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1-17

 突入した兵士によって制圧、閉鎖されていく三部会公会堂を遠く離れた尖塔から眺めながら二人の男が呟いた。


「これで、帝国の議会政治は死んだな」


「そうだね……」


 降りしきりる雨の中、神聖歴1811年6月20日。驟雨に晒されつつ古帝国の議会政治は静かに死んだ。


 皇帝は命令に反して議場に立て籠もることを決めた議員の排除を指示。正式に三部会は閉鎖され、緊急時に基づく皇帝親政の復活が宣言されることとなるが、政治に関わっている者は皆、それが帝室の名を笠に着た貴族官僚の専横であることを知っていた。


「中に残った者はラ・フォルトレス監獄行きかな」


「だろうね。政治犯として収監した方が良いくらいのことは分かるだろう。殺せば……」


「殉教者にされる、だな」


 逃げることを勧めたが、自分達はあくまで三部会の議員として最後まで議場で抵抗することを選んだ者達の末路を見守るレオンとマクシミリアンであったが、口紅も麗しい議員は赤目の議員が眼鏡越しにも分かるほどに憂う表情をしていることに気付いた。


「気分が優れないようだな。三部会の閉会に思うところがあるのか?」


「自分は……自分は、わずかなりとも信じていたようだよ」


「何を?」


「帝国の理性を」


 兵士が雪崩れ込んでいく議場から目を背け、尖塔の胸壁に腰を預けて眼鏡を外した彼は、僅かに付着した雨雫を拭いながら独り言のように呟く。


「どこかで期待していたのかもしれない。こんなことをしなくても古帝国は理性的に振る舞うようになると。皇帝が正気になって政治を刷新すると」


「〝こうなるよう〟誘導する舵を切った君がかい?」


「僕だからこそさ」


 眼鏡をかけ直して表情を隠したマクシミリアンは、後悔はしていないが悲しんではいると言った。


 彼は熱烈な共和主義者だが、それでもフランコルム古帝国の臣民として生まれ、その藩屏であるガンメルゼフィーアから大恩を受けて育ったからこそ、心の何処かで信じたかったのだ。


 この国が真面であることを。民を想って政治をする余力が残っていることを。


 ロベスピエールを窘める誰かが現れることを。


 だが、全ては予定通りに進んでしまった。


 共和制を求める声を高らかに鳴り響かせ、官僚貴族にとって都合の悪い議決ばかりを通せば枢密院は慌てて三部会の力を制限しようとし始めるだろうと読み、行動してきたが、その予想は全て的中してマクシミリアンの〝誘い〟に釣られて古帝国は悉く悪手を打ち続けてきた。


 こうなってはもう、サン・キュロットどころかブルジョワも帝室の味方をするまい。増税論まで持ち出してしまえば、国債を今まで引き受けていた愛国的資本家も呆れて手を引くはずだ。


 そうすれば、待っているのは膨大な借財を回しきれなくなった帝室の崩壊。


 崩れた国で革命を起こすことなど簡単だ。中世騎士の時代と違って、主戦力たる兵士の殆どが市民であり、将軍の半分までもが平民層から賄うようになった現代において民の弾圧など思うようにできるものではない。


 貴族が平民に剣を向けるのは容易かろうが、市民が同じ市民に武器を向けることなど、それも自分達が横暴を振るう者達に使われることを分かってやることがどれだけ困難か。


 軍は最早、反乱を起こそうが鎮圧のためには機能するまい。


 そうなるようマクシミリアンは丁寧に丁寧に布石を置いて、逸る賛同者達をどうにかこうにか宥めながらコトを進めてきた。


 このままだと確実に罷免されることが分かっていた、議会の盟友であるキュリストンを庇わなかった時から。


 第24半旅団が警護に当たると分かって尚も、ヴァルミール出身者を多くデモ隊に混ぜた日から。


 否、断頭台に乗せられるだろうことを分かってアキテーヌ侯爵を苛烈に弾劾した日から。


「……いや、違う。ガンメルゼフィーア様が婚約を解消された日からだ」


「マクシミリアン?」


「笑わないでくれよ、レオン。自分は、自分は……皇太子殿下を断頭台に送りたい」


 絞り出すように言った盟友にレオンは思わず口笛を吹いて見せた。


 死刑を、ましてや個人的な感情を政治に持ち込むことを嫌う彼が、皇太子の首を落としたいと願うなどとは。


 共和制を成立させるためには帝室を叩き出さねばならないとは分かっていたものの、弑逆するとなると話は違ってくる。


 そもそも革命は違法だ。反乱が違法であるように、古帝国のあらゆる法典に基づけば自分達の目論見は犯罪である。


 その中でも最も重い罪。何処の国の民であろうと唾棄する〝主君殺し〟を口にするとは、ロベスピエールとなってから随分と過激になったものだとレオンは感心した。


「皇太子を断頭台にか、それはいい。となれば皇帝も皇妃も婚約者殿も、有力貴族も山ほど断頭台送りだな。さて、刃が何本いることやら」


「君は笑わないのか?」


「俺が? 既に分水嶺は超えているのに何を言うかと思えば。皇帝弑逆結構じゃないか」


 馬鹿なことを聞いてくれるなと笑い、レオンは手を広げて持論を語った。


 共和主義とは王政と帝政が蔓延っている大陸西部、否、世界中の殆どが君主国家である現状において毒以上の何者でもない。


 現に弾圧された共和主義者が、比較的政治犯に甘い古帝国にどれだけ逃げ込んできているか。ロベスピエールの同志には、北西のフランデレン王国やホラント王国などの低地諸国連盟で共和制革命を起こそうとして失敗し、逃げ込んできた者達をも抱き込んでいるのだから何を今更という話。


 そのような状態で帝室に慈悲をかけてどうなるか。万が一他国に亡命され、そこで政権を樹立した上で継承戦争の真似事をされては大いに禍根を残す。


 やるなら片っ端から首を落としてしまった方が、むしろ内憂を除けて悩みの種が一つ減るくらいだ。


「だが、そうなると戦争だな。大変だぞ、世界中が敵になるどころか内戦も必至だ」


「だろうね。二重帝国は勿論、全ての君主制国家が共和政治を叩き潰そうと祖国に群がってくる中で、帝室派の領地とも戦うことになるだろうね」


「革命を〝輸出〟なんてされようものなら堪ったものではないからな」


 クスクスと他人事のように笑うレオンに流石のマクシミリアンも不謹慎だぞと眉根を潜めたが、彼の笑いは止まらなかった。


 革命とはそういう物だと理解しているからこそ、感傷に浸っている友が面白くて仕方がなかったのであろう。


「ま、それは何とかなるだろう。貴族士官が大量に流出するだろうが、それは今からじっくり変えて行けば良い。三部会が潰された今、俺達の新しい組織を前に出すにはちょうどいい」


「そうだね」


「……ああ、そうだ。君、いつまで襟にそんなものを付けているつもりだ?」


 レオンが指を刺した先、マクシミリアンの上着には帝冠を戴くスペード紋をクローバーが縁取り、中央にハートを描いた三部会議員の証である襟章が未だに付けられていた。


 剣を意味するスペードは気高い貴族を、それを囲み支えるクローバーは平民の象徴であり、中央に抱かれた心臓の図形化であるハートは誠実な心を持って政治を行うという覚悟と共に聖職者のことを示す。


 これを受け取った時は誇らしい気持ちだった。ガンメルゼフィーアから祝われた時は、あの出会いの日、詩を褒められた時を思い出す天にも昇る心地であった。


 しかし、今では虚しいだけだ。何の意味もない虚飾。ちっぽけな自分一人の、ちょっとした思いつきとパンフレットの数冊で崩れてしまうような国の格好付け。


 乱暴に紋章を毟り取ると、マクシミリアンはそれを雨の中に放った。きっと何処ぞの水路に流されて、二度と戻ってくることはないだろう。


 そして、代わりに身に付けることとなっている物を探そうとしてポケットに手を入れた後、あれ? という顔をした。


 方々をハタハタと叩いても出てこない。もしや忘れて来たのかと気まずくなった時、そっと横からレオンの手が伸びてきて差し出される物が一つ。


 臣民に流れる赤い血、帝国の青、そして穢れなき自由を表現した帽章だ。革命帽を被るのが身分的に見合わない人物が革命を志していると一目で分かるように身に付ける徽章で、これから一つの組織を意味する紋章にもなる。


「おいおい、ロベスピエールの君が〝国民公会〟の帽章を忘れるなよ」


「すまない、家を出る時に憂鬱で物忘れしたようだ」


 大事そうに帽子へピンを刺すマクシミリアンを見て、しかしその帽子も直に時代後れになるぞとレオンは指摘した。


「君も革命帽が似合う格好にしたらどうだ。俺達が〝総裁〟に推そうとしている男が貴族趣味丸出しじゃ困るぜ」


「これは、この帽子も服も大事な物なんだ。替えるつもりはない。それに、総裁はあくまで選挙で決めるべきだ。自分は無理に指導者になろうなんて思っていないよ」


 位置が問題ないか、傾きがないが数度たしかめた後に男子のマナーである帽子を被り直したマクシミリアンは、断固とした声で告げた。


 国民公会を立ち上げるために工作で働きかけた者は、この若き弁士を総裁にと考えている節があるが、マクシミリアンは何処まで行っても共和主義者だ。


 革命が成ったら全土で実施される再選挙によって集めた議員から、再び総裁を決めるのが当然であると考えて曲げることはない。革命の火種となったロベスピエール、その最初の一人だからといって縁故で政治の頭領を決めることがあってはならなぬと徹底的に共和主義へ殉じているがため。


「さて、一旦例の庭球(テニス)場に戻ろうか。公会堂が本当に占拠されてしまったことに動揺している者達もいるだろうし……」


「待て」


 胸壁から腰を上げかけたマクシミリアンを制し、レオンが懐に手をやる。そこには拳銃が一挺隠し持たれており、弾は既に装填されていた。


 尖塔に登るための羽根戸が二度、三度、そして更に二度ノックされ、ようやく口紅の議員は懐から手を抜いた。


「何だ」


「急ぎ御報告すべきかと思いまして」


 やって来たのはレオン子飼いの密偵であった。今はどこを彷徨いていてもおかしくない屎尿集積人の格好に扮しているため酷くボロボロで見窄らしい有様だが、腕が立つし口も堅いために重用されている人物だ。


 その彼が急いで、しかも議会が占拠されようという中を訪ねて来たということは並々ならぬことが起こったのだろう。


「ジャン=ジャゾンが蜂起しました。サン=コルドリエ地区のサン・キュロットに働きかけ、千人の市民を連れ出して今が好機だと……」


「はぁ!?」


「ダントン!! あの単細胞め!!」


 寝耳に水の報告を聞いてマクシミリアンは思わず妙な声を上げ、レオンは足が痛みそうな勢いで壁を蹴りつけた。


 ジャン=ジャゾン・ダントンは国民公会のメンバーであり、マクシミリアン達と同じく若手であるが、どうにも血の気が多いきらいがある。今の報告も彼の気性から、雨で銃の不発率が高まっている現在、軍は一時的に恐い存在でなくなったと判断して動き出したのだろうと容易に推察できる。


「ジャン=ジャゾンの馬鹿は何処に向かった!」


「南の帝室記念廃兵院です。あそこならば銃と砲の備蓄があるはずだと」


「クソッ、普段は欲丸出しの女好きな癖して、ここぞという時の悪知恵と鼻は本当に効く!!」


「拙いぞレオン。まだ武力蜂起は想定していない。軍の協力を取り付けられていないのに始めるわけにはいかない」


 マクシミリアンは国民公会に参加してくれた啓蒙的貴族の手を借りて、軍部にも手を入れるつもりであった。革命を本格的にはじめるのであれば、自分達を守る武力的な背景が蜂起する市民だけでは危険すぎると判断していたからだ。


 この方針には概ねロベスピエールを構成していた者達も同意しており、国民公会の閉会という最大の横暴を働いた今なら、多くの味方を得られるだろうと絵図を書いていたのである。


 しかし、それは頓挫しようとしている。軍の力を借りるのではなく、あくまで市民の力に依って革命を為すことに意味があるのだと考えるジャン=ジャゾンの独断専行によって。


 そして、実際に千人も市民を動員してしまったならば、あとは熱気に任せて進む勢いに推されて停止命令など意味がない。革命帽を被り、革命旗を掲げた集団はあっと言う間に膨れ上がるだろう。


 そして、そこに銃と砲が加われば凄惨な未来が顔を出す。


 最悪の、あるいは最高のタイミングで動き出した味方に尖塔でことを優雅に眺めようとしていた二人には止める術がなかった。


「これはもう……動きに乗るしかないのか」


「正気かレオン! もしも軍が動けば市民に多大な死者が出るぞ!」


「だが、ここで止まれば革命は中途半端に終わるかもしれない! 軍の指揮に従って戦闘する部隊がいたら全てが水の泡だぞ!!」


 古帝国が一枚岩ではなかったように、多くの人間が参加している国民公会ですら完全に統一された意識を持っている訳ではないのだ。


 これが人間。理想ならざる生物。


 古帝国が失策を選んだのならば、マクシミリアンが失敗をしないという保証は何処にもなかったのに、安穏と計画を進めようとしていた綻びがここになって襲いかかってきたのだ。


「暴力革命に走るしかないのか……? だが、それで市民が無用に暴れたり犠牲が出れば……」


「ここで公会が潰されるよりはマシだ! 失敗すれば弾圧の夜が来る! くそっ、急ぐぞマクシミリアン!!」


 呆然とする盟友の手を取ってレオンは動き出した。まずはこれ以上の独断を防ぐために公会のメンバーが集まっている庭球場へ赴いて事態を掌握し、その上で今後の策を練る必要があった。


 廃兵院の警備はザルであることが知られているため、銃の強奪までは上手く行くだろうが、そこから先をどうするかはマクシミリアン達が制御せねばならない。


 この帝都を火の海にしないため。最悪を少しマシな最悪に押し止めるべく、革命の雷雨の中を二人はひた走った…………。

賽は投げられてしまった!

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こんな革命潰れちゃえ
歴史の転換点は粗雑な一点から始まるのは割とあるある。
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