空中分解させてやるのですわ。そう、たとえば、願いを叶えてやるとか」


「……そうか、蜂起には必ず理由があるものだ。三部会の閉会などの苛政に民達は怒っている。それならば、より一歩を踏み込んだ譲歩をすればあるいは……」


 ブツブツと呟きながら話術を組み立て始めるフランツェルス。窮地になって微かに輝き始めた為政者の片鱗を見て、ガンメルゼフィーアは最初からこうだったら、しおらしく婚約者っぽく振る舞ってやってもよかったのになと思うのであった…………。

皇太子、妙手を思いつく。

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軍楽隊、旗手、出陣。これがチャーチルが言うところの「きらめきと魔術的な美」か
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